TOP PLAYER INTERVIEW #94

本物しか売らない。競争激化のプロテイン市場を勝ち抜くVALXの戦略

前回の記事:
Xの日本マーケティングヘッド竹下洋平氏が語る「Xの現在地」 AI・ユーザー・開発チーム・全員でつくる「Everything App」
 DtoCなどでプロテインを販売し、存在感を増しているVALX(バルクス)。市場参入は後発ながら、ファンを巻き込んだマーケティング施策を積極的に展開し、それが奏功してブランド立ち上げから4年間で74億円の売上を達成した。

 フィットネスブランド VALXは、XやYouTubeなどのメディアを巧みに使いながら、リアルイベントにも力を入れることでファンを獲得してきた。代表取締役の只石昌幸氏は新卒でキーエンスに入社してマーケティングの基礎を学び、その後、レバレッジを創業。今年4月に社名をVALXに変更した。競争が激化するプロテイン市場で、後発ながら着実に成長し、現在のポジションを築いてきた只石氏に話を聞いた。
 

マーケティングの一丁目一番地は「本当にいいものを作る」こと


ーー貴社のマーケティング戦略の中心となる考え方を教えてください。

 モノがあふれている今の時代、マーケティング戦略は重要です。世の中の通販事業者は、売上の25~35%を広告に費やす想定で、原価を計算しています。しかし、当社の場合は、お客様が本当に求めている質のいい商品を、原価率にとらわれすぎず開発して、広告費を売上の5%以内に収める戦略をとっています。そうすることで、他社が真似できない優れた商品を提供しています。

 今後は、質を追求できていない商品は世の中にますます受け入れられなくなっていくと思います。いくら広告で綺麗な言葉や絵を並べ立てても、ユーザーの口コミなどで本当のことはすぐに分かってしまいます。本当に質が良いものでないと、メッキがすぐに剥がれてかえって信頼を失って選ばれなくなるだけです。我々VALXは本当に良いものを提供することによって、お客様に「身体に良くて、効果が出るから続けられる」と感じて、購入してもらいたい。世の中の人が商品の「裏面」をしっかり見て理解した上で、物を買う世界にしていこうと考えています。
 
VALX株式会社
代表取締役
只石 昌幸氏

群馬県出身。群馬県立高崎高校より、法政大学経営学部へ。
株式会社キーエンスを経て、起業。2006年、株式会社レバレッジ(現・VALX株式会社)を創業。
WEBサイトの受託からスタートさせるも、Blogブームに乗って、こだわり社長のニックネームで独自のグルメブログを展開し、自身のアメブロがアクセス数において、アメブロ日本一に。
2016年からはフィットネス領域でのメディア運営を開始し、2019年にはフィットネスブランド『VALX』を立ち上げ、10ヶ月にて月商1億円を超えるブランドに育てる。
ブランド開始から約5年で、累計販売数は769万個、プロテインの累計販売食数は1億5千万食を突破。
35歳の時、趣味で始めた極真空手も優勝8回、世界シニア大会8位を受賞。

ーーとはいえ、多くの競合他社が乱立するプロテイン市場では「良いものをつくる」のと合わせて「認知拡大」も必須かと思います。VALXはどのように認知を広げ、ブランドを確立したのでしょうか?

 プロテイン市場には多くの競合がいて、我々が参入した7年前には既にレッドオーシャンでした。ブランドの立ち上げ時に、工場の人に「今からプロテイン市場に参入するのは遅い」と言われたほど、厳しい状況だったんです。

 そこで、勝つための方法としてたどり着いたのがYouTubeでのプロモーションでした。VALXのブランドを始めた2019年は、特にYouTubeが盛り上がっていたころでもありました。

 当時、YouTubeでプロモーションしているプロテインブランドはゼロ。レッドオーシャンの市場でも、「YouTube×プロテイン」という“ブルーオーシャンのマーケティング”をきちんと設計すれば、広告に頼らなくても勝てる自信がありました。

 当時のメイン事業であったパーソナルトレーナーのマッチングメディアで、ユーザーに「どのトレーナーが監修したプロテインなら買いたいですか」「トレーナーとして尊敬する人は誰ですか」といったアンケート調査を行いました。すると、90%以上がボディビルダーとして国内外の大会で数々の優勝経験がある筋トレ界レジェンドの「山本義徳氏」と回答したんです。

 そこで、山本先生に会いに行き、口説き落として「VALX 山本義徳 筋トレ大学」というYouTubeチャンネルを開設しました。これがVALXというブランドの始まりです。
 

