TOP PLAYER INTERVIEW #96

ジャングリア沖縄が証明する「テーマパークは多様なマーケティング人材が育つ場所」ジャパンエンターテイメント加藤CEO 1万字インタビュー

ジャングリア沖縄の価値を高める最大の変数は「人」


ー ジャングリア沖縄の価値は、文化・人・自然など複数の要素によって実現されていると思いますが、あえてひとつ挙げるとすると、どの要素をとりわけ強化していくべきとお考えですか。

 最も重要なのは、やはり「人」だと思います。開業当初は、システム面や天候、そして私たちのオペレーションの未熟さもあって、待ち時間が長くなるなど多くの課題があり、口コミでも厳しいご指摘をいただきました。それでも驚くほど多かったのが、パークの現場で働く「ナビゲーター」への賛辞です。

 社内調査でも、来場者の87%がナビゲーターを高く評価しており、満足度は非常に高い水準にあります。開業間もない時期にもかかわらず、これほど高い評価は、私自身これまでの集客施設ではあまり見たことがありません。つまり、ジャングリアの体験価値は人によってつくり出されているといって良いほど、ナビゲーターの存在は大きいのです。

 ジャングリア沖縄の体験は、体験の準備も体験そのものも所要時間が長く、都市型テーマパークと比べてナビゲーターが接する時間がとても長いのが特徴です。たとえばダイナソー サファリでは、十数分にわたってツアーが進み、途中でライドを降りてライブショーを楽しむ場面もあります。自然・テクノロジー・演出が交差する場面を人が導き、体験を成立させています。

 ジップラインなどのハーネス装着も、安全を担保しつつ、1グループ4分以内に行わないと回転効率が落ちてしまうため、ナビゲーターが手際よく案内しながらコミュニケーションを取る必要があります。この過程で生まれる会話や関係性が、体験そのものの質を左右するのです。

 だからこそ、ナビゲーターのトレーニングは、より効果の出やすいわかりやすいプログラムへと改善しています。また、型を押しつけるのではなく「とにかくお客さまに話しかけましょう」という一点を大切にしていて、一人ひとりの個性を活かすことを重視しています。現場では「こんな声掛けをしたらお客さまがすごく喜んでくださった」といった成功体験を共有し合い、引き出しを増やしていく文化が浸透しています。

 体験の質は、アトラクションのクオリティだけではなく、「人」との掛け算によって最大化されます。特に自然を相手にするパークでは、天候などの変数が多く、毎回同じ体験にはなりません。たとえば、雨の日のダイナソー サファリ体験なんてリアル感が強まって最高に面白いのですが、それを価値に変換できるかどうかは、人の介在にかかっています。飲食や物販も含め、そこにフォーカスすることが、ジャングリア沖縄の体験の価値をジャンプさせるために最も必要なことだと考えています。

— テクノロジーが進化しても、結局は“人”が鍵になるというお話、本当にその通りですね。天候などさまざまな変数がある中で、それらを最もポジティブに変換できるのは人の介在なのだと、改めて納得しました。

 どんな体験をどうつくるかは流派の違いであって、どれが正解というわけではありません。ただ、都市型テーマパークの場合は、ボタンひとつでショーが正確に始まり、決められた秒数でハイテクな演出が展開され、いつ訪れても同じ品質の体験を提供できます。そこには、時間帯や天候といった大きな変動要素がほとんどありません。

 一方で、ジャングリア沖縄は自然の中にあるので、本当にいろいろなことが起こります。だからこそ、旅先での「こんなことがあったね」という出来事や驚きが、強く思い出に残る可能性が高いのです。

 たとえば、沖縄特有のスコール。10分ほど激しく降ることもあり、お客さまがずぶ濡れになってしまうこともありますが、この体験がポジティブにもネガティブにも転ぶ分岐点が、まさに人の介在です。スコール自体は必ずしも“良いこと”ではありませんが、「あと5分で止みますよ。これが沖縄のスコールなんです。体験できてラッキーですよ!」とナビゲーターが声をかけるだけで、体験の意味がまったく変わる。5分後に本当に晴れていく様子を見ながら「自然のサイクルの中にいる」という実感すら味わえる。こうした“演出”は、人にしかできません。実際、口コミには「沖縄のスコールを体験できた!」と体験としてポジティブに受け止めてくださる声も見られます。

ー スコールのように、ジャングリアが直接提供しているわけではないもの・ことがジャングリアの価値に還元されるというか、「ジャングリアでこんなことができた」というポジティブな体験に変えられる可能性があるのですね。

