マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #10
私たちはどのような情報を「信用」するのか 心理学研究からの示唆
2026/03/12
マーケティングやビジネスの最新情報を得るには、実証された知見が多く詰まっている研究者の学術研究にも目を向けることが重要になる。早稲田大学ビジネススクールの客員教授である及川直彦氏による本連載では、マーケティングや営業、新規事業開発に携わるビジネスパーソンが直面する課題に対し、学術的な視点から解決策を提供していく。
今回のテーマは「私たちはどのような情報を『信用』するのか」。確かな根拠に裏打ちされ、知見と示唆に富んだ有益な情報であっても、受容されるかどうかは別問題。情報やコンテンツ・サービスを届けたい相手に届け、拡散してもらうには「情報処理」のメカニズムへの理解が欠かせない。今回は人間がどのようにして、どんな情報を信用するのか、心理学を中心とする先行研究を及川氏が独自の観点から整理・解説する。
今回のテーマは「私たちはどのような情報を『信用』するのか」。確かな根拠に裏打ちされ、知見と示唆に富んだ有益な情報であっても、受容されるかどうかは別問題。情報やコンテンツ・サービスを届けたい相手に届け、拡散してもらうには「情報処理」のメカニズムへの理解が欠かせない。今回は人間がどのようにして、どんな情報を信用するのか、心理学を中心とする先行研究を及川氏が独自の観点から整理・解説する。
良質なコンテンツが信用されるとは限らない
ビジネススクールの学生の中には、ブランド企業のマーケティング部門でコンテンツマーケティングを担当している人や、メディア企業で記事・番組制作に携わっている人がいます。
彼らと話していると、「世の中には根拠が怪しかったり、論理が飛躍したりしたコンテンツが、ろくに内容が吟味されないまま、もてはやされ、拡散される。その一方で、自分たちが丁寧につくったコンテンツは信用されず、ときには反発されたりする」という悩みを聞くことがあります。
その悔しさはよくわかります。つくり手のこだわりが、受け手の評価に正当に反映されないというギャップは、実はコンテンツに限らず、ブランド企業の製品やサービスにおいてもよく見る現実です。
そこで今回は、この状況を理解するヒントとして「人間はどんな情報を信用するか」について、先行研究をもとに整理します。このテーマは、1940年代から90年代にかけて、主として心理学の分野で数多く研究されてきました。
「内容を吟味」vs「見た目や肩書きで判断」
人間がどのようにして情報を処理し、「信用できるかどうか」を判断しているか。それについてはオハイオ州立大学特別教授のリチャード・E・ペティとシカゴ大学教授のジョン・T・カシオッポが「精緻化見込みモデル」において論じています(Petty & Cacioppo 1986)。この理論は、人間が情報を処理するルートには「中心ルート」と「周辺ルート」の2つがあると提唱しています。
人が情報を注意深く吟味し、論拠の質に基づいて信用するかどうかを決めるのは、そのテーマに対して強い「動機」と処理する「能力」がある場合に限られます。これを「中心ルート」と呼びます。自分に関連が深い重要な問題であれば、人は「論拠の質」を重視し、筋の通った強固な情報を信用します。
一方で、関心が低いテーマであったり、内容が複雑すぎたりする場合、人は思考の労力を節約するために「周辺ルート」を選択します。このとき、情報の正しさよりも「専門家が言っている」「魅力的な人物が推奨している」「論拠の数が多い」といった表面的な「周辺的手がかり」が信用の決め手となります。
私たちは、常に論理的に判断しているわけではなく、状況に応じて「内容」で信じるか、「見た目や肩書き」で信じるかを使い分けているのです。
「好きな人が言っている」「これまで聞いていたことと一致する」
情報への信用は、その情報が自分の中にある既存の「人間関係」や「評価」と矛盾しないか、という点にも大きく左右されます。
オーストリアから渡米しカンザス大学で長く教授を務めたフリッツ・ハイダーは、人間は自己・他者・情報の三者関係において心理的な矛盾がない「認知的均衡」を維持しようとすると論じました(Heider 1946) 。この理論によれば、私たちは「好きな人」が「支持している情報」を、自分の認知を安定させるために自然と「信用」してしまいます(心理的推移性)。逆に、嫌いな人物からの情報は、たとえ正しくとも「拒絶」しやすくなります。
この考え方をさらに発展させたのが、イリノイ大学教授で米国心理学会の会長を務めたチャールズ・E・オズグッドと、ウィスコンシン大学教授やペンシルバニア大学教授、カリフォルニア大学バークレー校名誉教授を歴任したパーシー・H・タンネンバウムが提唱した「一致性の原理」です(Osgood & Tannenbaum 1955) 。彼らは、人間は物事を「善か悪か」に二極化して捉える単純性を好み、既存の態度と矛盾しない方向へ評価を変化させると説きました。非常に強く信頼している情報源が、自分の嫌いな対象を褒めた場合、心の中に「不一致」によるストレスが生じます。このストレスを解消するために、私たちは「対象への評価を少し上げる」か「情報源への信用を少し下げる」ことで心の均衡を保とうとします。つまり、人間は「自分の世界観や人間関係を壊さない情報」を優先的に信用するのです。
「情報源の信頼度」とその忘却
