マクドナルド「ハッピーセット」にまつわる問題を、危機管理広報とブランド価値構築から考える
2025/09/16
かつて日本マクドナルドでマーケティングPR部長を務めていた経験から、この問題に直面した同社の対応を、広報・PRの視点から分析し、今後の展望について考察したい。
危機管理広報としての初動対応の評価
マクドナルドの「ハッピーセット」を巡る問題は、転売や食品ロスという社会課題と結びつき、大きな炎上案件となった。特にポケモンカードとのコラボレーション時には、本来のターゲットである子どもや家族が購入できない状況が生まれ、社会的な批判を浴びることとなった。
炎上直後の同社の初動対応を評価すると、適切だった点としては、SNSでの動向を注視し、早期に事態を把握していたと推測される点が挙げられる。また、問題の核心が「人気商品が手に入らないこと」という顧客の不満にあることを理解し、新商品での個数制限や対面販売限定といった具体的な対策を打ち出した点も高く評価できる。即座の謝罪や声明ではなく、具体的な行動を示すことで事態の沈静化を図ろうとする姿勢は、マクドナルドの危機対応の基本に沿ったものだったといえる。
一方で、不十分だった点もある。まず、対策発表までに時間を要し、その間にSNSでの批判が拡大してしまった可能性がある。転売問題は以前から少なからず発生していたにもかかわらず、抜本的な対策を講じず、事後対応に終始してしまった感は否めない。何より、5月末には全く同じ「ちいかわ」騒動を起こしたばかりだった。また、さらに重要な問題は、「なぜ問題が起こったのか」という根本的な原因分析や、顧客への丁寧な説明が欠けていた点である。
危機管理広報において最も重要なのは、問題の本質をよく理解し、ステークホルダーに対して誠実に説明することだ。この点で、マクドナルドの対応は根本的な要因の解決にまでは手が届かず、必要最小限に留まっていたと、あえて厳しく言わざるを得ない。
出典:123RF
他社との比較で見るマクドナルドの対応遅延の背景
ミスタードーナツなど他社が早期から転売対策を講じていた中、マクドナルドはなぜ明確な対応を行えなかったのか。この背景には、ビジネスモデルの構造的要因に加え、同社のコアバリューが大きく影響しているものと想像できる。
まず理解すべきは、マクドナルドのコアがファミリー向けのビジネスであり、子どもたちとの関係性を何より大切にすることで現在まで長く発展してきたブランドだということだ。ドナルドによるイベント出演や、ブランドアンバサダーとしての役割、店舗を活用した食育プログラム、ドナルド・マクドナルド・ハウス財団による長期療養中の子どもとその家族への支援。そして何よりも、「ハッピーセット」自体が、他社にはない独自性の高いファミリー重視の取り組みだ。こうした企業文化の根底には、基本的に性善説での対応がある。
人気商売として、子どもたちの「真似したい」「楽しみたい」という純粋な気持ちを尊重するお笑い芸人のように、マクドナルドの企業DNAにもまた、同様の寛容さが深く刻み込まれている。しかし、今回はその寛容さが、転売という思わぬ形で裏目に出てしまった側面があると言えるだろう。
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加えて、「ハッピーセット」のおもちゃの企画製造販売には相当なリードタイムを要するという実務的な制約がある。すでに公表している範囲での私の経験上の話をすると、特に映画公開にタイミングを合わせたキャラクタータイアップなどの場合は準備期間が非常に長く、一度決まったスケジュールを一方的に変更することは困難だ。こうした制約により、問題が表面化してから迅速に対応することが構造的に難しく、結果として対応が後手に回ることもある。
また、「ハッピーセット」のビジネスモデルは、おもちゃがフックとなり、客単価や来店頻度を向上させる構造になっている。おもちゃの希少性や話題性が重要視され、転売は「人気の証」として黙認されてきた側面があるのではないだろうか。ミスタードーナツの福袋など、販売方法が限定的で管理しやすい商品と異なり、「ハッピーセット」は全国の店舗で大量に販売されるため、一律の対応策を講じるのが困難だったという事情もあるだろう。
広報・PR戦略上の死角も指摘できる。これまでは「人気コラボ=成功」という方程式が成立していたため、転売をネガティブなリスクとして捉える意識が低かった可能性がある。「おもちゃはあくまでおまけ」という認識が社内にあり、その価値が過度に高騰することによるリスクを十分に予測し評価するまでは至らなかったのではないか。
しかし、デジタル時代においては、商品の価値や顧客の行動パターンは急速に変化している。企業は常に潜在的なリスクを評価(リスクアセスメント)し、新たな課題に対応していく必要がある。この点で、マクドナルドの対応は時代の大きな変化に十分には追いついていなかったと言える。