マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #04
生成AIはマーケターの創造性をどう拡張する? その役割はイノベーターか、それともアーリーアダプターか
マーケティングやビジネスの最新情報を得るには、実証された知見が多く詰まっている研究者の学術研究にも目を向けることが重要になる。早稲田大学ビジネススクールの客員教授である及川直彦氏による連載「マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究」では、マーケティングや営業、新規事業開発に携わるビジネスパーソンが直面する課題に対し、学術的な視点から解決策を提供していく。
第3回は、生成AIの進化がマーケティング業界でも注目を集めている状況を考える。生成AIはメールや文章作成、企画書のアイデア出しなど、マーケターにとって欠かせない存在となりつつある。今回は、ChatGPTなどの生成AIチャットをビジネスシーンで活用するときに、「壁打ち」相手として、本当に人間の創造性を高める効果があるのかについて、認知科学の研究をもとに紹介する。前編では、これまでの研究結果から人間は生成AIチャットを「他者」として認識することで、親近感を感じ、より利用意向が高まるという傾向が適用できそうであることを紹介した。後編では、生成AIチャットを「壁打ち」相手に活用したときに、異なる視点や意見を提供する重要性とマーケターが生成AIチャットを活用するときに意識すべきポイントについても解説する。
第3回は、生成AIの進化がマーケティング業界でも注目を集めている状況を考える。生成AIはメールや文章作成、企画書のアイデア出しなど、マーケターにとって欠かせない存在となりつつある。今回は、ChatGPTなどの生成AIチャットをビジネスシーンで活用するときに、「壁打ち」相手として、本当に人間の創造性を高める効果があるのかについて、認知科学の研究をもとに紹介する。前編では、これまでの研究結果から人間は生成AIチャットを「他者」として認識することで、親近感を感じ、より利用意向が高まるという傾向が適用できそうであることを紹介した。後編では、生成AIチャットを「壁打ち」相手に活用したときに、異なる視点や意見を提供する重要性とマーケターが生成AIチャットを活用するときに意識すべきポイントについても解説する。
「他者」の存在により自らの思考を再解釈する
前編では、冒頭で清河・伊澤・植田(2007)の実験を紹介しました。3つのグループ(個人条件、他者観察条件、自己観察条件)でどれが最も早く正解にたどり着くかという実験です。その結果、「他者観察条件」が「個人条件」や「自己観察条件」よりも短い時間で正解にたどり着きました。
1. 個人条件:ひとりでパズルを解く
2. 他者観察条件:2人1組のペアで、まず自分が一定時間試行錯誤し、その後パートナーと交代し、パートナーの試行錯誤の映像をディスプレイ経由で一定時間観察するというサイクルを繰り返す
3. 自己観察条件:まず自分が一定時間試行錯誤し、その後自分自身の試行錯誤の映像をディスプレイ経由で一定時間観察するというサイクルを繰り返す
その後、行われた小寺・清河・足利・植田(2011)の実験では、次のグループを加えました。
4. 偽他者観察条件:まず自分が一定時間試行錯誤し、その後「隣の部屋で解いている他者の映像」と説明しているが、実際には自分自身の試行錯誤の映像をディスプレイ経由で一定時間観察するというサイクルを繰り返す
このグループを追加したところ、「自己観察条件」と「偽他者観察条件」の間で顕著な違いが確認されました。実際には自分自身の試行錯誤の映像という同じタイプのコンテンツを見ていたとしても、そのコンテンツの主体が他者と認識されると創造的な思考が促進されるが、それを自分自身と認識するとそのような効果がないということになります。
この結果に基づくと、コンテンツの内容よりも、そのコンテンツの主体が他者であると認識されることのほうが重要となります。他者を意識することで自らの思考を再解釈するという「問題空間アプローチ」のほうが、創造的な思考を促進することに貢献しているようです。

「問題解決アプローチ」が創造的な思考の促進に効いているとするならば、生成AIチャットを「壁打ち」として使う場合には、生成AIチャットが何を言っているか(いかに異なる視点や意見を提供しているか)よりも、生成AIチャットが誰として認識されているか(いかにリアルな他者として認識されているか)のほうが、創造性を促進させる効果を発揮しそうです。
より具体的には、生成AIチャットがリアルな「他者」として認識され、話し相手になってもらうことにより、私たちは生成AIの視点を意識しながら対話をしようとします。それにより問題を多角的に捉え直したり、自らの思考を再解釈したりすることが、創造性を高めることにつながっているというメカニズムが働く可能性があります。
とするならば、「制約論的アプローチ」は、創造的な思考の促進には貢献していないのでしょうか。