顧客満足を探究する~データと戦略の森から~ #05

コストコは何を売っている? マーケターの手腕問われる「体験価値」デザイン【青学・小野譲司】

前回の記事:
「丸亀製麺」はなぜ「丸亀うどん」ではないのか?顧客体験を理解するための2つの軸【青学・小野譲司】
 マーケティングにおいて「顧客満足」が重視されるようになって久しい。顧客ニーズの複雑化と商品サービスの均質化に呼応するように、ますます多様化するデータ、戦略があふれかえるマーケティングの森から、企業やマーケターは目指すべき顧客満足をどう探し当て、推進すればいいのか。

 本連載は青山学院大学経営学部の小野譲司教授が、顧客満足度を業界横断的・継続的に調査するJCSI(日本版顧客満足度指数)調査のデータやさまざまな事例から顧客満足を学術的に紐解き、課題解決を目指すマーケターに科学的な視座と知見を提示する。

 第4回では前後編にわたって「顧客体験」にフォーカス。そもそもビジネスにおける「体験」とは何なのか? 前編では何気なく使いがちな「顧客体験」をマーケティング研究の潮流から多次元的に捉える重要性を指摘した。後編は「カスタマージャーニー」を起点として、デジタル化が進む現代に求められる「顧客体験価値」を探っていく。
 

「体験」重視の背景にデジタル化


 顧客経験を理解するために、前編で解説した「多次元性」と対をなすもうひとつの軸となるのが、「カスタマージャーニー(マップ)」である。顧客経験を旅(ジャーニー)にたとえて、ある人が、いつ、どの場面で、どのような刺激に触れて、どのように振る舞い、どのような感情を抱き、何を考えたのかを時系列のマップとして記述する。まさに旅のプロセスを記述することを通して、経験をプロセス面から理解するのが、カスタマージャーニーである。カスタマージャーニーマップのつくり方はいくつかあるが、研究者の多くは、プレ(購買前)、コア(消費・使用)、ポスト(購買・消費後)の3ステージに分けて顧客接点とそこでの経験を記述する。

 カスタマージャーニーマップの考え方や設計手法はいくつか源流がある。たとえば、サービスオペレーション研究で「サービスブループリンティング(青写真)」として知られている手法は、顧客にサービスが提供される顧客接点をフローで結んだプロセスとして記述し、顧客と直に接するフロント部分とバックヤードの業務プロセスが連携するフローも記述した業務設計書である。また、消費者行動研究では、消費者がブランドを選択する購買意思決定プロセスをモデル化する研究が盛んに行われてきた。

 このような先行知見はあるものの、「カスタマージャーニー」は、現実のビジネスにおいては、コンサルタントをはじめとした実務者が好んで使い始めた用語として広まったのかもしれない。それには実務的な背景が大きく関わっていると思われる。

 すなわち、あらゆる顧客接点(タッチポイント)にオンラインないしはデジタルの媒体や技術が入り込むようになったことが、顧客経験(CX)や体験価値がマーケティングで脚光を浴びるようになった背景にある。ホームページ、モバイルアプリ、店舗の入口、陳列棚、試着室、会計、洗面所、パブリックスペース、各部門のスタッフ、そして他の顧客など、顧客接点を個々にマネジメントするだけでなく、接点間のシームレス(繋ぎ目のない)で、フリクションレス(ペインポイントの摩擦のない)、統合化された顧客体験をいかに実現するかという課題が、コミュニケーション、販売チャネル、顧客サービスの領域で重要視されるようになった。

 そして、オムニチャネルやO2M(オフラインから店舗へ)といった、異なる顧客接点をどう結びつけるには、見込客の検索からサイトや店舗へのアクセス、購買履歴といった顧客データを利活用し、顧客体験の向上と財務的なマーケティング成果にいかに結びつけられるか、という実務的な課題が生まれた。この動きは、AI(人工知能)技術やロボティスクなどのテクノロジーをいかに活用し、新しい顧客体験を創造するかという課題へと進化している。そうした中で「カスタマージャーニー」「顧客体験(もしくは経験)」「体験価値」といったキーワードが広まった。

 デジタル化の波は、あらゆる業界に及んでいる。たとえば、NetflixやAmazonプライムビデオのようなサブスクリプション方式の動画配信サービスは、視聴者のエンタメ体験を変えた。映画やアニメを観る際、DVDをレンタルショップで借りる、購入する、劇場上映で鑑賞する、地上波テレビで観るといった方法が従来からの視聴体験である。それに対して、動画配信サービスのユーザーは、DVDと同じように2、3倍速で再生することも、好きな場面を何度でも見られるだけでなく、自宅の大画面テレビ、パソコン、タブレット、スマートフォン、ゲーム機といったマルチデバイスを使って、好きな時に、好きな場所で、好きなコンテンツを、好きなだけ観ることができる。自宅で途中まで観ていた作品の続きを、通勤中にスマホで観られるコントロール感の高さは、決められた時間帯に、最初から最後まで中断なく視聴するのとは全く違う体験である。さらに、豊富なコンテンツの中から、個人の好みや視聴履歴に応じたレコメンデーション機能によって、今まで観たことがない作品に出会うセレンディピティも体験できるかもしれない。

 Amazon Kindleを通した電子書籍の読書体験は、薄くて軽いデバイスに、自分がストックしたタイトルを何千冊も入れておき、好きな時、好きな場所で読書ができることを可能にした。加えて、知らない専門用語の意味を注釈してくれるアノテーション機能や、気になった文章に線やマーカーを付けられるハイライト機能は、他の読者がどこにハイライトを付けたかも参照できる仕組みになっている。同じ本を読んだ人たちが、どこに注目したかをデバイス上で知ることができるのは、デジタルならではの機能としてユーザーに知られている。

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