マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #11
「愛着」を深めることは常に正しい戦略なのか?「リキッド化」する消費者のロイヤルティを問い直す
2026/05/26
「見せかけのロイヤルティ」と省力化の交差点
ここで気づくのは、ディック&バスの「見せかけのロイヤルティ」が起きやすい状況(好意度は低いが、購買は多い)と、久保田先生が描くリキッド消費のうち「省力化」型の消費者行動が、ほぼ完全に重なるということです。
リキッド消費傾向が強い消費者は、興味のないカテゴリーでは「一番安いものに瞬時に手が伸びる」か、「定番品を迷わず選ぶ」といった行動をとります。見た目には安定した反復購買が続いていますが、その心理的背景は「このブランドが好き」ではなく「選ぶ手間を省きたい」というものです。
加えて、久保田先生の調査から浮かび上がる重要な事実があります。リキッド消費傾向が強い若者たちは、「盤石の定番品」を持ちながらも、同時に「もっと良いものに出会いたい」という楽観的期待を常に持ち続けています。新しい選択肢が「流れてくる」環境では、この期待が購買変化のトリガーになりえます。つまり「見せかけのロイヤルティ」は、より良い代替品が「流れてきた」瞬間に崩れる、構造的な脆弱性を内包しているのです。
愛着戦略は万能ではない
この分析が示す示唆は、マーケターにとって悩ましいものです。
ブランドとのエンゲージメントを深め、感情的な結びつきを醸成しようとする「愛着戦略」は、ディック&バスの分類でいえば「潜在的なロイヤルティ」(好意度は高いが購買は少ない)のセグメントには有効です。ブランドへの共感はあるのに繰り返し購買に至っていないなら、購買の壁を下げる施策と組み合わせることで、「真のロイヤルティ」へと転換できる可能性があります。
しかし「見せかけのロイヤルティ」、すなわちリキッド消費者の省力化的反復購買に対して、深い愛着を築こうとするコミュニケーションは効果が薄いどころか、かえって逆効果になりかねません。シティ・ユニバーシティ・オブ・ロンドンのフルーラ・バルディと、ロイヤル・ホロウェイ・ユニバーシティ・オブ・ロンドンのジアナ・エックハルトは、リキッド消費の論文(2017)の中で、より踏み込んでこの点を論じています。リキッド消費の状況下では、消費者はブランドとの「コミットした関係」や「感情的愛着」を望まず、関係はより取引的・手段的になっていくといいます。そして彼女らが出した結論は辛辣です——「ソリッドな(強固な)ブランド関係は、リキッド消費においては重荷になりうる(Solid relationships can become a burden in liquid consumption.)」。
認知心理学の「解釈レベル理論(construal level theory)」は、ある対象・出来事・行為が、「いま・ここ・自分」からどれだけ離れて感じられるかに着目し、それを心理的距離と呼んでいます。心理的距離が近いほど、人は物事を具体的・実用的に捉え、遠いほど抽象的・価値的に捉えます。久保田先生が指摘するように、人がリキッド消費に向かう時は、この理論でいう「心理的距離が近い」状態にあり、実行しやすさ・わかりやすさを優先します。ブランドの世界観や長期的な価値観を語る抽象的なコミュニケーションは、彼らの認知処理スタイルと根本的に合いません。
彼らに対して有効なのは、愛着形成ではなく「選ばれ続けるための設計」です。SNSで「流れてくる」露出の維持、選択時の認知的摩擦の徹底的な低減、「違いが感じられる」明確な差別化——これらはロイヤルティより「省力化の選択」に寄り添う戦略です。
消費の液状化は続く
久保田先生は、リキッド消費が消滅してソリッド消費だけの世界に戻るとは考えにくいと述べています。リキッド・モダニティという社会的背景を持つ以上、この消費様式は構造的な現象です。
だとすれば、マーケターは問いを立て直す必要があります。「どうすれば顧客の愛着を深められるか」という問いの前に、「そもそも顧客は自社の製品・サービスに何を求め、何を求め得るのか」を問うことです。ディック&バスの枠組みは、ロイヤルティの外見に惑わされず、その質を見極めるための有効な視点を与えてくれます。
冒頭の学生の言葉——「ロイヤルティ施策が自己満足になっていないか」——は、ロイヤルティの質を問わないまま愛着戦略を推し進めることへの、なかなか鋭い問いかけだったと言えます。
参考文献
Dick, A. S. & Basu, K. (1994). Customer loyalty: Toward an integrated conceptual framework. Journal of the Academy of Marketing Science, 22(2), 99–113.(ロイヤルティの4類型)
Bardhi, F. & Eckhardt, G. M. (2017). Liquid consumption. Journal of Consumer Research, 44(3), 582–597.(リキッド消費の原論文。ブランド関係への含意を含む)
久保田進彦(2025)『リキッド消費とは何か』新潮新書.(リキッド消費の4特徴と日本の消費者への実証分析)
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