「誰が言ったか」という「情報源の信頼度」が信用に与える影響については、イェール大学の教授で第二次世界大戦中に米陸軍の心理学研究部門でも活躍したカール・I・ホブランドと、ニューヨーク市立大学ハンター校の教授を務めたウォルター・ワイスが興味深い発見をしています(Hovland & Weiss 1951) 。
彼らの実験では、全く同じ情報であっても、信頼度の高い情報源から伝えられた場合の方が、直後の信用は圧倒的に高まることが示されました。また、自分自身の事前の意見と一致している情報ほど、より好意的に受け入れられます。これは、先述のPetty & Cacioppo (1986) やOsgood & Tannenbaum (1955)とも通じる発見となります。
しかし、この研究の興味深いところは、時間の経過による変化、すなわち「スリーパー効果(仮眠効果)」にあります。情報の提示直後は、怪しい人物からの情報は「信じられない」と拒絶されますが、このとき、事実としての記憶と受容(信用)は別々に機能しており、内容自体は学習されています。そして数週間が経過すると、人間は「誰が言ったか」という拒絶の手がかりを忘れ、記憶に残った「内容」だけが意見形成に影響を与え始めます。その結果、最初は信じていなかったはずの疑わしい情報が、後になって説得力を持ち始めるのです。ちなみにホブランドは米陸軍の心理学研究部門にいたときに、「プロパガンダ映画を見た直後よりも、しばらく経ってからの方が態度変容が大きくなる」という奇妙な現象に気づいたことをきっかけに、この研究を着想したそうです。
私たちは、長期的には情報の出所に対する警戒心を失い、内容そのものに飲み込まれてしまうという危うさを持っているようです。
「繰り返し聞いた」
情報の内容や出所以前に、単なる「接触回数」が信用を生むこともあります。トロント大学名誉教授のリン・ハッシャー、トロント大学教授のデイヴィッド・ゴールドスタイン、ビラノバ大学のトーマス・トッピーノが実証した「真実性の錯覚」は、たとえ根拠のない情報であっても、繰り返し見聞きすることで「それは真実である」という確信が深まっていく現象を説明しています(Hasher et al. 1977) 。
人間は、未知の情報に対してその真偽を判断する基準がないとき、情報に触れた「頻度」を確信の基準として用いてしまいます。実験では、嘘の情報であっても3回繰り返されるだけで、一度しか聞いていない真実の情報よりも「正しい」と評価される傾向が確認されました。これは、内容の真偽に関わらず、接触頻度が高まるだけで信頼度が高まるという、人間の知識蓄積プロセスの盲点を示しています。
「読みやすい」
スイス出身でオスロ大学教授のロルフ・レーバーと、ドイツ出身で南カリフォルニア大学教授のノルベルト・シュワルツは、人間が情報を「真実」だと判断する際に、情報の論理性や正当性だけでなく、単に「読みやすさ(知覚的流暢性)」が強力に影響することを実証しました(Reber & Schwarz 1999)。
Hasher et al. (1977) の、情報に触れた「頻度」の影響のメカニズムについては、繰り返し見聞きすることで「それは真実である」という確信が深まっていくという可能性と共に、「繰り返し考えることで納得した」という可能性も残っていました。
そこでレーバーとシュワルツは、情報を提示する回数を1回のみに絞り、背景色と文字色のコントラストを変えることで「純粋な読みやすさ」だけを操作する実験を行いました。その結果、「非常に読みやすい色」で提示された文章は、「読みにくい色」の場合よりも有意に「正しい」と判断される確率が高まったことを実証しました。
この現象の背景には、脳の認知的な癖があるようです。私たちは、スムーズに処理できる情報に触れると、その「処理のしやすさ」を無意識に「以前どこかで見たことがある(親しみがある)」と解釈します。そして、その親近感を「以前聞いたことがあるのだから、きっと正しい情報だろう」という信用にすり替えてしまうのです。
この研究は、情報の真偽を判断するプロセスにおいて、内容の客観性以上に、視覚的な提示方法という直感的な要因が意思決定を左右していることを明らかにしました。
「みんなが言っている」
情報源の数や情報のバリエーションも信用に影響します。大勢が言っているから同意する態度は「同調圧力に屈した」と批判的に捉えられることがありますが、ノースイースタン大学教授のスティーブン・G・ハーキンスと、「精緻化見込みモデル」の提唱者のリチャード・E・ペティは、複数の異なる情報源から、異なる論拠で伝えられたときに人間は最も注意を払い、情報を深く吟味すると論じました(Harkins & Petty 1981) 。
単一の情報源を繰り返すだけでは深い思考は促されませんが、「Aさんも、Bさんも、Cさんも独自の理由でこう言っている」という状況に直面すると、人間の脳は「身構え」、その情報を真剣に処理し始めます。
このとき、もしその情報の「主張の質」が極めて高ければ、多角的な検討を経て、非常に強い信用へとつながります。逆に、論理が破綻していれば、深く考えた分だけ「これは信用できない」という確信も強まります。つまり、人間は単なる「同調圧力」で動くのではなく、複数の独立した視点に晒されることで、情報の真の価値を見極めようとする知的な側面も持っているようです。




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