顧客満足を探究する~データと戦略の森から~ #04

「丸亀製麺」はなぜ「丸亀うどん」ではないのか?顧客体験を理解するための2つの軸【青学・小野譲司】

 

多次元での顧客経験の理解


「顧客経験」とは何かについてマーケティング研究では唯一の定義が共有されているわけではないが、「顧客の購買ジャーニーのすべてにおける、企業の提供物に対する認知的・感情的・行動的・感覚的・社会的な反応に焦点を当てた多次元的な構成概念」という定義がよく引用される。一見すると「なんでもありなのか」と思われるような定義に見えるかもしれない。しかし、少し深く考えてみると、顧客体験とは何か、そもそも体験価値とは何かを理解するうえで、見るべきポイントを指し示した地図のようにも見える。まずはマーケティング研究では、いわゆる「顧客経験Customer Experience」がどのように議論されてきたのかについて、大きな流れを鳥瞰しておく必要がある。なお、「体験」と「経験」は違うという見方もあるが、英語ではどちらもexperienceなので、とくに区別せずに用いる。

 顧客経験を真正面から議論したのは、Schmitt(1999)の『経験価値マーケティング』(邦訳2000年)とPine and Gilmore(2000)『経験経済』からとする見方が多い。また、それらに先行して1990年代の快楽消費や消費体験主義といったポストモダン消費研究にも源流がある、と指摘する見方もある(Hirschman and Holbrook 1982)。また、モノ消費からコト消費へ変わった、という議論は、物質主義と経験主義という消費のパターンが人々の幸せ(happiness)にどう寄与するかという研究で議論されてきた。

 モノの所有・消費にせよ、コトの経験にせよ、特徴的な消費パターンの根底には、消費者の価値観やライフスタイルの違いがある。その典型が物質主義(materialism)である。1970年代に提唱された物質主義は、経済的豊かさの象徴が、ホーム、自動車、家電製品、宝飾品などといった耐久消費財に代表される財(goods)の所有と消費に現れるとするものであった。モノを所有し、消費することが、豊かさにつながるというのは、現代人にも当てはまる部分はありそうだが、かつてはそれが支配的な見方であった。

 一方、時代が降り、身の回りがモノに満たされた生活を送れるようになると、人々の関心は、モノの所有や消費だけでは満たされない対象へと向けられる。旅行、外食、娯楽などをはじめとしたサービス財への消費である。レストランでの食事は、食べ物や飲み物自体は所有権が移転するが、レストランの空間で食事を楽しみ、時間を過ごすことが中核的なベネフィットであり、人はそれらにわざわざ対価を支払い、快楽という豊かさを享受するようになる。
 
Lemon, Katherine and Peter C. Verhoef(2016), “Understanding Customer Experience Throughout the Customer Journey,” Journal of Marketing, 80(6), 69-96
Schmitt, B.H. (1999). Experiential marketing: How to get customers to sense, feel, think, act, and relate to your company and brands. New York: Free Press.(バーンド・H.シュミット著、嶋村和恵・広瀬誠一訳『経験価値マーケティング:消費者が何かを感じるプラスαの魅力』ダイヤモンド社、2000年)
Pine, B. J., & Gilmore, J. H. (1999). The experience economy: Work is theater and every business a stage. Boston: Harvard Business School Press.(B.J.パインⅡ、J.H.ギルモア著、岡本慶一・小高尚子訳『(新訳)経験経済:脱コモディティ化のマーケティング戦略』ダイヤモンド社、2005年)
Hirschman, E. C., & Holbrook, M. B. (1982), “Hedonic consumption: Emerging concepts, methods and propositions,” Journal of Marketing, 46,92–101


 また、炊事や洗濯といった家事(家計内生産活動)に対価を支払うこと(専門サービスの市場取引)は、経験を買っていることになる。こうした消費のパターンを経験主義(experientialism)という。日本のサービス経済の進展は、経験主義を背景としたサービス消費への支出金額の割合が相対的に増えたことにも表れている。

