マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #11

「愛着」を深めることは常に正しい戦略なのか?「リキッド化」する消費者のロイヤルティを問い直す

前回の記事:
私たちはどのような情報を「信用」するのか 心理学研究からの示唆
 マーケティングやビジネスの最新情報を得るには、実証された知見が多く詰まっている学術研究にも目を向けることが重要になる。早稲田大学ビジネススクールの客員教授である及川直彦氏による本連載では、マーケティングや営業、新規事業開発に携わるビジネスパーソンが直面する課題に対し、学術的な視点から解決策を提供していく。

 今回のテーマはマーケティングにおける超重要概念「ロイヤルティ」。「繰り返し買ってもらうこと」や「愛着」といった形に具現化されるロイヤルティこそが、ブランドの中長期的な成長に不可欠と考えられがちだが、消費の「リキッド(液状)化」が指摘される現在、その戦略は本当に有効なのか? 先行研究や最新の知見から紐解く。
 

「繰り返し買ってくれる顧客」は、本当にロイヤルか


「顧客との深い関係を築き、ブランドへの愛着を高めること」。それは、マーケティング戦略の究極の目標として、長年にわたって語られてきました。CRM(顧客関係管理)やロイヤルティプログラム、ブランド・コミュニティの醸成といった施策が重視されてきた背景には、「顧客が自社ブランドに強い好意を持ち、繰り返し購買してくれることが、持続的な競争優位の源泉になる」という考え方があります。

しかし、本当にそうなのでしょうか。

以前、早稲田大学ビジネススクールの授業で、受講生からこんな質問を受けました。
 
 
「先生、ブランドへの愛着を高めることが大事だとよく言われますが、そのKPIはどう設定すればよいのでしょうか」

 一見すると、実務的なKPI設計の相談のように聞こえます。しかし私が「その質問の背景に、もう少し具体的に困っていることがありますか」と聞き返したところ、返ってきたのは少し違う話でした。
 
 
「実は……うちの会社で、最近、『自社のブランドへの愛着を高める』という名目でいくつかの施策に取り組み始めているのですが、どこか自己満足になっていて、お客さんにちゃんと刺さっているのかどうかが、正直よくわからないんです」

 この疑問は、実は重要な論点を含んでいるのではないでしょうか。「愛着を高める施策」がどのような前提や目的に基づいて設計されているかが、そもそも考えられていなかったとしたらー。そういうときは、一度立ち止まって問い直した方が良いです。

 今回の記事は、この学生の疑問を出発点に、「顧客ロイヤルティ」とは何かをあらためて学術研究から捉え直し、消費行動の今日的な変化を踏まえたうえで、「愛着戦略は常に正しいのか」というテーマを考えてみます。
 

「ロイヤルティ」をあらためて問い直す


 マーケターが口にする「ロイヤルティ」という言葉は、しばしば「継続的に購買してくれる顧客」を指します。しかしこの定義は、実は二つの異なる次元を混同しています。

 ハーバード大学のジャクリーン・ディックとクシュ・バスは1994年に発表した研究で、顧客のロイヤルティを「相対的な好意度(relative attitude)」と「反復的な購買(repeat patronage)」という二次元で整理し直しました(Dick & Basu, 1994)。この軸によれば、ロイヤルティは次の四つのタイプに分類されます。
  • 真のロイヤルティ(Loyalty):好意度も高く、購買も多い
  • 潜在的なロイヤルティ(Latent Loyalty):好意度は高いが、購買は少ない
  • 見せかけのロイヤルティ(Spurious Loyalty):好意度は低いが、購買は多い
  • ロイヤルティなし(No Loyalty):好意度も低く、購買も少ない

資料: Dick & Basu (1994)

 マーケティング戦略上、もっとも問題含みなのが、三つ目の「見せかけのロイヤルティ」です。繰り返し購買をしているのにもかかわらず、そのブランドへの感情的な結びつきは乏しく、買い続けているのは習慣や利便性、あるいは「ほかに選択肢を探す手間が惜しい」からにすぎません。競合がより便利な選択肢を提供した瞬間、このセグメントは容易に離反します。
 

