マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #05
長年愛されてきたブランドが急に価格訴求、その判断は戦略的に正しいのか?
2025/05/01
「価格訴求」が消費者の態度を変えるメカニズム
さて、冒頭の学生さんからの質問に戻ります。「価格のお手頃さを訴求するメッセージ」が購買意思決定に与える影響は、実際に使うキャッチコピーによって変わりますが、Laran and Tsiros (2013)の「THINK ABOUT IT!」に近い効果をもたらす可能性があります。
たとえば、あるブランドが費用対効果を訴求したメッセージを展開する場合、そのメッセージに接触した見込客には、「そのブランドの製品の情報をきちんと集めたり、競合他社の情報も集めて比較したりしよう」といった態度を誘導し、既存客には、「今までなんとなくこのブランドが好きだったけれども、改めてきちんと情報を集めて検討しなければ」といった態度変化を引き起こすかもしれません。
また、この「認知的↔︎情緒的」とは異なる議論として、Buil et al. (2013)の「金銭的プロモーションがブランドロイヤルティに与える影響」の議論も参考になるでしょう。
この研究では、ある特定のブランドに対する金銭的プロモーションが与える影響を分析し、「価格を下げることで、消費者はブランドの品質に対してネガティブな影響をもたらし、ロイヤルティが下がる」というメカニズムを実証しています。その理由として、消費者が「価格」を中心にそのブランドの品質を推測するため、価格が下がることでブランドの品質をより低く評価するという現象が起こります。
これらの研究結果からは、従来の価値観や世界観を大切にしてきたブランドが訴求の軸を「価格のお手頃さ」へと急に切り替えるときには注意が必要です。価格を下げることで、そのブランドに対して顧客が感じる価値に対するコストパフォーマンスが向上し、競合他社に対して競争力が高まるという経済学的な効果が期待できます。しかし、その一方で、そのブランドに対して感じる価値を毀損してしまうリスクも伴います。このトレードオフが存在することを十分に認識するべきでしょう。
もし、自社ブランドのメッセージを「価格訴求」に切り替え、お客さまの愛情をお金で買おうと考えているマーケターの皆さんは、一歩立ち止まるべきです。購買意思決定における「認知的↔︎情緒的」という軸を意識し、お客さまとの関係性をどう築くべきか、慎重に見極めてみてください。
【参考文献】
Edwards, Kari. (1990) "The Interplay of Affect and Cognition in Attitude Formation and Change," Journal of Personality and Social Psychology, 59(2), 202-216.
Edwards, Kari., & William von Hippel (1995) “Hearts and Minds: The Priority of Affective versus Cognitive Factors in Person Perception," Personality and Social Psychology Bulletin, 21(10), 996-1011.
Laran, Juliano, and Michael Tsiros (2013) “An Investigation of the Effectiveness of Uncertainty in Marketing Promotions Involving Free Gifts," Journal of Marketing, 77(2), 112-123.
佐藤貞行 (2022) 「デジタル・マーケティングにおける不確実性の効用~ メタバース空間でのバーチャルショッピングおよびデジタル購買代行サービスにおける実証研究~」 早稲田大学大学院経営管理研究科修士論文。〔 https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/72866 〕
Buil, Isabel, Leslie De Chernatony, and Eva Martínez (2013), "Examining the Role of Advertising and Sales Promotions in Brand Equity Creation," Journal of Business Research 66(1), 115-122.
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