創造的思考の源泉とマーケティング #10

音楽業界のノウハウでアーティストをエンパワーしたい。エイベックス・クリエイター・エージェンシー代表・加藤信介氏の挑戦

前回の記事:
AI時代のビジネスパーソンは「知恵ブクロ記憶」を鍛えよう。脳科学者 毛内拡氏の提言
 リクルートでクリエイティブ・ディレクターとして広告を制作し、武蔵野美術大学では社会人の創造的思考育成プログラムの講師も務める萩原幸也氏が、創造的思考を駆使してビジネスシーンで活躍するプロフェッショナルと対談し、アイデアの源泉やマーケティングにつながる考え方を解き明かしていく「創造的思考の源泉とマーケティング」連載。

 第6回は、エイベックス・クリエイター・エージェンシー代表取締役として、アート事業「MEET YOUR ART」を率いる加藤信介氏が登場。数字やデータが重視されがちなマーケティングの世界に、あえてアートとクリエイティブの視点を持ち込もうと、「ド直球」のゲストとして迎えた。前編では、エイベックスに新卒入社し、音楽事業で経験を積んだ加藤氏がアート事業を立ち上げた経緯と「MEET YOUR ART」の活動について聞いた。
 

音楽とアートが地続きだった時代


萩原 この連載では、アートとデザイン、アートとサイエンスをテーマに、マーケターだけでなく、脳科学者やクリエイターの皆さんにもお話を聞いてきました。今回は、がっつりアートに関わっている加藤さんのお話を聞きたいということでお呼びしました。読者の中にはアートに詳しくない方も多いと思いますので、まずは自己紹介からお願いします。

加藤 大学卒業後、新卒でエイベックスに入って、音楽事業に長く携わりました。その後、創業社長(現・会長)の松浦勝人の社長室責任者をして、役員になった後、広報・人事領域などの管掌を経て事業開発を担当する中で、エンターテインメント業界の未来やこれから生まれる価値と、自分自身のモチベーションを重ね合わせて考えたときに、どうしても自分がつくりたかったのがアート事業でした。

2020年の12月に、アート事業「MEET YOUR ART」を立ち上げ、今はエイベックス・クリエイター・エージェンシーという子会社の代表取締役と、その中で手掛ける「MEET YOUR ART」の代表をしています。「MEET YOUR ART」は、共同代表の古後と私が中心となって運営しているアートプロジェクトで、YouTubeのアート専門番組を中心に、フェスティバルやアライアンスなどを複合的に展開し、新たな手法で、多くの人へアートに触れるきっかけや、特に若手のアーティストを知る機会を創出することを理念に活動しています。
 
加藤 信介氏
エイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社 代表取締役
MEET YOUR ART 代表

2004年エイベックス株式会社入社。
音楽事業に長く携わり2016年より社長室、2017年以降は執行役員としてコーポレート領域を担当。その後、新規事業開発および戦略投資領域を管掌。
2020年12月、アート事業「MEET YOUR ART」を立ち上げ、現在はエイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社代表取締役、およびMEET YOUR ART 代表として事業を推進している。

萩原 加藤さんがアートを好きになったきっかけはどんなことだったんでしょうか?

加藤 私が青春時代に享受したコンテンツは、J-HIP HOP、R&B、ストリート文化、裏原文化などでした。今よりも、音楽・ファッション・アートが分断されておらず、カルチャーとして地続きだった印象があります。カテゴライズしすぎない状態でコンテンツを浴びていたからこそ、自然とアートも好きになっていったんだと思います。

萩原 確かに、SNSのアルゴリズムで触れられる情報が偏りがちな今は、あの頃と比べて分断された感じがしますね。

加藤 そう思います。ただ、カルチャーの中のアートと、アートを掘り下げていく行為はまた別で、特に現代アートとどういうふうに接するべきかは長い間わかりませんでした。なので、深く関わるようになったタイミングは比較的遅めです。
 

音楽業界から見えた、アートを取り巻く環境の課題


萩原 アート事業「MEET YOUR ART」を立ち上げた経緯を聞かせてください。

加藤 大きく二つあります。一つ目は、私たちが音楽業界で培ったノウハウをベースに、アート領域のアーティストをエンパワーしていく事業ができたら価値があるんじゃないかと考えたことが挙げられます。

エイベックスで音楽プロジェクトやミュージシャンとチームを組む中で、現代アートのアーティストともご一緒する機会がありました。その中で、アート業界のことを知れば知るほど、音楽業界に比べていろいろなものが整っていないと気づいたんです。音楽であれば、原盤を作り、CDを制作して、ライブをして、グッズを売って、ファンクラブやイベントキャスティングをしていくなど、マネタイズのポイントが多様かつ豊富にあるんですよね。活動を伝えていくメディアも、たくさん整っている。

一方のアート領域では、マネタイズのポイントが非常に限定的で、活動を伝えていく場所も、新しい顧客(ファン)層と出会える場所も限られていて、本業だけで食べていける持続可能な状態ではないことが多いんです。

もう一つは、長年、音楽業界に触れ続ける中で持つようになった課題意識がありました。今のエンターテインメントが提供するのは、刺激や一時的な楽しさが多い。もちろんそれも必要ですが、もっと人の感性や美意識、価値観に訴えかけていくような文化を、社会に提示する必要があるのではないか、今後必要とされるんじゃないかと感じるようになったんです。

アート領域のアーティストをエンパワーしたいという気持ちと、感性や美意識に根付いた文化を社会に提供したいという思いがクロスして、「MEET YOUR ART」という事業になりました。

萩原 私は「MEET YOUR ART FESTIVAL」(編集部注:アートを軸に、音楽やファッション、ライフスタイルなどの隣接するカルチャーが集結し、領域を超えた交差を生み出すことを目指す横断型のアートフェスティバル)には、来場者として毎回行っていますが、アーティストをエンパワーしたいといったミッションがイベントにつながっているなといつも感じます。活動の進め方として、最初から今のような形を描いていたんですか?
 
