広報・PR

総裁選から高市政権初期までを広報・PR視点で振り返る 一貫性が築いた信頼と、新たに生まれた分断

 自民党は2025年10月4日、退陣表明した石破茂首相の後継を決める総裁選を行った。

 国会議員と党員・党友票の開票結果で、候補者5氏のうち高市早苗氏と小泉進次郎氏の2人が決選投票に進み、高市氏185票、小泉進次郎氏156票で、高市氏が新総裁に選ばれた。総裁に女性が就任するのは初で、首相指名で選ばれれば初の女性首相が誕生する。

 今回の総裁選の結果を分けたものとは? 高市氏が選出された決め手とは? 新総裁誕生早々、公明党の連立政権離脱で政局が揺れる中、これからの自民党に必要なコミュニケーションとは? 総裁選を広報・PRの視点で振り返る。
 

党内選挙の広報の逆説


 2025年の自民党総裁選は、国会議員票と党員票で決まる”閉じた選挙”のはずだったが、世論やメディアの「空気」が投票行動に大きく影響した結果、これまでにない形となったと私は理解している。

 党員票が世論と連動し、「外向けの顔づくり」が「内向けの票固め」を左右するという構図が如実に現れた。形式的にはあくまでも「党内限定」なのだが、実質は国民の目に晒され”イメージ戦”の様相を呈したのだ。

 総裁選の明暗を最終的に分けたのは、もちろん派閥の力学などの政治(政争)要因であるが、今回は広報・PR戦略に焦点を絞って、各候補の成否を検証したい。
 

規定演技と自由演技


 総裁選の広報戦略は、フィギュアスケートの「規定演技」と「自由演技」に例えることができると私は思っている。

 規定演技とは、政策説明、討論会対応、メディア露出、党員向け発信といった候補者に必須の「情報公開」のことだ。

 一方、自由演技とは、独自のストーリーテリングや差別化など「(パーソナル)ブランディング」だ。

 このうちの後者(自由演技)の「物語設計力」が、広報・PR面での優劣を決定づけた重要な要因だと考える。
 

各候補の広報戦略を振り返る


 ここでは、各候補の広報戦略を、高市早苗氏・小泉進次郎氏・林芳正氏の3氏に絞って振り返る。
   自民党 総裁選2025 公式サイトより

<高市早苗氏>
 高市早苗氏は自らの揺るがぬ信条を前面に出し、保守系女性リーダーとしての地位を早くから築いた。靖国神社参拝や安全保障分野への投資強化など、新聞やYouTubeなど複数メディアで力強く語り続けた。Xでは総裁選を通じた度重なるメディア登場をアピールし、具体的な政策論争よりも自身の信念や人物像を強調した"宣言型"が目立った印象だ。

 9月20日の党員集会では「信念を貫き、日本の伝統を守る」と訴えたが、穏健派からは「硬直的で柔軟性がない」との批判も出た。伝統を重んじる層に深い共感を呼んだ一方で、若年層や女性層との間に分断感を残すことにもなった。

<小泉進次郎氏>
 小泉進次郎氏は若手・刷新を前面に掲げ、SNSや各種メディアで積極的な発信を展開した。ネット番組では「SNSこそ政治の未来」と持論を明かし、XやInstagramでは若い世代向けに環境政策を伝えるなど、随所で「次世代の代表者」としてのイメージを築こうとした。

 しかし総裁選中に陣営が配信動画へ"好意的なやらせコメント"を依頼した事実が発覚し流れが大きく変わった。X上などでは「信頼を裏切った」との批判が殺到し、広報倫理への批判が拡大し、信頼失墜の事態となった。陣営の「若者支持を水増ししたかった」との弁明も、さらなる反発を招くに至った。

<林芳正氏>
 林芳正氏は豊富な政治経験と穏健スタンスを強調。地方演説で「安倍・菅政権の経済政策を継承し、物価高に屈しない賃上げを実現」と主張。「実質賃金1%上昇」を公約に掲げ、討論会の論述は評価された。

 9月24日の日本記者クラブ公開討論会で「実質賃金1%上昇にはGDP成長率2.5%と生産性向上が必要」とデータ中心に説明。しかし一部メディアが「論理は明快だが温度がない」と評し、党員からも「国民の生活実感に寄り添う言葉が足りない」と批判された。この共感不足が支持拡大の障壁となった可能性がある。
 

高市勝利の広報的要因


 高市氏の広報的な勝因は、10年以上かけて築いた「保守系女性政治家」ブランドの熟成にあったと私は考えている。

 信念の一貫性が、他候補の不誠実さへの反動として再評価された。党員票への訴求が結果的に党内を動かし、「ぶれない人物像」が信頼の象徴となった。小泉氏のステマ騒動が対比効果を生み、高市氏の「信念」を際立たせる結果となった。
 

当選後の発言が示すブランドと批判


 高市氏は就任会見で「ワークライフバランスという言葉を捨てる」と宣言し、職務への献身を強調した。この発言は「信念」「責任」のブランドを強化し、保守層からは「覚悟の表明」と評価された。

 一方で、若年層や女性層からは「働き方改革に逆行」「女性初の総裁なのにジェンダー平等を軽視」との批判が噴出した。女性初の総理として期待された高市氏には、多様な働き方を体現するロールモデルとしての期待が寄せられていた。「職務に全力」という発言は、従来型の「仕事最優先」という価値観を想起させ、こうした期待との落差が批判につながった。

 広報戦略の観点から、この発言が生んだ「両極化」に私は特に注目している。硬派な姿勢は強固な支持を生む一方で、異なる価値観を持つ層との分断も深める。

 高市氏に求められるのは、自身の一貫した姿勢を保ちつつ、「総裁個人の覚悟であり、国民に強制するものではない」と明確化することだ。女性の多様なキャリアを肯定するメッセージを補足することで、分断の緩和が可能になる。こうした発言への対応(配慮)が、今後の広報戦略の鍵となるだろう。

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録