 ただ、私は臆病者なので……当時でもすでに競合が多く、差別化しづらいプロテインという商材を、ブランドの一つ目のプロダクトにするのは怖かったんです。プロテインは、ブランドの力がついて、信頼・信用を得てからやろうと決めて、一つ目のプロダクトにEAAを選びました。そして、商品を世に出す前に、YouTubeチャンネルで、そもそもEAAという成分がどれだけ身体にいいものかを半年間かけて丁寧に説明しました。

 当時、EAAのサプリメントを販売していた企業は4社ありましたが、どれもプロモーションが足りていないと感じていました。商品はいいのに、売れていなかったんです。それらの他社の商品を山本先生が徹底的にレビューする動画を制作しました。自社商品のプロモーションではなく、あくまで他社商品の「感想」という形なので、表現の自由度も高いんですね。

 すると、店頭のEAAが売り切れるという現象が起きました。そのタイミングで、山本先生監修の「究極のEAA」を販売したんです。すると、いきなり注文が殺到し大ヒットとなりました。EAAの認知を上げて、世の中の在庫を一掃したところに、我々が魂を込めて作ったEAAを展開した。これは原価率も高く、本当に品質にこだわった商品です。初手で「VALXは本物しか作らないブランドだ」という信頼を築くことができました。

ーーYouTubeというプラットフォームでVALXブランドの信頼を確立したあとに、プロテイン市場にも参入したのですね。

 そうです。EAAの発売から1年ほど経った頃、山本先生監修の品質にこだわりぬいたプロテインを発売しました。タンパク質の含有量は96.4%。「あまりにもこだわりすぎて、味付けを忘れちゃいました」という風にプロモーションしました。

 これによって「一般の人にとってはまずいけれど、プロのマッチョのための商品」として印象付けることができたんです。筋トレ好きの人たちが、自身のマッチョ自慢にVALXのプロテインを思いっきり使ってくれたんですよね。コアなファンを中心に、売上が順調に伸びていきました。

 その半年後、もう少しライトな方でも飲みやすいフレーバーにこだわったプロテインを発売。こちらも、本物を追求するブランドとして味と飲みやすさにもこだわり、「美味しくて溶けやすい」を実現した商品です。すると、今度は「プロテインとは思えない。これはまるでジュースだ」というふうにSNSでバズって、また大きく売上が増加しました。

 我々は広告費をかけずにYouTubeで丁寧に説明し、商品の魅力をしっかりと広める。一度、購入いただければ効果や効能を感じてもらえるので、LTV(顧客生涯価値)が高い。VALXのマーケティングというと「SNSがうまいよね」とよく言われますが、根幹にあるのは「本当にいいものを作る」ということ。それがマーケティングの一丁目一番地だと考えています。

 広告費に多くを投資している商品は、原価を抑えなくてはいけないのでその分効果が出づらい。だからLTVが伸びず、新規顧客を獲得するためにまた広告で売る、という悪循環に陥ります。

ーーVALXは、XやInstagramなどのSNSを活用した「共創型コミュニケーション」も大事にしていると伺いました。

 今、XなどのSNSアカウントで情報発信する企業はますます増えていますが、我々が大事にしているのは顧客とのコミュニケーションです。

 例えば、VALXのポップアップストアを2日間限定でオープンしたとき、1600人以上のお客様が訪れ、多くの方がSNSに写真をアップしてくださいました。我々はその投稿の一つひとつに「いいね」を押したりコメントをしたりするんです。こうした双方向のコミュニケーションがVALXの強みです。ちなみに、SNSの「いいね」やコメントは創業時から私も含めた全てのアカウントでやっています。

 コミュニケーションが大事なのはSNSだけではないと思っています。なので、街中でVALXのTシャツやシェイカーを使っている人がいたら「ありがとうございます」と必ず声をかけ、VALXのステッカーを渡したりするんです。

 SNS上だけでなく、リアルイベントでのコミュニケーションも大事にしています。ポップアップストアのスタッフも、ただ「いらっしゃいませ」というだけでなく、「何か悩まれていることありますか?」と踏み込んでコミュニケーションを取るのがうまいんです。

 YouTubeの映像や文字だけでは伝わらない熱量や温度感を感じてもらう場として、体感型のイベントも重要だと考えて、定期的に開催しています。実際にお客様を商品開発会議に招待したり、ファン同士が集まれる交流会を開催したり、接点を大切にしながら熱狂を生み出す取り組みを続けています。
 
 

細かい数値よりも「日本一」を目指す


ーーどのようにしてこのマーケティングの発想にたどり着いたのですか?

