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キンドリルはなぜ3年でブランドを確立し、コンサルティング事業を2桁成長させることができたのかーグローバルCMOに聞く

 2021年にIBMからスピンオフする形で設立された、世界最大級のITインフラサービスプロバイダー・キンドリル。設立から3年間で新しい企業ブランドを確立し、ITコンサルティング事業の2桁成長という顕著な成果を挙げている。

 テクノロジーが驚くべきスピードで進化する中、ビジネス環境も変化のスピードが加速し、複雑さを増す一方だ。この状況に対応する、あるいは先手を打つべく、大なり小なりBtoB企業はビジネスの変革を迫られている。

 キンドリルの設立当初から新しい企業ブランドを構築することを重要と捉え、それを核に事業成長を牽引してきたグローバルCMOのMaria Bartolome Winans(マリア・バルトロメ・ワイナンズ)氏の言葉から、ビジネスの変革に必要な仕組みづくりや意識改革について考える。
 

変革が必要なすべての企業は、人を中心に置き、パーパスから始めるべき


▶︎IBMからスピンアウトする形でキンドリルが設立され、3年が経ちました。これまでに、ブランドをどのように成長・変化させてきましたか? ブランド構築のプロセスについて改めてお聞かせください。

 IBMに29年間勤める中で、今回のキンドリルの設立という、一つの事業のスピンアウトに深く関わる機会はとても貴重な体験でした。初めから一定の規模がある状態でのスタートアップに参画し、ゼロからブランドやマーケティング組織をつくることができる。自分のキャリアの中で、こんな機会は二度とないだろうと思いました。
 
Maria Bartolome Winans(マリア・バルトロメ・ワイナンズ)氏
キンドリルホールディングス 
マーケティング最高責任者 

 設立から3年間のブランド構築の歩みの中で特に重要だったのが、「人を中心に置くこと」でした。IBMは「製品」を扱う会社ですが、そこからスピンアウトしたキンドリルは「サービス」を扱う会社です。サービスを扱う会社は人材こそがプロダクトですから、人を中心に置いて新たなブランドや組織をつくり上げる必要があると考えたのです。

 人を中心に置くことは、大きく2つの観点で整理することができます。1つ目は、いかに社員をモチベートするかという観点。設立当時グローバルの全社員に、この会社の一員になることにワクワクしてもらう必要がありました。2つ目は、いかにお客様に信頼していただくかという観点。長年にわたってIBMに基幹システムの構築・運用業務を託してくださっていた多くのお客様に対し、今後も信頼いただける存在であり続けることをお約束する必要がありました。

 設立当初から、私たちのブランドにはこうした思いを色濃く反映すべきだと考えていました。象徴的なのは社名で、ありきたりな名前や略語だらけの社名にはしたくありませんでした。人間味があり、現代的で、共創的なもの——会話やつながりを生み出すような社名を求めていました。

 具体的には、「人を中心に置くこと」や「お客様とのパートナーシップを築き上げていくこと」といった思いをしっかり表現できる言葉を模索しました。キンドリルの「キン(Kyn)」は、親戚関係や血族関係を表す「Kinship」に由来し、社員やお客様との間に築く強い絆を表しています。そして「ドリル(-dryl)」は、植物などのつるを意味する「tendril」 から派生した表現で、成長とつながりを表しています。 2つの言葉を組み合わせることで、私たちがお客様とパートナーシップを組み、互いに手を携えてともに進んでいく様子をイメージさせる社名となりました。

 また、企業文化のプラットフォーム「The Kyndryl Way(キンドリル・ウェイ)」の設計も、当初から重視していたことの一つです。
 

「The Kyndryl Way(キンドリルウェイ)」

「The Kyndryl Way(キンドリルウェイ)」の設計は、「振る舞い(行動指針)」の定義です。キンドリルの社員一人ひとりがお客様の前に出て行くときの振る舞いが、企業文化を形成していくことになるので、行動指針はとても重要でした。

