国連難民高等弁務官事務所の広報日記 #04
ノーベル平和賞から見えてきた「携帯電話」と「難民」の切っても切れない関係【UNHCR 守屋由紀】
名古屋「大甚」で一杯、突然の電話
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の広報である私には、各国の同僚や、国内メディアの海外特派員からメールや電話で連絡がきます。海外とは時差があるわけで24時間、不眠不休で対応することを覚悟しています。とはいえ、私も生身の人間です。無理が利かない年にもなってきました。体力が減退した分、相手の気勢を上手に削ぐ技も身についてきた気もします。相撲でいえば40歳で現役の土俵に上がり続けている安美錦関のようなものです。
たまの息抜きは、おいしいものを食べ、おいしいお酒を飲むこと。
明治40年創業のこの店は過去に何度が訪れている大好きな店です。旬の食材を上手に料理したつまみが小皿に盛られ、冷蔵ケースに入れられた鮮魚を刺し身、煮魚、焼き魚で注文できます。お財布にやさしいお勘定も魅力です。
リラックスした気持ちで「さあ飲むぞ、食べるぞ!」と思った矢先、私の携帯電話が震え出しました。相手先をみると普段から、難民問題を掲載していたただいているメディアの方からです。
電話の内容は、日本時間のその夜、発表されたノーベル平和賞についての問い合わせでした。受賞者は、コンゴのデニ・ムクウェゲ氏とイラクのナディア・ムラド氏です。
ムクウェゲ氏の活動を紹介したドキュメンタリー映画『女を修理する男』を過去の難民映画祭で上映していたため、「ムクウェゲ」と検索すると「難民映画祭、UNHCR」と表示されたようです(UNHCR難民映画祭で上映する作品の上映イベントを学校や法人が主催者となって行うパートナーズを募集中)。それから8件連続で、同じような内容の問い合わせに対応することになりました。
「大甚」を楽しむはずが、飲んだ気にも食べた気にもならず、ホテルに戻ってからコンビニで買った焼酎のお湯割りで(笑)。とはいえ、お二人の受賞は、私にとって鳥肌が立つぐらいに感動した出来事でした。
私の息抜きなんて、とても小さなことです。この記念すべき受賞を、皆さんに伝えるお手伝いができたことを本当にうれしく思います。
ムクウェゲ氏はコンゴ人の医師です。これまで性暴力にあった同国の女性たちの治療にあたり、コンゴの悲惨な現状を世界に向けて発信しています。その活動が評価されての、ノーベル平和賞の受賞です。
かつてザイールと呼ばれたコンゴ民主共和国はアフリカのほぼ中央に位置し、9カ国と国境を接する自然が豊かな国です。携帯電話などの部品材料になるレアメタルなどの鉱物資源に恵まれています。一方で、「コンゴには平和以外のものは何でもある」と言われるように、隣国ルワンダでかつて大きな内戦があり、終結後に武装勢力がコンゴへ流入。さらにレアメタルを巡る利権争いなどで、紛争が絶えません。
そんな中、犠牲になっているのが一般市民。そして、主に女性たちです。勢力争いの道具として殺戮やレイプが横行。さらに、土着信仰にもとづく呪術の一環で、赤ん坊まで性交の対象になっています。ムクウェゲ氏は1990年代後半から、そんな女性たち5万人近くの治療に当たってきました。映画のタイトルになった「女を修理する」とは、女性たちの体や心のケアを意味します。