 雨も、地域の価値のひとつです。ただ放置しているだけだと負の体験になりかねないものを、どう人が関わってプラスに転換するかが重要だと思っています。

 余談ですが、天候の読みをより精度高く行うために、気象情報を提供する企業と連携し、雨雲の動きや降雨時間を分析する取り組みも検討しています。それらをリアルタイムでお客さまに届け、「天候に合わせて楽しむ体験」につなげられないかなど、アイデアを考えています。

 

多様なマーケターが育つ場所としての、テーマパーク・エンターテインメント業界


ー ジャングリア沖縄の運営を通じて見えてきた、テーマパーク事業のビジネスとしてのポテンシャルについて教えてください。

 私たちのパークは120ヘクタールという広大な敷地を持っていますが、現在使用しているのはそのうち60ヘクタールにすぎず、拡張の余地がまだ大きく残されています。まずは「ジャングリア沖縄に行きたい」と思う人、いわゆる“顔数”=体験者の数を着実に拡大していく必要があります。その上で、将来的な事業拡張という観点では、「テーマパークに行きたい」という動機に留まらず、さまざまな目的で多くの方が訪れたくなるようにする、すなわち来訪目的を増やしていくことが重要だと捉えています。さらに、その取り組みを進めていく過程で、来園された方々が「もっと長く滞在したい」と思える仕組みを整えることで、滞在時間の伸長によるビジネス成長も見込めると思います。

 つまり、参加人数と滞在時間という2つの軸で事業を伸ばしていくことができます。実際に、「スパ」はすでにその試金石となっています。テーマパークを目的に来られる方、スパだけを利用される方、あるいは両方を楽しむ方もいる。その結果、テーマパーク利用者とスパ利用者の双方の目的来訪が積み上がり、総来場者数の増加につながっています。
   スパ ジャングリアの象徴、インフィニティ風呂


 今後、商業施設や宿泊施設が加われば、さらに長時間の滞在が可能になり、来園動機の多様化が進むでしょう。場合によっては、未開発エリアに、別コンセプトの体験型施設を、別ゲートで新たに展開することも考えられます。こうした多面的な拡張によって、パーク全体の価値と可能性は今後も広がっていくと考えています。私たちは“場”というプラットフォームを持っており、そこに多様な目的や滞在時間を掛け合わせることで、さまざまな事業を展開できる余地がある。そこに大きなビジネスチャンスを感じています。

ー 他に、テーマパーク事業が持っている可能性にはどのようなものがあるでしょうか。

 経済波及効果の高さ、人材育成力の高さ、そして雇用創出力の高さという3つの強みがあると考えています。私たちのパークも同様で、地域の事業者との取引を含め、多方面に経済効果が波及し、地域の活性化に寄与しています。また約1500人の従業員が働いており、その人たちが暮らす住環境や移動手段なども整備されることで、地域経済にさらなる広がりが生まれています。

 さらに、テーマパークには多様かつ定型化できない業務が数多く存在します。商品開発、運営オペレーション、マーケティング、バックヤード業務など、仕事の幅が非常に広いのです。私自身、前職からテーマパークに携わってきましたが、その中で強く感じてきたのは、スタッフが成長していくステップが描きやすいということです。たとえばホテル業では、管理職層が固定化されているとキャリア形成の選択肢が限られがちですが、テーマパークでは状況が異なります。

 テーマパークにはテクニカルサービス部のようなメンテナンス部門、物販商品の開発部門、飲食部門など、多様な職種がひとつの事業に集約されています。そのため、個々人が「どんなスキル・経験を磨くか」「どのようにキャリアを築くか」を選びやすい環境が整っており、結果として優れた人材が育ちやすい業態と言えるのではないかと思います。こうした人材育成の土壌を活かすことで、私たち自身のビジネスはもとより、地域や観光産業全体に貢献できる大きな可能性を持っていると考えています。

ー 沖縄に、より多彩な能力・経験を持った人材を増やしていける可能性があるということですね。

 そうですね。いわゆる高度観光人材を「観光領域のマーケター」と定義したとき、よく指摘される課題のひとつにキャリア形成の難しさがあります。給与を上げようとするとマネジメント職に就く必要があるものの、人を管理し導くのは、誰しもが得意なことではありません。そうなると「どれだけ努力してもこの先、給与は頭打ちなのか」という問題が生じます。私たちは、この固定観念を変えていきたいのです。

 高度観光人材をマーケターと定義するならば、その能力の評価基準は「消費者にとっての価値をどれだけ生み出せるか」であり、マネジメントであるかどうかは関係ないはずです。多くの人を束ねて価値を創出するタイプの働き方が評価されるのはもちろんですが、それだけではなく、自らアトラクション運営もでき、飲食もこなせて、物販にも携われる――というように、現場の前線で横方向に経験を広げ、ゲストへ提供できる価値の種類を増やしていく働き方も、正当に評価されるべきだと考えています。