なぜ「見せかけのロイヤルティ」は生まれるのか


 なぜ消費者はブランドへの愛着がないまま、習慣的に同じものを買い続けるのでしょうか。

 じつはこの問いに対して、ディック&バス自身がすでに二つのメカニズムを提示していました。一つは「状況的要因(situational factors)」です。店頭での棚の位置・値引きセール・立地の利便性といった購買文脈の要因が、ブランドへの態度とは独立して反復購買を生み出すというものです。低関与カテゴリーでは、消費者はブランド間に大きな違いを感じないまま、「なんとなく見慣れたから」「いつもここに並んでいるから」という理由で同じブランドを選び続けます。

 もう一つは「社会的規範(social norms)」です。ディック&バスは、競合との差別化が乏しくても、担当者間の人間関係や取引慣行といった社会的なつながりがリピート発注を生み出す企業間取引の例を挙げています。消費財においても、「周囲が使っているから」「勧められたから」という規範的影響が、態度とは独立して購買行動を左右することがあります。

 これらの説明は、主として実店舗が中心だった市場環境において十分な説得力を持つものでした。しかし今日、デジタル技術の浸透によって、状況的要因も社会的規範も、その性格が大きく変容しています。「棚の位置」という物理的な文脈に代わって、SNSのアルゴリズムが選択肢を次々と「流してくる」。対面の人間関係による規範的影響に加えて、インフルエンサーやレコメンド機能が新たな社会的規範を形成する。この今日的な変化を体系的に捉える理論的枠組みとして注目したいのが、青山学院大学の久保田進彦先生の新書『リキッド消費とは何か』(2025年、新潮新書)が提示する「リキッド消費」の概念です。

 久保田先生によれば、現代の消費は「リキッド化(液状化)」しつつあります。その理論的基盤は、社会学者ジークムント・バウマンの「リキッド・モダニティ(液状近代)」にあります。バウマンは、かつて人々の生活を安定させていた堅固な社会制度——家族、地域コミュニティ、職業——が徐々に溶解し、個人化・流動化が進む現代社会を「液状近代」と呼びました。さらにハルトムート・ローザは、技術的加速・社会変化の加速・生活テンポの加速という三つの「社会加速」が、現代人の時間感覚と消費のあり方を根底から変えていると指摘します。ラジオが普及するのに38年かかったのに対して、インターネットが5000万接続に達したのはわずか4年。変化のスピードが消費の液状化を加速させています。

 こうした社会変容の中で生まれたリキッド消費は、以下の四つの特徴を持つといいます。

①短命性:その時々で欲しいものが移り変わります。SNSのフィードを眺めているだけで「欲しい」という気持ちが次々と更新されます。「流れてくると欲しくなる」のがリキッド消費者の購買心理です。

②アクセス・ベース:わざわざ所有しなくてもよい。レンタル・シェアリング・サブスクリプションで済みます。カーシェアリング、音楽ストリーミング、ファッションサブスクはその典型です。重要なのは、こうしたサービスが「購入の代わり」だけでなく、「身軽さと気楽さ」という、所有では得られない固有の価値を生み出している点です。

③脱物質:モノへのこだわりより経験を重視します。「モノは日常、経験は非日常」——これはリキッド消費傾向の強い若者たちの言葉ですが、経験は満足できなくなることがなく、代わりになるものがない「非代替性」を持つ点で、モノとは本質的に異なります。

④省力化:購買に手間や時間をかけたくない。知識が乏しいカテゴリーでは「人気・王道・定番を選ぶ」、自分がよく知るカテゴリーでは「いつも同じものを選ぶルールを作る」といった行動が見られます。省力化は「ロイヤルティ」に見えますが、そこに感情的な愛着はありません。

ただし、リキッド消費傾向は「人」を単位に考えない方が正確かもしれません。消費者Aさんが、あるカテゴリーでは徹底的な省力化型の購買をしながら、別のカテゴリーでは強いこだわりを持ってじっくり選ぶ、ということは十分ありえます。リキッド消費はその人の全般的な傾向というよりも、商品カテゴリーとの関わり方として捉えるべきでしょう。

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