新時代のエンタメ舞台裏~ヒットにつなげる旗手たち~ #27

Netflix『イクサガミ』エグゼクティブプロデューサーが目指す「時代劇のアップデート」とは?「挑戦」がつないだ数奇な縁

前回の記事:
Netflixは日本の映像業界の何を変えたのか?『シティーハンター』 『地面師たち』『イクサガミ』のプロデューサーが語る「挑戦への覚悟」
 日本の音楽・映画・ゲーム・漫画・アニメなどのエンタメコンテンツが、世界でも注目されることが多くなった昨今。本連載は、さまざまなエンタメ領域の舞台裏で、ヒットを生む旗手たちの思考をnoteプロデューサー/ブロガーの徳力基彦氏が解き明かしていく。

 2025年に日本上陸10周年を迎えた世界最大級の動画配信サービスNetflixは、2024年前期には会員世帯数が国内で1000万を超えるなど日本の視聴習慣に浸透してきただけでなく、日本発のオリジナル作品の制作でも世界的ヒットを連発している。中でも2025年11月に配信された同社初の時代劇作品『イクサガミ』は、早くもシーズン2制作が発表されるなどして話題沸騰中だ。

 主演の岡田准一さんらとともに、同作のプロデューサーを務める髙橋信一氏が挑む「時代劇のアップデート」とは何なのか。新しい挑戦を志す者が集い、世界に届く作品を次々と生み出すNetflixの土壌を深掘るインタビュー対談の後編。
 

「二匹目のドジョウ」は狙わない


徳力 前半はNetflixの作品づくりに対するスタンスを中心にお聞きしました。後半ではドラマシリーズ『イクサガミ』について伺います。これまでリスクをとってさまざまなチャレンジをしてきた髙橋さんをして「時代劇のハードルは高い」と言わしめるのは、どういうことなんでしょう。日本のNetflixで初の本格時代劇となった『イクサガミ』にチャレンジした経緯を教えてください。

髙橋 時代劇のハードルは、まずシンプルに予算です。今はない時代を再現するのでセットひとつをとっても現代劇よりお金がかかります。「クリエイティブファースト」を追求する私たちからすると、そこが第一の関門になります。

また視聴者の観点からも、時代劇というジャンルに大きな予算を投下しても「観たい」と思ってくれる視聴者がどれほどいるのかを考える必要がある。この2つのハードルを感じていました。
 
Netflixコンテンツ部門 ディレクター
髙橋 信一 氏

2020年Netflix入社。東京オフィスを拠点に日本発の実写作品の制作及び編成を担当する。
主なプロデュース作品に、『シティーハンター』などのNetflix映画、『地面師たち』『極悪女王』、Netflix初の日米韓チーム共同プロデュースを行なった『ONE PIECE』などのドラマシリーズ、『トークサバイバー』シリーズなどがある。

徳力 2024年には米国発の『SHOGUN 将軍』が話題になりましたが、『イクサガミ』の企画はそれより早く始まっていて、過去のトラックレコードから見れば時代劇が世界的にヒットする兆候はなかったわけですね。それでも挑戦された理由は何ですか?

髙橋 2つの理由があります。ひとつは『今際の国のアリス』『イカゲーム』といったアジア発のデスゲーム作品が世界中で大ヒットしていく姿を見たことです。デスゲームというジャンルは日本映画ではそれほど珍しいものではありませんでしたが、ドラマシリーズでのデスゲームはあまりなかった。フォーマットをドラマシリーズに変えながらも、日本人にとって慣れ親しんだジャンルだからこそ、日本のクリエイターの優位性が発揮できると感じました。しかし、あれだけヒットした作品の後では、同じ土壌では勝負できません。

徳力 『イカゲーム』の後では、単なるマネになってしまうと。

髙橋 「二匹目のドジョウ」を狙った瞬間、視聴者の皆さんから見捨てられてしまうと思っています。

では、デスゲームのエッセンスを残しつつ、何を変えたら新しい作品になるか。考え続ける中で出会ったのが今村翔吾さん原作の小説『イクサガミ』でした。舞台は明治初期、西洋の文化が流入し、和洋入り混じる混沌とした社会。社会構造の原理が大きく変わり、武士の没落・失業、疫病の流行、貧富の差の拡大など、時代劇だけれど、現代に通ずるテーマ、社会性がいくつも描かれています。そこにアクション性を含めた豊かなエンターテインメント性があり、これはぜひ挑戦してみたいと思い、手を挙げました。
 

「主演・プロデュース・アクション」岡田准一さんと挑む新しい表現


徳力 岡田准一さんが主演とプロデュース、そしてアクションプランナーを兼務されることになったのは、どのような流れだったのでしょうか?