 振る舞いは、3つのキーワードで説明することができます。一つは「Restless(進化する)」。先見性を持って、変革を起こすために常に進化する姿勢を指します。二つ目は「Empathetic(共感する)」。相手の言葉に耳を傾けて尊重・共感する姿勢を指します。三つ目は「Devoted(尽力する)」。お客様の成功のために誠心誠意貢献していく姿勢を指します。

 また、キンドリルがどのようにオペレーションをしていくかは、3つの「F」で整理できます。一つ目は「Flat(フラット)」、多様な人材が個性を発揮し責任と権限を持って行動する。二つ目は「Fast(ファスト)」、あらゆる局面ですばやくシンプルな方法を見出す。そして三つ目は「Focused(フォーカス)」、卓越したサービスを提供することを指します。



▶︎キンドリル・ウェイには、パーパスも明記されていますね。日本のBtoB企業の話を聞くと、パーパスがそれほど重視されていないケースが少なくありません。パーパスを重んじることが、ビジネスの助けになったシーンはありますか?

 パーパスがあることで、いかに全社員が一丸となって会社を変革していくのか、道筋が明確になります。私たちは元々、IBMという巨大なテクノロジー企業の中でビジネスを行っていましたが、徐々に成長が鈍化しつつありました。より幅広い市場でビジネスを展開する機会をつくるために、またより多様なエコシステムに加わって幅広いお客様にサポートを提供するために、つまり成長のためにスピンアウトしたという経緯があります。

 そんな状況からスタートしたがゆえに、パーパスをまず初めに存在させ、かつ中心に据えることが大切でした。パーパスは「Together, each of us advances the vital systems that power human progress. (チームの力で、社会成長の礎となるシステムを進化させる)」。ビジネスに必須のシステムを進化させていくことによって、人類の進化を促していく。全社員がそのような目的意識を持ち、一人ひとりが“ファウンダー(創設者)”として変革・成長に関与していくことが示されています。

 パーパスを社員一人ひとりに周知するための取り組みとして、社員がいるすべての国で、その国の社員の人数分の木を植えました。それぞれの国に根ざしながら(=each of us)、ともに(=Togeter )成長していくという意思を伝えるためです。
  

 BtoB/BtoCを問わず、事業を率いる立場にある皆さんにお勧めしたいのは、大きな変革を進める時や、何らかの「こうありたい・こうあるべき」という目標に向けて進んでいく時には、「社員や企業文化を変革する」視点を重視することです。「企業文化を変革することで、事業を変革していく」という考え方が大切です。そこを蔑ろにすると、変革のプロセスで苦しむことになります。適切に合意形成ができていれば、人は変革を後押ししてくれる心強い存在になり得ますが、そうでなければ向かい風になりかねません。

 私たちは、スピンアウト前から現在に至るまで、継続して「社員エンゲージメントアンケート」を実施しています。これは、社員が会社とどのように・どれくらいエンゲージされていると感じているかを測るアンケート調査です。キンドリル設立前に実施した際のスコアは非常に低く、社員自身が「会社のミッションの一部を担っている」と感じられていなかったといえます。現在は過去最高のスコアを記録しており、人を中心に置いた企業文化の構築が、良い方向に進んでいることの証左と言えるのではないかと自負しています。
 

キンドリルの目指すべき姿は、お客様の声から見えてきた


▶︎ブランド構築にあたり、「顧客の声を聞く」ことを徹底したと伺いました。どれだけの広さ・深さで顧客の声を聞いたのか、またそれによってどのように有用な発見があったのか、具体的にお聞かせください。

 ブランド構築において重要なことは何か。3年にわたる改革の過程で、大きく4つあると学びました。 一つ目は、人の話に深く耳を傾けること。二つ目は、やはり人を中心に置くこと。三つ目は、パーパスを“碇(いかり)”にすること。そして四つ目は、大胆であることを恐れず、コンフォートゾーンから出るのを厭わないことです。

