マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #04
生成AIはマーケターの創造性をどう拡張する? その役割はイノベーターか、それともアーリーアダプターか
「他者」の存在により自らの思考の制約を外す
植田・鷲田・有田・清水(2010)の実験は、「制約論的アプローチ」が創造的な思考の促進に貢献する可能性を示しています。この実験では、個人が単独でアイデアを創出するプロセスではなく、他者から伝播された情報を参考にしながらアイデアを創出するプロセスに着目したものです。
ユーザーが技術を採用する速度に応じて、速い方から順番に「イノベーター(革新者)」「アーリーアダプター(初期採用者)」「アーリーマジョリティ(初期多数派)」「レイトマジョリティ(後期多数派)」「ラガード(遅滞者)」の5つの層に分類するRogers(2003)のモデルでは、イノベーターがイノベーションを牽引するとされています。
しかし、鷲田・植田(2008)はこのモデルを応用し、ある商品のアイデアを友人のネットワーク内で伝播する過程で、その商品に関する新しい使い方やサービスのアイデアが雪だるま式に生まれるかを検証する実験を行いました。その結果、新たなアイデアの創出においては、イノベーターよりもアーリーアダプターが鍵となることを発見しました。さらに、アーリーアダプターは新技術や新サービスの新たな社会的価値を見つけ出し、技術開発そのものの変質のきっかけを生み出す「価値転換」の役割を果たしていることに着目しています。
この発見に対して鷲田・植田(2008)は、特定の領域において専門的な知識を過度に蓄積してしまった人は、かえって客観性を失いがちになり、結果的に何が新しい視点なのかわかりにくくなるというエキスパート特有の傾向がイノベーターにあると指摘しました。一方で、アーリーアダプターは専門性と客観性の良いバランスがあり、価値転換を行いやすいのではないかと推察しています。
この推察に基づき、植田・鷲田・有田・清水(2010)は、他者から伝播された情報を基にアイデアの創出を、イノベーターからアーリーアダプターへの伝播の場合と、アーリーアダプターからイノベーターへの伝播の場合とで、アイデアの創出効果に違いがあるかを検証しました。
この実験では、先ほどの清河・伊澤・植田(2007)の実験や小寺・清河・足利・植田(2011)の実験で使われたT字型ブロックではなく、「デジタル一眼レフカメラの数年後の変化のアイデアを求める」という、よりビジネスの現場に近い課題を採用しました。
実験では、個人が単独でアイデアを創出するグループとして、
1. I群:イノベーターが単独でアイデアを創出する
2. EA群:アーリーアダプターが単独でアイデアを創出する
上記、2つのグループを設定しました。また、個人が他者の考えたアイデアを参考にしながらアイデアを創出するグループとして、
3. I/EA群:イノベーターからの情報を受けてアーリーアダプタがアイデアを創出する
4. EA/I群:アーリーアダプターからの情報を受けてイノベーターがアイデアを創出する
上記、2つのグループを設定し合計4つのグループを設定しました。
これらのグループのアイデアについて、8人の評点者が以下の5項目を5段階で評価しました。
・ Creativity:アイデアがどの程度創造的か
・ Originality:アイデアがどの程度独自か
・ New Value:アイデアがどの程度生活に対する価値を有するか
・ Reality:アイデアがどの程度現実的か
・ Impressiveness:アイデアがどの程度印象的か
その結果、「Creativity」の項目において、「I/EA群」が他のすべてのグループよりも高い評価を得ました。

I/EA群(イノベーターからの情報を受けてアーリーアダプターがアイデアを創出する)と、EA/I群(アーリーアダプターからの情報を受けてイノベーターがアイデアを創出する)の間に違いが見られることから、単に他者としての存在が認識されることで、創造的な思考が促進されるだけでなく、他者からのアドバイスの内容が影響を与えている可能性があることが示唆されます。
では、なぜI/EA群はEA/I群よりも「Creativity」が高いのでしょうか。植田・鷲田・有田・清水(2010)は、実験の過程で得られた発言の分析などから、イノベーターには「異種対話回避傾向(自分と異なるタイプの人たちの意見に耳を傾けにくい)」があり、「モノ志向傾向(商品が使われる状況よりも、商品そのものの機能や性能に着目する)」があるからではないかと解釈しています。
この結果から、創造的思考を促進するためには、コンテンツの内容そのものが重要であり、自分とは異なる視点や意見に触れることで自身の思考の枠組みを広げる「制約論的アプローチ」が有効です。
「制約論的アプローチ」も創造的な思考の促進に効いているとするならば、生成AIチャットを「壁打ち」に活用するときは、生成AIチャットが何を言っているか(いかに異なる視点や意見を提供しているか)も重要であることがわかります。
具体的には、次の2つのパターンになります。
・ 生成AIチャットをイノベーター、人間をアーリーアダプターとする
生成AIチャットには基本的な情報を下調べしてもらい、それを見ながら人間が発想を広げる
・ 人間をイノベーター、生成AIチャットをアーリーアダプターとする
人間が自分の知っている基本的な情報を生成AIチャットに説明し、それに基づいて生成AIチャットに発想を広げてもらう
このように生成AIチャットを通じて自分が考えている解決法とは異なる視点や意見に触れることができ、その結果私たちは自分自身の思考の制約に気づき、より創造的なアイデアを生み出す可能性があります。
今後、実際に生成AIチャットを活用した実験による検証が求められますが、今回紹介した人間どうし(実験の対象者とその他者)の認知科学の研究を踏まえると、あなたが生成AIチャットを「壁打ち」に活用するときは、次のようなポイントを意識すると効果的です。
・ 生成AIチャットの「人間らしくないところ」に違和感を抱いても、一旦は素直に「話し相手」として受け入れてみる。そのように認識することで「問題空間アプローチ」が働きやすくなります
・ 生成AIチャットを基本的な情報を下調べして整理する「イノベーター役」に活用し、基本的な情報を整理してもらう
・ 生成AIチャットを「アーリーアダプター役」にし、自分の知識を説明した上で新たな発想を広げてもらう。それにより「制約論的アプローチ」を働かせる
これらを実践することで、より実りのある「壁打ち」が実現でき、マーケターとして人間の創造性をさらに高めるでしょう。
【参考文献】
清河幸子, 伊澤太郎, & 植田一博 (2007)「洞察問題解決に試行と他者観察の交替が及ぼす影響の検討」『教育心理学研究』 55(2), 255-265.
小寺礼香, 清河幸子, 足利純, & 植田一博(2011)「協同問題解決における観察の効果とその意味: 観察対象の動作主体に対する認識が洞察問題解決に及ぼす影響」『認知科学』18(1), 114-126.
Rogers, E. (2003). Diffusion of innovation (5th edition). NY: Free Press. (三藤利雄訳 (2007). 『イノベーションの普及』翔泳社。)
植田一博, 鷲田祐一, 有田曉生, & 清水剛(2010)「イノベーションのためのアイディア生成における情報と認知特性の役割」『 認知科学』 17(3), 611-634.
鷲田祐一, & 植田一博(2008)「イノベーション・アイデアを発生させる需要側ネットワーク伝播構造の研究」『情報処理学会論文誌』49(4), 1515-1526.
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