顧客満足を探究する~データと戦略の森から~ #05
コストコは何を売っている? マーケターの手腕問われる「体験価値」デザイン【青学・小野譲司】
2025/04/14
行列とレジのデザイン
デバイスやデータをはじめとしたデジタル技術を駆使した新しい製品・サービスの開発は、こうした顧客の新しい経験をデザインすることにほかならない。加えて、新しい顧客経験は、デジタル技術があるかどうかとは違う次元でデザインされることもある。それが「イベントの継起(sequence of event)」という視点からの顧客経験の理解である1 。これはカスタマージャーニーの経験をいくつかのイベントに分け、そのつながり(継起)で捉える。少し理屈っぽくなるが、簡単な例を用いて考えてみよう。たとえば、ファストフードでの飲食を、1から4のイベントに分ける。
イベント1(行列待ち)→ イベント2(注文)→イベント3(食事)→イベント4(会計)
繁盛店では、行列客にメニューを配り、席へ案内する前に注文を考える時間を与えることがある。これは、イベント2を前倒しして、イベント1・2を同時に進める工夫である。これによって「何もせずに待つ」のではなく「何かをしながら待つ」ことによって待ち時間の長さと疲労感を軽減する効果があることが、「待ち行列の心理」研究で古くから知られている2 。
行列に並んでいる人は、メニュー選びを始めると、「サービスが始まった」と認知する傾向があるので、イベント2を前倒しするのである。メニュー選びは、期待効用を生む大事なプロセスであるとともに、イベント継起の1・2を統合することで、少しでも全体の効用を高める可能性がある理にかなった方法である。
先のNetflixは、たとえば10話で完結するような連続もののオリジナル作品を毎週1話ずつ配信するのではなく、一気に配信することで知られている。1話ずつ視聴するイベントが10週続くのではなく、10話まとめてイッキ見することで、作品への没入感を高める効果もあるだろう。
それとは逆に、今までひとつにまとめられていたイベントをあえてバラすのも、経験をデザインする上でのオプションである。通信販売で一定回数に分けてプラモデルの部品を送り、半年や一年の長期間をかけて作品を完成させる「分冊百科」は、楽しい経験を細かく分けるデザインの典型である。
これら以外にもイベント継起をどうデザインするかは、身近なところにいくつも例がある。
1 Verhoef, P.C., G.Antonides, and A.N. de Hoog(20004), “Service Encounter as a Sequence of Events: The Importance of Peak Experiences,” Journal of Service Research, 7(1), August, 53.64.
2 Maister, D.(1985), “The Psychology of Waiting Lines,” The Service Encounter, edited by J.A.Czepiel, M.R.Solomon, and C.Surprenant, Lexington Books.
飲食店の例に戻って「いつ会計をするか」を考えてみよう。すなわち、代金を先払いと後払いのどちらにするかである。
たとえば、大手牛丼チェーンのうち吉野家は後払い、すき家や松屋は前払いで食券を用いる方式である。回転寿司チェーンの多くは後払いであり、ラーメン店は前払いが多い。前払いは客単価が先に決まってしまうが、後払いにすればコア・ステージで、サラダや卵などの追加注文で客単価を上げることができる。
もちろん、メニュー数や料理の性質を反映しているので、話は単純ではないが、会計のタイミングは、顧客経験の記憶ステージにも影響があるかもしれない。食券の前払いはたいてい自動券売機で行われ、店員は料理の提供と皿の回収の業務に専念できるのに対して、後払いは注文票を見ながら店員と顧客に会話が生まれる。支払いを終えた人々はたいてい「ご馳走様でした」と一声かけ、店員が「ありがとうございました」と返すやりとりがある。一方、前払いの客は食べ終わると、レジで「ご馳走様」を言うきっかけが無く、そのまま店を出る光景がしばしばある。カスタマージャーニーの最終イベントで店員とのヒューマンタッチのやり取りがあったかどうかは、店での経験を思い出す際の大事な糸口になるかもしれない。

このようなイベント継起という視点は、どのような顧客接点があるかだけでなく、どの場面で、どのような経験をするか、そして、どのような順序でどのような経験をするかという顧客経験のデザインにおいて示唆がある。ここで紹介した以外にも、最初の顧客接点でどのような経験をするかは、その後に続くイベントへの印象に影響すると考えられる(初頭効果)。最も感情が高まった状態(ピーク)と最後の経験(エンディング効果もしくは親近性効果)は、後で経験を振り返った際、人間の判断に大きく影響する(ピーク・エンドの法則)などの行動経済学の知見も、顧客経験の探究と応用に生かすことができる。