新時代のエンタメ舞台裏~ヒットにつなげる旗手たち~ #29
『チェンソーマン』で世界的ヒットのMAPPAがNetflixと組む理由 課題は「顧客視点」でのマーケティング
2026/04/24
「日本のアニメ業界は右肩上がり」というフィクション
徳力 その課題意識は、どういうところから生まれてきているのでしょうか。
坂本 大塚さんと私は年齢が近いのですが、この先の10~20年を考えたときに「本当に大丈夫なのか」という不安は強くあるように思います。まだ自分たちは現役で仕事をしている年齢です。だとすれば、今ここで、仕掛けられること・やれることをやっていかなければならないと思っています。
日本のアニメ業界は、勢いがあって、世界中にファンもいて、一見するととても潤っているように見えるかもしれません。でも、私は業界全体として見ると、いま非常に“足腰の弱い”産業になってしまっていると思っています。問題は、ストーリーテリングや企画選定のあり方、そしてスタッフィングやスタジオの労働環境にまで及んでいます。もちろん、MAPPAはその中で極めて優れた存在だと思いますが、それでもなお、アニメスタジオの成功というひとつのロールモデルをどう打ち立てていくかは、極めて重要な課題です。
おそらく、このままの流れでいけば、15年後・20年後には、AIの浸透も含めて、現在とはまったく違う景色になっているはずです。だからこそ、一人でも多くの方に届けられる作品をどうつくるのかという問題意識に、私は非常に強くシンパシーを感じました。
徳力 坂本さんに初めてお会いしたとき、日本の実写作品を本当に愛していて、だからこそ今の状況に強い危機感を持って、世界を相手取って戦えるように、一つひとつの作品に向き合っていらっしゃるのを感じました。そして実際に、実写の分野ではそのアプローチが成果につながり始めている。おそらくアニメに関しては、これまではそういうアプローチが比較的少なく、すでにある作品を流せば見られている、という構造が先行していた。そのことが、今回の取り組みにつながっているのだと思います。
日本のアニメ産業の売上グラフを見ると右肩上がりで、グローバルにも刺さっていて、これほど順調に見える産業は他にないようにも思えます。それなのに、なぜアニメの現場はどんどん疲弊していくのか。極端な言い方をすれば、お客さんを見ながらアニメをつくっているスタジオが減ってきてしまっているということなのでしょうか。
note noteプロデューサー/ブロガー
徳力 基彦 氏
NTTやアジャイルメディア・ネットワーク等を経て、現在はnoteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNS活用のサポートを行っている。個人でも、日経MJやYahooニュース!個人のコラム連載等、幅広い活動を行っており、著書に「普通の人のためのSNSの教科書」、「アルファブロガー」等がある。
徳力 基彦 氏
NTTやアジャイルメディア・ネットワーク等を経て、現在はnoteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNS活用のサポートを行っている。個人でも、日経MJやYahooニュース!個人のコラム連載等、幅広い活動を行っており、著書に「普通の人のためのSNSの教科書」、「アルファブロガー」等がある。
大塚 いや、もともと少なかったのではないか、という気がしています。日本のアニメというのは、巨大な才能を持った天才たちが切り開いてきた、いわばビッグバン的な成り立ちがある。一方で、長い間深夜アニメが主流という時代も経験してきました。そして今、その蓄積が日本国内だけでなく、世界中で再発見されている。そういう大きな流れの中に、今の状況があるのだと思います。
そうやって「面白い」と発見してもらっている流れに、供給側が急いで追いつかなければならない現象が起きていて、その速度感に疲弊してしまったり、ついていけなくなっていたりする面があるのだと思います。
では、どうすればいいのか。僕は、いちばん大事なのは速度感だと思っています。ここで時代の変化スピードに適応しなければ、あっという間に置いていかれてしまう。産業として確立されるべきタイミングを逃して、「あのとき一時的なブームがありましたね」で終わってしまう可能性すらある。
その速度感を、ある意味では無理をしてでも維持するために、強力なパートナーが必要になる。今回の提携には、そういう側面もあると思っています。
アニメ業界が健全に成長し、次世代にとって魅力的な産業になるために
徳力 別のインタビューで、大塚さんが複数作品を同時に制作することにこだわっている、というお話をされているのを拝見しました。MAPPAの立場であれば、収益性の高い作品に集中し、利益を最大化することもできるはずです。それでも並行してさまざまな挑戦を続けているのは、業界の変化を自ら実践していこうという意識もあるのでしょうか。
大塚 当時はおそらく、どうしても「受注」という感覚が強かったんです。出資できたとしても少額というケースが多かった。その中で会社の成長を止めずに経営を続けていくには、やはり一定の本数が必要でした。ただ、権利運用の領域が少しずつ広がっていき、出資規模を引き上げることでしっかり利益を確保する、というやり方が自社の中で見えてきたときに、それに見合った適正な生産本数というものも、当然見えてくるのだろうと思っています。
もちろん、今でも他社と比べれば制作本数は多いほうだと思います。ただ、「とにかくつくる」という一辺倒の考え方は、少しずつ変わってきています。ただつくるだけでは、売上の天井が見えてきてしまうので。
徳力 ネット上では「Netflixが権利をすべて持つから、アニメスタジオは儲からない」といった言説もあります。ただ、実際には、グッズ販売を含むIPビジネスについても、企画ごとに収益分配などを柔軟に議論しながら、スタジオ側もともに成長できる対等なパートナーシップを築いていく、ということなのでしょうか。
坂本 おっしゃる通りです。先ほどもお話ししたように、どの企画なのかによって事情はかなり変わりますので、具体的なスキームは個別に議論していくことになります。プレイヤーの多い映像業界において、お互いがどう共存共栄していくかは、大きなテーマのひとつですから。
大塚 NetflixとMAPPAが継続的に成長し、お客さんに楽しみを届け続けるには、どんな条件が望ましいのか。そういう視点で話をしていきたいと思っています。
つまり、「他よりNetflixと組んだほうが儲かる」という狭い話ではなく、共同で投資し、共同でビジネスをつくっていく、という感覚です。そして、僕らのようなアニメスタジオと組むことが、Netflixにとっても大きなメリットになるのだと証明する役割も、僕らにはあると思っています。
徳力 対等であるというそのスタンス、素晴らしいですね!