 新卒で入社したキーエンスから学んだことが大きいですね。キーエンスは非常に高い営業目標を設定する会社として知られていますが、売上・利益ともに伸びているのは、お客様が求めているものだけを提供しているからです。

 さらに言うと、キーエンスの一番の差別化ポイントは「即納」なんですよ。注文が入ったその日のうちに工場まで届けることもあります。

 想像してください。工場長は工場のラインを常に正しく稼働させ、止めないための一切の責任を負っています。しかし部品が一つ壊れただけでそのラインが止まり、生産が一切できなくなります。そんな中、すぐに営業担当が部品を持って飛んできて、その場で直してくれるメーカーがあったら絶対に手放さないですよね。

 私はキーエンス時代、確かにたくさん営業もしましたが、「営業しなくても売れるものを作れば、営業すら必要ないんじゃないか」と実感したんです。ですので、VALXでは何があっても本物を提供することを、ブランドの根底に置いています。

ーー経営者としてマーケティングをどのように位置づけて、運営されていますか?

 私はひたすら「日本一になれ」としか言いません。社員から「こういうことをしたいです」と提案されたら、「それで一番になれるの?」と問います。一番を目指してさえいれば、いつか必ず一番になれるはず、という考え方です。

 マーケティングの組織体制としては事業部の中にマーケティングと広報があります。広報には月7本プレスリリースを出すという目標がありますが、それ以外の数値的なKPIは課していません。私はパソコンを持っていなくて、細かい数字は見ていません。目指すゴールを伝えて、あとは現場に任せています。

 私は、経営者にとって本質的に大事なのはビジョンマネジメントだと考えています。ここで言うビジョンとは「プロテインで世の中を幸せに」といった漠然としたものではありません。ビジネスは資本主義の競争です。「日本一」、つまり資本主義社会の競争において優勝を目指すという具体的な目標が、VALXのビジョンです。

ーー日本一というビジョンを達成するには、他社との差別化が必須だと思います。VALXが目指すブランドの世界観についてお聞かせください。

 プロテインは、商品自体はタンパク質の塊なので、なかなか差別化が難しい商品です。

 その中でVALXは創業当初から、ボディビルダーとして国内外の大会で数々の優勝経験がある筋トレ界レジェンドの山本義徳先生による監修、SNSを通じた丁寧な情報発信、そして何よりも「本物を追求する」という点に強みを見出し、これをブランドの世界観としています。

 ブランドの構築において参考にしたのは「レッドブル」です。群雄割拠のエナジードリンク市場で、なぜレッドブルが勝ち続けられるのか。それは、常にエクストリームスポーツに協賛し、「これを飲めば限界を突破できるかも」という世界観を確立したことが大きいと思います。

 私はVALXにもレッドブルのエクストリームスポーツのような世界観が必要だと思いました。VALXは創業当初から「本物を追求する」という点にこだわり、ブランドの世界観へと昇華してきました。たとえば、山本先生による監修や、SNSを通じた丁寧な情報発信などを大切にしてきました。

ーー最後に、VALXの今後の展望をお聞かせください。

 消費者が最も手軽にプロテインを購入できる場所はコンビニです。ですから、今後はコンビニで展開できるように、粉末タイプだけでなく、その場で飲めるドリンクタイプのプロテインの開発もしていけたらと思っています。

 さらに、プロテインドリンクとエナジードリンクを組み合わせたような、健康に配慮した新しいドリンクの市場にも挑戦したいと考えています。また、栄養補給のゼリー飲料も視野に入れています。

 一方で、ブランド全体で目指すのは「日本一になる」こと。それ以外にありません。夢に期限や数値目標を設けるべきだと言う人もいますが、私はそうは考えません。

 なぜなら、人は「一番になる」と決めさえすれば、そこに向かって進むと信じているからです。私は人の可能性を、本人以上に信じるのが得意なんです。細かい目標設定は現場に任せ、私は社員に「日本一になる」というメッセージだけを伝え続けています。

 プレゼンの内容も、週に1度の全社員に向けて送るメッセージも、「日本一」以外は言わないので、おそらく毎回同じ内容です。例えば、「自分の力を信じて、日本一を目指そう!」といった、社員を鼓舞するためのメッセージを伝えています。無意識レベルで全員がそれを理解してくれたら、自然と浸透し、共鳴してくれると信じています。

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