萩原 幸也氏
リクルート マーケティング室 クリエイティブディレクター/部長

山梨県生まれ、武蔵野美術大学を卒業後、リクルート入社。リクルートグループのサービス、コーポレートのブランディング及び、マーケティングを担当。Xのフォロワー10万人。
公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 クリエイティブ委員
武蔵野美術大学 評議員
武蔵野美術大学 ソーシャルクリエイティブ研究所 客員研究員
武蔵野美術大学校友会 会長
県庁公認 山梨大使

加藤 メディアとフェスティバルの構想は最初からありました。特定の誰かのプロデュースやマネジメントをするより、まずは広く伝えていくためのプラットフォーム的な存在になりたいと当初から思っていたので、まずはメディアを立ち上げました。

エイベックスがアート事業をやると言うと、アーティストのマネジメントやギャラリーの運営といったことをイメージされるケースが多いですが、「アートや文化の価値を経済や社会に対して開いていきたい」、「アーティストのマネタイズ方法を増やしていきたい」という思いが事業の核になっているので、そのためのプラットフォームとしてメディアから着手したのです。
 

コロナ禍に生まれた「MEET YOUR ART」メディア戦略


萩原 フェスよりも先に、メディアに着手したのはなぜですか?

加藤 たまたま、その時がコロナ禍でした。2020年の12月は感染が拡大している時期だったので、さすがにリアルなイベントはできない。メディアとフェスを両方やりたいとなった時に、メディアから始めた一つの理由は外部環境もあったという感じです。

萩原 YouTubeのアート専門番組のMCは最初から森山未來さんだったんですか?

加藤 そうです。アートに愛があって、アーティストと共通言語で話せて、お茶の間まで影響力をお持ちの方と考えた時に、自身もアーティストとしてさまざまな表現活動に取り組む森山未來さんしかいないと思いました。森山さんに声をかけたのは、まだごく簡単な説明資料しかない頃でしたが、二つ返事でOKと言ってくれたんです。本当にうれしかったです。

萩原 それは素晴らしいですね。

加藤 番組は今でも森山さんと一緒にやっています。「MEET YOUR ART」のメディアでインタビューしたアーティストを、森山さんの個人プロジェクトでアサインしてくれることも多いんです。そうすると、森山さんもアーティストとしての活動の幅がどんどん広がっていく。森山さんとMEET YOUR ARTとの間で起こるシナジーがすごくいいなと思っていて。YouTubeの「MEET YOUR ART」のチャンネル登録者も9万人を超え、動画はチャンネル開設から900本超を公開しています。
 
アートと出会う、現代アート専門番組『MEET YOUR ART』

萩原 最近は、副次的な効果も出てきているようですね。

加藤 そうなんです。最近すごくうれしいのは、学校教育で「MEET YOUR ART」が使われたり、アーティストがアーティストを知るためのアーカイブとして見られたりするようになっていることです。沖縄や大阪で活動しているアーティストが東京のアーティストを知りたいと思っても知れなかったり、東京でもコミュニティが違うとつながれなかったりするものなんです。とてもうれしい副次的な効果です。

コロナが落ち着いてきた2022年にフェスティバルを立ち上げ、初年度は恵比寿ガーデンプレイス、2年目から天王洲に会場を移して、今年で5周年になります。メディアを運営して、展示にも足を運んでいるとたくさんのギャラリーやアーティストとの関係性ができていくので、それをベースにフェスの企画へとつなげていけました。導入のあり方としては正解だったと思っています。今年のMEET YOUR ART FESTIVALは10月9~12日に開催する予定です。

萩原 メディアとフェスティバル以外にも、「MEET YOUR ART」として取り組んでいることはありますか?

加藤 今はアライアンス、プロデュース、そしてアートスペースの企画運営など複合的な展開に力を入れています。アートスペースに関しては昼間のギャラリーは、働いている人だと忙しくてなかなか行けないとずっと思っていました。だから、夜の時間にお酒を飲みながらアートに触れてもらえる場所をつくりたかった。カフェにアートが飾ってあるのではなく、アートスペースとして成立している場所で、日常の動線上でアートに触れられる。今は拠点の西麻布に加えて、沖縄と新宿にもプロデュースという形で派生しています。

萩原 来場者が右肩上がりに増えているなどフェスティバルが評価されている理由については、どう見ていますか?

加藤 難しいですね。骨太なアートをきちんとプレゼンテーションしながら多様な人たちに見てもらえる場は、日本ではまだかなり限定的です。フェスティバルとして熱狂的で楽しいものに仕上げながら、参加してくれたアーティストへのリスペクトは忘れない。

単純に人が集まったというだけでなく、これまでアートに深い関心がなかった新しいお客さんとの出会いと、その後に続く関係性が生まれる構造を、皆さんが評価してくれているんだと思っています。



※後編「AI時代のビジネス考:アートと企業をつなぐハブになるプレイヤーが不可欠に エイベックス・クリエイター・エージェンシー代表・加藤信介氏に聞く」へ続く

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