 特に、人の話に深く耳を傾けることは、私たちが目指す姿を考える上で、非常に重要だったと感じます。

 キンドリル設立にあたり、お客様から要望いただいたことが大きく2つありました。一つ目は「スピンオフによってどんな組織形態になったとしても、これまで私たちが頼りにしてきたエキスパート人材に、これからも変わらず私たちをサポートしてほしい」ということ。二つ目は「これまでのビジネスのやり方はとても複雑だったので、これからはもっと簡単にしてほしい」ということでした。

 私たちが取り扱うのは、お客様の基幹系システムです。毎日そのシステムを使って業務を行うわけですから、お客様にとって何より重要なのは「きちんと運用保守を続けてもらう」ことです。私たちは、お客様のシステムの日々の運用を疎かにすることなく、変革を進めてきました。

 設立から4年目にして、非常に興味深い結果が出てきています。ブランドの健康度を多角的な指標で診断する「ブランドヘルスサーベイ」を継続的に行っており、その中に「どのようなキーワードと関連づけて、キンドリルを想起しますか?」という質問があります。そこで多く選ばれたキーワードが「Trust(信頼)」「Expertise(専門性)」「Reliability(信頼性)」「Innovation(イノベーション)」「Ease of Business(ビジネスのやりやすさ)」の5つだったのです。3年前のお客様からの要望に含まれていたキーワードが、現在のお客様から見たキンドリルの価値になっていることがわかりました。

 お客様の声だけでなく、社員の声にも多く耳を傾けています。キンドリル設立にあたって、お客様と同様に社員の声も聞いたところ、多くの社員が「これまでお客様のために行ってきた仕事に誇りを持っている」ことがわかりました。基幹システムの運用を通じて、毎日お客様の業務に携わっているわけですから、自分もそのビジネスの一員であると感じている社員が多かったのです。また、「お客様から価値があると感じていただけるような貢献に全力を尽くせるような環境に身を置きたい」といった声も印象的でした。

 社員のこうした思いに応え、意欲・能力を最大限に発揮できるような組織にしていかなければという決意がより強くなりました。
 


▶︎キンドリルとしての新たなブランドをどのように考え、創出していきましたか?特に、競合との差異(=キンドリルの独自性)をどのように設定し、どのように際立たせていったのかをお聞かせください。

 キンドリルのブランドをつくり上げることは、キャリアの中でも一度きりの機会でした。それは、大胆な発想、深い共感、そして人々への揺るぎないフォーカスを必要とするもの。最初から、これは単なる社名やロゴの話ではないと理解していました。世界的な分社化の重みを担い、社員を鼓舞し、私たちが新しい存在であることを世界に示すブランドを築くことだったのです。つまり、人を中心に据えた企業としての新たな姿を示すことでした。

 私たちは、どういう企業でありたいと考えているのか。このお話をする時には、常にミッションに立ち返ることになります。目指しているのは、「お客様から選ばれるパートナーであること」、そして「選ばれる雇用主になること」です。

 非常に複雑なIT環境の中で、あらゆる企業が、いかにビジネスの舵取りをするかに苦心しています。IT領域は日進月歩。AIをはじめとする新しいテクノロジーが次々と登場するなど劇的な進化を遂げています。

 AI活用、クラウド移行、セキュリティ、人材不足……各社が様々な課題に直面する中で、私たちは独自のポジションを確立し、選ばれるパートナーになれるのではないかと考えています。基幹システムの運用・保守をサポートするだけでなく、事業成長に向けてIT環境を再構築したり、最新テクノロジーを導入したりと、お客様のビジネス変革に一緒に取り組むことができると確信しています。

 なぜ、そう考えるのか。それは、私たちがお客様の事業固有の事情や、現在の業務環境、解決すべき課題について熟知しているからです。航空業界であれば安全な航空に欠かせないシステム、製造業であればサプライチェーンをマネジメントするシステムといったお客様の事業活動に必須のシステムを取り扱っているからこそ、複雑な環境下において、お客様とともにビジネスの舵取りをしていくことができます。

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