 つまり、人材の成長を「縦(階層的な昇進)」だけでなく「横(職能の拡張)」でも評価し、その成果に応じて給与が適切に支払われる仕組みを整えることで、これまで縦方向にしか開かれていなかったキャリアが横にも広がっていく。すると、「管理職は少し苦手だけれど、横の経験を広げることで成長する」という選択肢が生まれ、そうして頑張るうちに「やはり管理職にも挑戦してみたい」と思う人も出てくる。そうした“斜め方向のキャリア”も自然と形づくられていきます。

 観光業で働きたい人にとって、キャリア形成が難しいとされがちな現状を、この新たな評価と報酬の仕組みによって変えていく。こうしたモデルを私たち自身で確立していくことが、業界の未来にとって大きな価値を持つと考えています。

ー 7月の開業から4ヵ月。これまでの取り組みを通じて得られた、他業界にも応用可能な学びがあればぜひお聞かせください。

 月並みかもしれませんが、開業以降これまで私たちが徹底してきたのは「愚直に改善を積み重ね続ける」という姿勢です。改善の取り組みをまとめた「PROGRESS REPORT」の発行など改善活動の見える化・共有を行ってきましたが、何より重要なのは、消費者の声をいかに早く汲み取り、それを迅速に議論し、現場へフィードバックするかーー いわば、PDCAを“超高速”で回し続けることに尽きると思っています。

 新しい事業であるがゆえに、ブランドが世に出た瞬間からお客さまの反応は非常に多様です。そのため、自分たちがターゲットとするお客さまが「本当に望んでいることは何か」を素早く見極め、それをサービスとして具現化していくことが不可欠です。それを実行するには、正確な情報源を持つことが前提になります。Google 口コミのように外から見えるデータもあれば、社内調査のような内部データもある。それらを定量的に把握したうえで、満足度に最も影響を及ぼす“キードライバー”を見極める分析が欠かせません。単にコメントの数が多い項目に対応しても、本質的な改善にはつながらないからです。

 まずは分析担当がデータを客観的に見て対応の優先順位を定め、そのうえでオペレーション担当が「誰が」「どのように」実行するのかを明確にします。夜のミーティングで議論して意思決定したことを、翌朝パーク開園1時間前に現場チームに共有する――この情報伝達→意思決定→実行のサイクルを愚直に回し続けることこそが、この半年で最も重要だったと感じています。

 PDCAを回すとは、単にサイクルを動かすことではなく、「改善を成果として定着させる」ことまで含んでいます。そのためには、それぞれの専門性を持ったメンバーが役割を果たし、“集団知で勝つ”ことが不可欠です。この集団知のサイクルをいかに高速で回すか――これこそが、顧客体験の改善や消費者満足度の向上において、他業界にも通じる最も重要な学びだと考えています。

ー お客さまが本当に求めていることは何かを素早く把握し、正しく分析し、改善のキードライバーを見極めて実行する。この営みは、まさにマーケティングの本質ですよね。そして、情報収集・分析・意思決定・実行のそれぞれの担当チームがありつつ、改善サイクルが円滑に回るよう旗振り役を担う――これもまたマーケターの重要な役割だと思います。

 そうですね。まさにマーケターとしての活動に、皆で取り組んだ4ヵ月だったと感じています。テーマパークやエンターテイメントの領域は、マーケターにとって学習サイクルを極めて早く回せる他にないフィールドです。施策に対するお客さまの反応を目の前で確認できますし、アナログ・ライブで運営している場であれば、その瞬間に改善ができることも少なくありません。

 さらに、クローズドな環境だからこそ、非常に精度の高いデータが取得できます。あと半年もすれば、顧客単価を正確に予測することも可能になります。客層――年間パス保有者、当日来場者、学生さんなど――の比率を見れば、客単価への影響も驚くほどクリアに見えてきます。だからこそ、次の展開も具体的に描けるわけです。「このデータを踏まえると、こういうパークをつくればこんな結果になる」というシミュレーションが可能です。

 新たなアトラクションの導入を含め、将来の投資や設計においては、データを基に徹底的にシミュレーションし、想定される課題を事前に洗い出し、オペレーションプランに落とし込んだうえでローンチする――これが私たちの基本方針になっています。

— テーマパーク業界は、マーケターが最も育つ環境と言えるのかもしれませんね。ジャングリア沖縄の、「テーマパークづくり」にとどまらない取り組みに、今後も注目していきたいと思います。ありがとうございました。
  
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