髙橋 まず「この作品でどういうことをやりたいか」と考えた時に、過去の先輩方が時代劇でどんな挑戦をされてきたかを、映画評論の本などから学びました。時代劇には様式美はあるけれど、一種のSFであり、もっと自由に挑戦していい。そのことに気づき、これまで時代劇でさまざまな挑戦をされてきた岡田准一さんにラブコールを送ったところ、岡田さんも同じことを、それこそ黒澤明監督の元で働いたこともあるベテランのスタッフさんや俳優さんから繰り返し言われてきたと言うのです。「自分たちが残してきた伝統・技術を継承しながら、新しい時代劇をつくってほしい」と。

徳力 時代劇というと伝統を守るほうに目がいきがちですが、内部からも新しい挑戦が求められていたんですね。

髙橋 僭越ながら、彼となら一緒に目標に向かって走れるかもしれないと思いました。「時代劇の継承とアップデート」というフレーズは彼から出た言葉です。この作品で何に挑戦したいかが、そこで明確になりました。今ではこの言葉は、『イクサガミ』の全スタッフが共有する標語になっています。

徳力 岡田さんには3つの役割を同時にオファーされたのですか。

髙橋 主演とアクションプランナーのオファーを先にしていました。じつは岡田さんは最初、「時代劇をアップデートする観点からすると、自分とは別のアクション監督を入れたほうがいいのでは」とおっしゃいました。岡田さんは極力CGを使わず、生身の肉体を使ったリアルなアクションを嗜好されるので、エンターテインメント性という点で視聴者を限定的にしてしまう恐れがある、ということをご自身で考えられたのです。「視聴者が求めるものは何か」「何をもって新しい作品をつくるか」をすごく客観視されていて、主演・アクションプランナーに加えてプロデューサーとしても関わっていただきたいと思いました。そのようにお話すると、じつは岡田さん自身もその気持ちがあり、快諾してくださったのです。

徳力 相思相愛もいいところですね(笑)。岡田さんはクオリティへの強いこだわりから、予算面などで「Netflixの髙橋さんに怒られた」と、半ばネタとしてインタビューなどで語っていますが、本当ですか。

髙橋 本当です(笑)。やはりビジネスである以上、決められた予算内でどうクリエイティブを最大化していくかは、時代劇自体がチャレンジングな中で、プロデューサーの最大の仕事ですから。もちろん、岡田さんはアクションや主演に関する領域をメインにプロデューサーとしてバランスをとってくださるんですが、俳優として「ここはこうしたい」というものが時々、出てきます。予算や安全上、議論や調整が必要なことはありました。

徳力 クリエイティブにトライすることはNetflixとしても奨励しているけれど、その深い懐を越えるくらいのアイデアを岡田さんが出してくる。そのせめぎ合いで作品がつくられるというのは、面白いですね。
ドラマシリーズ『イクサガミ』(画像提供:Netflix)

髙橋 象徴的なのは崖から落ちたり、「階段落ち」したりというシーンですね。ああいう場面は普通、ダイナミックに感情表現をして「見せ場」として使うんですが…。

徳力 単なる移動シーンとして使っていますから、びっくりしますね(笑)。

髙橋 最初、私は「崖をサラッと使うのはやめてほしい」と思ったんですが、「アクションを見せるためのアクション」か、それとも「キャラクターや物語を見せるためのアクション」かと問われると、私の考えは前者だったんです。岡田さんのクリエイティブのビジョンを聞いて、それが後者だと理解した時、「挑戦してみよう」ということになりました。アクションを単体で見せるのではなく、物語の中に入れ込むという彼の意識に、感銘を受けました。

徳力 「主演・プロデューサー」という形は、賀来賢人さん主演の『忍びの家』や、佐藤健さん主演の『グラスハート』でもありましたが、これからスタンダードになっていくのでしょうか。

髙橋 必ずしもそうではないと思います。私は俳優に限らず、スタッフも含めたさまざまな立場の人が「日本発でこんな作品ができたらいいな」と思えるような、新しい挑戦に踏み出せる環境が日本で生まれていくことを望んでいます。私たちが企画やプロデュースを奨励するというよりも、立場に関係なくクリエイター全体が自由に企画を立ち上げ、新しい表現を発信していける。「Netflixならそれができる」と思っていただけると嬉しいし、そうあり続けたいと思っています。

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