新時代のエンタメ舞台裏~ヒットにつなげる旗手たち~ #18

きゃりーぱみゅぱみゅからSnow Man、HANAまで。コンテンツを起点に熱狂を生み出す「YouTube」という装置の進化に迫る

 

フィジカルを売るためにも、デジタル活用が有効


徳力 企業のデジタル活用は、コロナ禍で一気に進んだと思いきや、コロナ禍が明けたら元に戻ってしまったイメージがあります。音楽のライブ配信については、コロナ禍の影響や、日本と世界の傾向の違いについて感じられていることはありますか?

佐々木 おっしゃる通り、コロナ禍をきっかけにライブ配信を始めた方は多いですね。コンサート会場からの配信、アーティストの自宅からの配信など、以前だったら考えられない配信がたくさん行われるようになりました。

諸外国と比較して、日本の楽曲のライブ配信が少ない理由は、DVDやBlu-rayの販売による収益を見込んでいることが大きいと思います。

徳力 アーティスト自身が配信を好まないのももちろんありますが、ファンも敬遠する風潮がありますよね。藤井風さんがコンサートをYouTube配信した時も、コンサートのチケットを買ったファンの一部から不満の声が挙がったと聞きます。

佐々木 そんな素地はありつつ、コロナ禍を経てライブ配信が一気に普及した結果、現在も継続しているアーティストさんが多いと感じます。例えばサカナクションさんは、過去に映像化されたものをプレミア公開(公開日時を事前に設定し、視聴者と同時にリアルタイムで視聴できる機能)の形でライブ配信することもあります。

また、コロナ禍中もしくはそれ以降にデビューしたアーティストは、ライブ配信が当たり前という価値観が浸透していますね。例えば、オーディション番組「No No Girls(ノーノーガールズ)」から生まれたガールズグループ「HANA」がメジャーデビュー日にYouTube配信をしていました。

徳力 確かに、デビュー日などの記念日にYouTube配信をするアーティストが増えましたね。Snow Manさんもデビュー記念日には毎年配信していますし、TOBEは新メンバー加入時に配信していますし、Number_iさんも番組を作り込んで配信していますね。主に、ファンとのコミュニケーションを目的としたライブ配信が多いように思います。

佐々木 ファンコミュニケーションの価値観が定着したというのもありますし、コロナ禍を経て、海外を意識するアーティストが増えたのも大きいと思っています。YouTubeを通して海外のファンと直接接点を持とうとするアーティストが増えたように思います。

鬼頭 ライブ配信について、日本を中心としたユニークな取り組みとして、フィジカル(CD)の発売日にアーティストが開封動画をアップするというのがあります。特に最近は今まで以上にショッピング機能が拡充してきているので、たとえばフィジカルの紹介をしながら「予約できます!」「こんな特典がついてきます!」と告知するケースがよくみられます。作品の発売というモーメントをファンと一緒にお祝いするイメージですよね。フィジカルとデジタルがYouTubeの上で両立しているという、面白い現象だなと思います。

note noteプロデューサー/ブロガー
徳力 基彦 氏

佐々木 日本の音楽業界ではフィジカルを売らなければいけないので、かつては楽曲をYouTubeで配信したとしてもショート尺でした。それがいまや、YouTubeでアーティストご本人がライブ配信でフル尺を流した上で、フィジカルを販売するという動きに変わりました。

徳力 日本では「YouTubeは音楽ビジネスの敵だ!」と思われていたけれど、実はうまく活用したほうが、フィジカルを売るという元々のビジネスが上手くいくということが、アーティストの間でもだいぶ浸透してきた感じがしますね。
 

日本の音楽が世界から注目されるためには


徳力 世界で見てもらうという観点で、日本が完全に遅れているというか、グローバルと全然違うなと思うのが、テレビ番組でのパフォーマンス動画です。僕も日本で暮らしていますから、テレビ番組がYouTubeに上がっていないのは普通だと思っていました。でも、韓国の様子を見ているとパフォーマンス動画が当たり前のようにフルで上がっているんですよね。

先日NHKさんにインタビューさせていただいたのですが、NHKさんはNHKプラス(NHKの地上放送番組をインターネットで視聴できるサービス)への誘導期間である1週間限定でYouTubeに上げているようです。きっとK-POPのアーティストからすると「なぜわざわざ下げるの?」という感覚ですよね。これは韓国が特別なのか、日本が遅れているのか、世界的に見るとどうなんでしょう?

