「迷ったら、削る」グローバル戦略の描き方 #06
シンガポール大学の経営学者に聞く、日本企業がアジア進出で見落としがちな3つの視点
3. 「機能と価格で勝負する」から「選ばれる理由をつくる」へ
価格競争が激しいアジア市場において、「いかに安く提供するか」ではなく「なぜそのブランドを選ぶのか」という問いに明確に答えることが、長期的な競争力の源泉になります。
特に東南アジア、なかでもシンガポールのような成熟した都市型市場では、機能や価格だけでは差別化が難しくなっています。消費者や企業は、製品やサービスそのものの性能以上に「このブランドを選ぶ意味」や「共感できるストーリー」を求めています。そうした期待に応えるためには、単なる機能や価格を超えて、ブランドならではの価値や体験を提供する戦略、すなわち“高付加価値化”が必要です。
この価値とは、スペックや性能だけにとどまりません。
• UI/UXの設計思想:使いやすさや直感的な操作性は、ブランドへの信頼に直結します。
• 社会課題との接続:サステナビリティや金融包摂、教育格差といったテーマと、商品やサービスを結びつけることで、購入や利用が「社会的な選択」になり得ます。
※金融包摂:すべての人が経済活動に必要な金融サービスを利用できるようにする取り組み
• 共感できるストーリー:「なぜこのプロダクトを生んだのか?」「なぜこの場所で展開するのか?」といった文脈が明確であることは、ブランドへの愛着を高める鍵になります。
こうした価値づくりに取り組むことは、地政学的リスクへの対抗策としても重要です。Tan氏は「米国の保護主義政策(関税引き上げや輸入制限)により、精密部品や電子機器を扱う企業はサプライチェーンの混乱やコスト増といった影響を強く受ける可能性がある」と指摘します。
このような時代だからこそ、シンガポールでは以下のような高付加価値戦略とリスク分散の両立が求められおり、この発想は企業単位でも同じことが言えます。
• 貿易相手国の多角化:ASEAN諸国やRCEP加盟国との連携を強化し、市場依存リスクを下げる
• バリューチェーンの上流化:製造ではなく、設計・開発・研究など、価値創造の源泉に経営資源を集中
• ハブとしての役割の強化:単なる中継地ではなく、ブランド価値を生み出す場としての自立性を持つ
高付加価値化とは、顧客の心を動かし「選ばれる理由」を設計することです。この「選ばれる理由」こそが、外部環境の変化にも揺るがない、芯のあるブランドへと企業を導いてくれます。変化とリスクに晒される今だからこそ、「何を削ぎ落とし、何を強化すべきか」を見極める力が、より一層問われています。
本質を共創し、最小の力で最大の価値を生む
海外進出を検討するとき、多くの企業がまず直面することが「どこまでローカライズすべきか」という問いです。言語や文化、商習慣への適応はもちろん重要ですが、それだけでは選ばれる存在にはなりません。
今回のインタビューから見えてきたのは、シンガポールという都市国家がイノベーションを軸に、産官学が一体となって国際競争力を高めている現実です。大学や研究機関が企業と連携し、技術と事業の両面で共創を進めるエコシステムがすでに成熟しつつあります。また、保護主義の波が広がる世界情勢の中でも、ASEAN域内や近隣国との連携を強化し、地域全体でリスクを分散する戦略を取っています。
こうした環境では、単なる現地適応ではなく、どれだけ深く本質的な価値を現地のパートナーと共創できるかが重要になります。製品やサービスを一方的に持ち込むのではなく、現地の課題意識や期待に寄り添いながら共に創り上げる姿勢が、ブランドやビジネスの強さを形づくるのです。
本連載で繰り返し紹介してきた「迷ったら、削る」という視点は、まさにこの時代に求められる考え方です。情報や機能をただ増やすのではなく、自社の強みとビジョンを研ぎ澄ませ、必要最小限で最大の価値を届ける。そのための判断軸として、「迷ったら、削る」は活用できます。
たとえば、ユニクロやASICSといったグローバル企業は、ユーザー体験を軸にした設計やメッセージの一貫性を重視し、共感されるブランドとして世界中で支持を集めています。
さらに、意思決定のスピードや言語の壁といった日本企業が直面しやすい課題も、現地人材への権限移譲や多様なチームづくりによって十分に乗り越えることができます。本社主導の戦略と、現地主導の実行。そのバランスを柔軟に設計することで、グローバルとローカルの両立は現実的なものになります。本質的な価値観を共有しながら、実行面では大胆に現地化する。この両輪が噛み合ってこそ、アジア市場で信頼され、選ばれるブランドが育っていくのです。
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