新時代のエンタメ舞台裏~ヒットにつなげる旗手たち~ #24

海外へ躍進するLDH。これまでの日本のアーティストにない、現地ファンを獲得した新たなアプローチとは

 

ローカルでの地道な活動が、大きな実を結んだ


徳力 まずはローカルに踏み込んで、現地で地盤を築いていったわけですよね。実際に取り組んでみて、予想外に難しかったこと、あるいは予想外にうまくいったことは何でしたか。
 
note株式会社
noteプロデューサー/ブロガー
徳力 基彦 氏
 
石井 LDHでは日本でも、新人アーティストは武者修行として全国のショッピングモールを回ってライブをしますが、それをタイでも行いました。毎週ローカルのいろんなイベントなどに精力的に出演しました。日本と比べると音響も含めて劣悪な環境が多かったので大変でしたね。行ってみたらただのバスターミナルで、ステージすらないということもあったりして。

徳力 しかも、買い物客がそこを平気で通過していくわけですよね。

石井 はい。あと、中学校や高校を回ってライブをやったりもしました。タイにラジャマンガラスタジアムという5万人超を収容できる場所があって、F.HEROさんのおかげでタイに渡って2ヵ月目にそこで開催されるフェスに出演させてもらったのですが、知名度がないので登場した瞬間に“トイレタイム”になって観客がいなくなるという経験もしました。

徳力 今となっては笑い話かもしれませんが、それはつらいですね。

石井 そんなこともありつつ、土日は毎週のようにいろいろなイベントに出演して、少しずつ応援してくれるファンを増やしていきました。

一方で、ラジャマンガラスタジアムのフェスもそうなのですが、F.HEROさんの口添えで大きなステージに出させてもらうときは、僕もF.HEROさんの横に付いて、F.HEROさんのところへあいさつに来るアーティストや企業の方を紹介してもらい、タイでの人脈を広げていきました。その中で出会ったのが、タイ最大のメディア・エンタテインメント企業「GMM GRAMMY」の大株主の方で、それが2024年のGMMとの合弁会社の設立につながりました。その方も「EXILE」や「HiGH&LOW」が大好きだったので、一気に距離が縮まりました。

徳力 面白い。あの世界観が東南アジアに刺さるんだなあ。でも本当に、人と人の出会いって大切ですね。

石井 はい。最初の1年は僕も毎月タイに通い、F.HEROさんにLDHの夢や想いを語りまくり、いろいろな人を紹介してもらいながら、アーティストの活動とは別のラインでマーケットづくりのために動いていましたね。

徳力 LDHがアジアに注力しているという記事を2023年頃に読んで、計画通りうまくいったという印象を受けていましたが、実際はいろいろなドラマがあって、“ドサ回り”をやりながら力をつけていったのですね。

石井 そうですね、タイは本当に暑いのですが、もうめちゃくちゃ汗をかきながらやっていました。転機の一つとなったのは、日本でいうフジロックのような位置づけのタイ最大の音楽フェス「BIG MOUNTAIN MUSIC FESTIVAL 12」に出演したときのこと。そこでBALLISTIK BOYZが現地アーティストとのコラボ曲を初めて披露したのですが、それがとても盛り上がり、タイのトレンド3位に入りました。その翌週にも、バンコクの街なかを封鎖して開催される大型フェス「Siam Music Fest」に出演して、今度はPSYCHIC FEVERが現地アーティストとのコラボ曲を初披露。それが、「THAILAND DIGITAL AWARD 2022」で「Asia Rising Star AWARD」を受賞することにもつながりました。タイの音楽業界から注目されるキッカケになりました。
  
Siam Music Festに出演したBALLISTIK BOYZ
  
Siam Music Festに出演したPSYCHIC FEVER

徳力 それは狙い通りうまくいったという感じですね。

石井 もちろん狙いましたが、現地のヒットチャートへの上位ランクインは予想以上でした。BALLISTIK BOYZは4位、PSYCHIC FEVERは7位に入ったんです。それによって、タイの音楽業界で認められた感じがしましたね。

楽曲は、F.HEROさんのネットワークで、タイのヒットメーカーの方たちに制作してもらいました。新人なのにきちんとアーティスト扱いしてくれて、歌詞やビートをつくるところから一緒に進めることができたんです。

徳力 日本のアーティストの海外進出というと、すでにヒットした曲を持って行くというイメージがありましたが、アプローチが全然違いますね。

石井 アニソンなどでグローバルヒットが出たらそれも可能だと思うんですけどね。ただ、それだと一時お金を稼げるだけで、定着はしないという話も聞きます。

徳力 地元に入ってやっていく。それが本質ですよね。Netflixも「ローカルファースト」だと言っていますし。

石井 特に音楽は嗜好性が国によって大きく異なりますからね。今では、PSYCHIC FEVERは、タイのフェスはほとんど出られるというレベルになりました。それに加えて、インドネシアやベトナムにもチャレンジしているところです。ただ、こうした6ヶ月も現地に住んで活動するというアプローチは、PSYCHIC FEVERのようにデビューしたばかりで日本でのスケジュールが入っていないグループだからできたことだと思いますね。

徳力 なるほど、確かにそうですね。
 

韓国アーティストが世界で躍進した理由


徳力 世界で躍進するK-POPに対して、J-POPに不足していたものは何だったと思われますか。

石井 韓国は今の日本以上に国内マーケットが縮小していたので、海外マーケットを狙わなければやっていけないという事情がありました。だから、最初から世界を目指してやっていたということが大きな理由ですね。一方で、日本は国内マーケットが大きく、世界第2位の音楽マーケットなので、海外に出ていく必要がなかったというか、日本で成功することに集中した方がよかったんだと思います。

徳力 日本国内でドームを埋めれば、お金を稼げますからね。

石井 そうなんですよ。CDも売れていましたし。日本はそれほどのマーケットサイズがあったので成立していましたが、これからはそうではなくなっていきますから。

それと韓国は、海外に進出した韓国企業が、広告に韓国のアーティストや俳優をどんどん起用するんです。そうした人たちを起用したドラマもガンガン流すので、それらを通して現地に浸透していくということもあると思います。

徳力 なるほど。それが「国策」と言われるゆえんですね。

石井 これは、ベトナムの広告代理店で言われたことですが、韓国の企業のCMには、ベトナムでも認知度の高い俳優やアーティストを起用できるけど、日本企業のCMにはドラえもんか、ベトナムのサッカー選手ぐらいしか使えないと。グローバルヒットがないアーティストの場合は、コツコツとローカルに入っていくことが必要だなと。

徳力 そうですね。そういう意味でも、現地のキーパーソンであるF.HEROさんとのブリッジが重要だったわけですね。

石井 タイに関しては、それが効果的でしたね。アーティストが現地のフェスやイベントに出る、それと同時並行で僕がローカルのネットワークをつくる。

徳力 各国ごとに、するべき地道な努力があるということですね。


※後編 「欧米でも熱狂を生んだLDH 世界への爆発的な広がりのカギになったのは“ファン” 」に続く
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