大塚 対等とは言いませんが(笑)、少なくとも、そういう関係性を意識すべきだと思っています。
徳力 僕自身、そうあってほしいと思っています。本来であれば、今、アニメーターという職業が子どもたちの憧れの職業トップ10に入っていないのはおかしいと思うんです。いまは『鬼滅の刃』が500億円規模、劇場版『チェンソーマン レゼ篇』が300億円規模という時代で、映画の主役が完全にアニメになっている。それなのに、子どもたちが憧れる対象が依然としてYouTuberだったりするのは、やはりどこか歪だと感じます。
おそらく、業界構造そのものが、いまのスピード感に合った形で変わり切れていないから、そこにギャップが生まれているのだと思います。大塚さんとしては、Netflixさんとパートナーとしてともに成長していく中で、どのような挑戦ができると面白いとお考えですか。
あえてNetflixのビジネス構造に引きつけて言えば、会員数が増え、サブスクリプション収入が主軸である以上、会員が増えない限り収益が伸びづらい、という側面もありますよね。だからこそ今、グッズや「Netflix House」(編集部注:Netflixの人気作品の世界観を体験できる常設型エンターテインメント施設。2025年にアメリカにオープンし、作品のストーリーにちなんだアトラクション、テーマに沿った食事、限定グッズ販売などを提供している)のようなリアル展開など、収益源の多角化も進めている。その点で、アニメとの相性はかなり良いのではないかと感じています。
大塚 もちろん、細かな話でいえば、Netflix Houseのような取り組みとの連携もイメージしています。これからさらに広がっていくであろうそうした領域に対して、スタジオとしてどう貢献できるのか。その経験は非常に大きな意味を持つと思います。
ただ、もっと大きな視点で考えると、やはり「日本のアニメというものを、産業としてどう強化していくのか」ということを、Netflixにも自分ごととして捉えていただく必要があると思っています。もちろん、それはNetflixにお願いしたり依存したりする、という意味ではありません。むしろ逆で、日本のアニメがNetflixを牽引する存在になるくらいでなければ、共通の課題意識にはならないと思うんです。
つまり、Netflixにとっても、小学生たちが「将来はアニメ業界で働きたい」と思うことが、結果として自分たちにとってもメリットになる、と思えるような実績や関係性を築かなければいけない。それは自分の使命でもあると思っていますし、坂本さんとだからこそ、そこまで踏み込んだ話ができる関係になれているのではないかと思います。
単に作品をつくることにとどまらず、アニメ業界が抱える構造的な課題、つまり一部の成功の陰で現場が疲弊し、次世代にとって魅力的な産業になり切れていない現状を変えていく。その長期的な目標を共有できていることが、今回の提携の大きな意味だと思います。
坂本 アニメ業界は、極めて上位の作品は潤っていると思うんです。特に、強いファンベースを持つマンガ原作のアニメは、恵まれていると言えます。一方で、残りの多くの作品は、非常に厳しい状況にある。だからこそ、この構造をどう考えるかが、未来に向けて極めて重要だと思っています。
その意味で、これまでお話ししてきた企画の選び方、ストーリーのあり方、キャラクター開発の進め方といった考え方が、全体として一致していなければ、今話しているような理想にはたどり着けません。そう考えると、大塚さんが「Netflixに依存するのではなく、アニメスタジオ側にも責任がある」と明確に語っていただいていることは、本当に心強く感じています。
だからこそ、どうすれば対等な形で組めるのかを、オープンに話し合えたことが非常に大きかった。僕自身、ちょうどいろいろと模索していた時期だったので、こういう話ができる相手はどこにいるのだろう、と考えていたんです。それは、以前に実写の領域でブレイクスルーを模索していたときと、かなり近い感覚でした。
徳力 僕の勝手な妄想ではありますが、ディズニーが築いてきたアニメーション産業に対するひとつの対抗軸として、Netflixと日本のアニメが組む、という未来像を以前から思い描いていました。大塚さんがおっしゃるように、Netflixとしては子ども向けも含めてアニメという領域をさらに強くしていきたい。その中で、日本のアニメがまさにエンジンになり得る。
二人三脚のパートナーとして、どうすればこの産業を、子どもたちにとっての“夢の職業”へと育てていけるのか。その未来が見えてくることを、とても楽しみにしています。業界全体が健全に発展するエコシステムを築いていくこと。その可能性が、今回の取り組みにはあるのだと思います。
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