顧客満足を探究する~データと戦略の森から~ #05
コストコは何を売っている? マーケターの手腕問われる「体験価値」デザイン【青学・小野譲司】
2025/04/14
ペインポイントの体験価値
フルマラソン(42.195km)、ウルトラマラソン(50kmや100kmといった長距離、長時間)、トレイルランニング、急流な河川でのラフティング、富士山登山。これらは自然の中で行うアクティビティであるが、これらを苦しく、危険で、わざわざお金を払ってまでやることかと疑問に思う人も少なくないだろう。坂道や荒れ道を含むルートのコンディション、暑さや横風などの悪天候、そして体力的な厳しさを覚悟して挑むアクティビティだ。少なくとも、あえて苦しいことにチャレンジするわけなので、ペインポイントを潰し、ゲインポイントをつくり、顧客が感動する体験を作ることを王道とするCXマネジメントの考え方とはかけ離れている。
しかしながら、これらの非日常体験に対価を支払う人々は、苦痛を乗り越えた先のゴールの達成感だけでなく、困難なゴールに到達しようと日々の練習や鍛錬を積み、規則正しい生活を送ることにやりがいを感じているかもしれない。極端な体験を伴うスポーツは、極端な事例ではあるが、体験価値とは何かを深く探るうえで示唆的である。それは、必ずしもペインポイントを無くせば良いとは限らないという点にある。
商品を探しやすい小売店のレイアウトや陳列方法は、快適な買い物体験を目指すうえで必須であり、コンビニ、スーパー、ドラッグストア、オンラインショッピングなどあらゆる小売業態に当てはまる王道であろう。一方、ドンキホーテのようなディスカウントストアでは、どこに何があるかわからないような陳列や売り場は、何があるかわからない「宝探し」を楽しむ場所となっていることはよく知られている。
国内最大級規模で日本のサービス産業を経年追跡しているJCSI(日本版顧客満足度指数)調査5 によると、ディスカウントストアの中でも近年、コストコ・ホールセールの顧客満足度や感動指数の高さが際立っている。ディスカウントストアの買い物客(回答者)の自由記述には「近くにあるから便利」「PBが増えた」「クーポンが使える」「まとめて買える」といった顧客の合理的な評価に加えて、「見ているだけで楽しい」「常に同じ売場にあり安心」といった驚き、楽しさ、ワクワク感、安心といった感情的な評価も反映したコメントがある。
5 JCSI(日本版顧客満足度指数)に関しては、サービス産業生産性協議会(公益財団法人日本生産性本部)のHPを参照(https://www.jpc-net.jp/research/jcsi/)
広い店内を歩き回り「宝探し」をする買い物客たちは、「初めて見る商品」や「アメリカを感じる」商品について、家族であれこれと語り合いながらカートを押しながら買い物を楽しんでいる。業務用サイズの大容量の食料品を見て、食べ切れるか、誰かとシェアしようかなどと話し合うくらいなら、近所のスーパーのようにちょうど良いサイズに小分けされたパッケージで提供された方が、利便性が高く、コスパも良いかもしない。年会費を払って訪れる人たちには、それを上回る何らかの体験価値がそこにはあるということだ。
近所にコンビニやファストフードがない田舎暮らしや、スマートフォンを一定期間使わない「デジタルデトックス」の不便な体験は、スピードが速いこととスローなこと(たとえば、ファストフードと手作り/スローフード)、機能が豊富であることと機能が限られていることといったように、現代における体験価値の差別化は、そうしたペインポイントと思われがちな製品・サービスの特徴を逆張りするところにまで及んでいる。
体験価値の興味深いところは、ある人にとっては価値がないもの、ペインポイントにすぎないことが、ある人にとっては対価を支払う価値があるもの、楽しいことや思い出になりうることだ。その意味では、マーケターの手腕が問われるテーマである。

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