 モノからコトへというフレーズに見られるように、物質主義と経験主義は二者択一のように捉えられることが多い。二者択一を前提にして、現代はコト消費だ、体験価値を重視する人々が多い、という安易な議論に流れがちである。ただ、両者は決して排他的ではなく、両立しうることも指摘されている。住宅、自動車、家電、衣服、宝飾品をはじめとしたモノを数多く所有している人ほど、経済的に裕福な家計が多いこともあり、より頻繁に温泉へ出かけ、海外旅行をする傾向にあるだろう。また、それは都市部に典型的に見られる傾向でもあり、都市部では家事を外部化する家計も地方都市よりも多い。

 モノにせよ、サービスにせよ、あるいはコトにせよ、顧客経験を真正面から論じることによって、それまでとは違う側面で顧客理解をはかることへとつながったことは間違いない。それは、消費者のブランド選択・購買に関する意思決定の研究では表立って議論されてこなかった使用・消費する場面に注目し、消費者がどのような価値を得るかに光を当てたことである。

 経験を通して消費者が得る価値は、機能的で合理的なものだけでなく、五感で感じるものであり、時には感情的で非合理的なものもあり、それゆえ、包括的に体験価値を捉えることの意義が再認識された。Schmitt(1999)は経験価値が、製品・サービスが持つ優れた品質や特性についての合理的・認知的に評価した創造的・認知的価値(THINK)だけでなく、五感で感じる感覚的価値(SENSE)、感情に触れる情緒的価値(FEEL)、肉体的価値とライフスタイル全般(ACT)、準拠集団や文化との関連づけ(RELATE)といった5つのモジュールで構成されると指摘した。それ以降、現在に至るまで感覚、認知、感情、行動、社会という多次元で理解する必要性があり、それらを包括的に捉えなければ顧客経験を理解できないという認識は、研究者の間で共有されている。

 包括的に顧客理解をすべきという指摘はたしかに正しいが、全体的、包括的に捉えたフレームワークや理論は、あれも重要これも重要というように、因果関係を説明する変数が次々と加わる。さらに、個人差があるとか、状況によって違うなどといった条件付けも加わり、複雑さが増してしまう。現状においては、いくつかの研究潮流において「顧客経験」の何らかの局面を対象にした研究を丹念に追いかけていくのが正攻法なのかもしれない。
 
Weingarten, E. and J.K. Goodman(2014), “Re-examining the Experimental Advantage in Consumption: A Meta-Analysis and Review,” Journal of Consumer Research, 47(6), 855-877.

 感覚マーケティング研究はそのひとつの研究潮流である。たとえば、レストランでの飲食体験における「美味しさ」とは、味覚や嗅覚といった感覚器官で感じる感覚的な価値であるが、それにおいしさが際立つような盛り付けや洒落た食器が加われば視覚的価値との相乗効果によって、美味しいかどうかを人は判断する。さらに、ナイフやフォークといったカトラリーを紙製にするか、重さのある銀食器にするかによって、味覚の感じ方も異なることがあるという。こうした人間の感覚がもつ不思議な規則性が、感覚マーケティング研究で豊富に蓄積されている
  
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たとえば、Krishna, A.(2009), Sensory Marketing, Research on the Sensuality of Products, Routledge(クリシュナ著、平木いくみ・石井裕明・外川拓訳『感覚マーケティング:顧客の五感が買い物にどのような影響を与えるのか』有斐閣、2016)。

 しかしながら、人は、肉や魚の美味しさの機微を味覚と嗅覚だけで判別しているのではなく、松阪牛や大間のマグロといった産地やブランド名から連想されるイメージで美味しいとみなしているのかもしれない。それは、おいしさが感覚器官以外の認知的な価値に左右されているのかもしれないことを示唆する。

 このように考えると、先の定義にあるように、顧客経験を多次元で捉えることは妥当性があり、それゆえ体験価値とは包括的な視点で理解する必要がある。さらに、体験価値に対する顧客の評価は、かならずしも合理的とはかぎらない不合理な要素を多分に含んでいる。それゆえ、感情心理学や行動経済学を用いたアプローチといった、人間の非合理性や感情のパターンが行動に与える影響を扱った先行研究が多いのも特徴である。

 後編は顧客経験を理解するためのもうひとつの軸「カスタマージャーニー」を通して、多様な体験価値のあり方を考察する。

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※後編に続く
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