新時代のエンタメ舞台裏~ヒットにつなげる旗手たち~ #20

広告売上高・出稿企業数ともに前年度比約2倍にーTVerが象徴するテレビ業界の新しい夜明け

前回の記事:
日本の音楽をグローバルに届けるカギは、コミュニティ形成とファンとの共創ー初開催の音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN」から得られるヒント
 日本の音楽・映画・ゲーム・漫画・アニメなどのエンタメコンテンツが、世界でも注目されることが多くなった昨今。本連載は、さまざまなエンタメ領域の舞台裏で、ヒットを生む旗手たちの思考を noteプロデューサー/ブロガーの徳力基彦氏が解き明かしていく。

 今回、徳力氏が対談したのは、株式会社TVer 常務取締役COOの蜷川新治郎氏(取材当時。2025年6月30日をもって退任)だ。若年層のテレビ離れ、広告主のインターネットシフト、全録機の登場・普及、Netflixなど外資動画配信サービスの日本上陸、違法配信サイトの乱立……テレビを取り巻く環境が厳しさを増す中、こうした複合的な課題を解決するために生まれた「TVer」。その立ち上げから関わり、国内デジタルメディア市場において存在感を強め続ける動画配信プラットフォームへと育て上げた立役者に、テレビの可能性を切り拓く挑戦の、これまでとこれからを聞いた。
 

新聞社で感じたインターネットとスマートデバイスの脅威


徳力 蜷川さんに初めてお会いしたのは、何かのイベントから帰るバスの中だったと思います。当時はテレビ東京コミュニケーションズにいらっしゃった蜷川さんが「テレ東は全国ネットじゃないんだから、番組をABEMAとかに流してしまえばいいと思っている」とおっしゃっていて、「テレビ局の人にこんなに俯瞰的に物事を見ている人がいるのか」と衝撃を受けたのを覚えています。だから、後にTVerに移られた時も、なるほどと納得しました。

※TVer:
在京民放5社(日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビ)を中心として立ち上がった、インターネット環境でテレビ番組を視聴できるプラットフォーム。見逃し番組や、過去の番組、リアルタイム配信などを広告つきで無料で視聴できる。

蜷川 僕はもともと、日本経済新聞社にいました。かつて新聞は、ほぼ100%の家庭で読まれていましたし、テレビも2008年頃は、まだ100%リーチの時代でした。しかしスマートデバイスが普及するに伴って、紙の新聞が読まれなくなっていった。テレビも同じ道を辿るのは間違いないだろうなと考えていました。
 
株式会社TVer 常務取締役COO(取材当時。2025年6月30日退任
蜷川 新治郎氏

1971年 東京都中野区生まれ
1994年 日本経済新聞社入社 インターネットサービスの開発を担当
2008年 グループ会社であるテレビ東京への長年にわたる異動希望かなわず「日経一回辞めて、テレ東へ転職」
 インターネットサービス全般の企画開発、システム構築を担当
2013年 グループ内インターネット事業を統括する「株式会社テレビ東京コミュニケーションズ」を立ち上げ
 他局などとの共同プロジェクトの立ち上げに参画(TVer、Paraviなど)
2019年 「株式会社TVer」立ち上げ企画書原案を提出
2020年7月 株式会社TVer立ち上げ、取締役就任 TVer事業の統括責任者
2023年6月 常務取締役COO
2025年7月 テレビ東京ホールディングス 執行役員

徳力 当時、そう思っている人はほとんどいなかったと思うんです。僕はソーシャルメディア側の人間ですし、佐々木俊尚さんが書かれた書籍『2011年 新聞・テレビ消滅』も見ていましたが、まさかマスメディアがこうなるとは思っていませんでした。「日本のテレビは世界的にも稀有な、100%リーチのメディアだ」と信じて疑わない一人でしたね。そもそも、視聴「人数」ではなく視聴「率」で評価するという尺度は、多くの人がテレビを観ていることを前提としたものですよね。

蜷川 確かに、他のマスメディアと比べれば、2010年代のテレビはまだまだ強かったと言えるかもしれませんね。

徳力 そういう環境下で、局の垣根を超えてコンテンツの配信プラットフォームをつくろうという動きが生まれて、きちんと実現したことは本当にすごいことだと思うんですよ。

蜷川 僕の記憶だと2014年頃、当時全盛だったハードディスクレコーダーに「CMスキップ機能」が搭載されました。それを受けて、当時TBSの会長だった井上弘さんが「CMをスキップされたら民放のビジネスモデルが崩壊する。配信にすれば、CMをきちんと見せることができるのでは」という趣旨のことをおっしゃって。テレビを取り巻く環境には色々な課題がありましたが、TVerが生まれるきっかけとしてはそれが特に大きかったと思います。

徳力 ハードディスクレコーダーがきっかけだったんですね。

蜷川 そうして動き出したものの、当初は「配信したら、既存の放送の視聴時間が奪われる(みんなリアルタイムで放送を視聴しなくなる)」「広告の価値が変わってしまう」など、反対意見が99%を占めていました。

絶対的な指標だったGRP(視聴率1%あたりの価格)が、IMP(インプレッション)やCVR(コンバージョンレート)というインターネット広告の指標に取って代わられること、アクチュアル(広告の分野で実際に発生した数値や結果を指す用語。テレビCMでは、特に買い付けた視聴率に対してどれだけの視聴率を獲得できたかを指す)のデータを測定できるようになることへの恐怖感もあったと思います。

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