佐々木 例えばアメリカの深夜トーク番組「レイトナイト」はずいぶん前からYouTubeを活用していて、トークの部分だけでなく、ゲストのアーティストのパフォーマンス部分も普通にYouTubeに上げていました。YouTubeの企画が発展して若年層にブレイクし、世界にも拡散していきました。

徳力 日本の音楽はなぜこんなに世界で聴かれないんだろう?と個人的に思っていたのですが、「見られなかっただけなんじゃないか」というのが最近の結論になっていて。アーティストはYouTubeに一部しか楽曲を上げていないし、テレビ番組でのパフォーマンスも見られないし、コンサートでのファンの撮影も禁止されているからファンカム(ファンが撮影する、推しメンバーだけを映した動画)の動画も上がってこない。これまで日本の音楽コンテンツがグローバルで視聴されなかったのは、視聴できる状態になかったからということに尽きるのではないかと。

でも最近は、YOASOBIさんのようにYouTubeを積極的に活用するアーティストが出てきていますし、藤井風さんの『死ぬのがいいわ』が良い例ですが、偶然海外のユーザーに発見されて広がっていく例も増えていますね。日本の音楽産業全体が“CDビジネス”になっているのを変えていきさえすれば、自然と世界に広がっていきそうだなと感じています。
 

ストーリーを紡ぎ、コミュニティをつくる


徳力 「世界で視聴されたいなら、日本のアーティストはもっとこういうことをやったほうがいい」というアドバイスはありますか?

鬼頭 まだまだ日本のアーティストさんはYouTubeを「作品発表の場」と捉えすぎていて、MVを一本上げるだけという使い方も多いですよね。海外のユーザーからしたら、そこにはなんのストーリーもコンテクストもないので、よくわからない。

K-POPアイドルは、ショート動画、ライブ配信などあらゆる機能を活用して、アーティスト自身の人となりや、作品にまつわる裏話など、「ストーリー」を語ることで、MV発表に向けた盛り上がりをつくる戦略を持っているなと思います。

徳力 YouTube上でストーリーを語る、か。僕もYouTubeにMVを置いておけばいいかなくらいに思っていたのですが、上手くやっているアーティストは生配信を組み合わせたり、番組っぽく作り込んだり、舞台裏を見せたり、コンテンツをきっかけにファンとコミュニケーションをとっていますよね。



佐々木 我々は、YouTubeという場を「コミュニティ」と呼んでいるんです。

徳力 YouTubeチャンネルを、ですか?

佐々木 チャンネルというよりは、YouTubeというプラットフォーム自体ですね。

徳力 ああ、なるほど。日本人はYouTubeを番組と捉えてしまいがちですが、コミュニティであると。。

佐々木 コメント機能はもちろん、「スーパーチャット」(視聴者が配信者へメッセージと一緒に投げ銭できる機能)も、元々はクリエイターやアーティストとファンがコミュニケーションをとるためのツールとして作られた機能です。

「チャンネルメンバーシップ」(月額料金を支払うことでチャンネルのメンバーとなり、限定特典や特別な交流を享受できる制度)も、有料会員向けによりリッチな体験をしてもらうための仕様です。YouTubeはそういう相互のやりとりをできる場として設計していて、その土台の上にコミュニティが形成されています。

徳力 若い世代はYouTubeに“住んでいる”から、そこにアーティストもお邪魔して、ファンと一緒に盛り上がる取り組みをトータルに考えることが大切ですね。

佐々木 例えばBTSが人気なのは、楽曲が良いというのももちろんですが、それ以上に彼ら一人ひとりのキャラクターを好きになるというケースが多いんですよね。「No No Girls(ノーノーガールズ)」も、オーディションの過程をすべて公開することでメンバー一人ひとりの人となりが見え、ファンがつくということが起こっていました。

徳力 確かに、海外アーティストを見ると、MV以外にもいろいろな動画が上がっていますよね。ファンじゃないと、意味がわからなくてあまり見ずに帰ってきちゃうのですが…。藤井風さんも『死ぬのがいいわ』がヒットした時、YouTubeに上がっているMV以外のたくさんの動画によって重厚なストーリーが紡がれていて、それがファンを生む一つのきっかけになったと思います。YouTube上でファンとコミュニケーションをとるという感覚を持っているアーティストは、日本にはまだまだ少ないかもしれませんね。

佐々木 グローバルではストーリーを語るというのがキーワードになっています。たとえばビリー・アイリッシュさんも、MVも多く視聴されていますが、それに引けを取らないほど多くのインタビュー動画が上がっています。自分のチャンネルだけでなく、色々なメディアやYouTuberのチャンネルに出向いて行ってインタビューを受けている。アーティスト公式以外のコンテンツも、ストーリーを構成する要素の一つになっているんです。

自分のチャンネルで舞台裏やVlogを発信するのももちろん良いですが、海外ではいろいろなクリエイターやメディアのチャンネルに出て、ストーリーを語るというのがスタンダードな手法になっています。

徳力 様々なコンテンツを組み合わせてストーリーを紡ぎ、ファンとコミュニケーションをとり、コミュニティをつくるという意識が大事なんですね。今回のインタビューを通じて、コンテンツの発信方法にしろ、発信者とファンとのコミュニケーション方法にしろ、僕の思考回路がマスメディアのやり方を前提としたものに偏ってしまっていることに気づかされました。
  
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