創造的思考の源泉とマーケティング #11

AI時代のビジネス考:アートと企業をつなぐハブになるプレイヤーが不可欠に エイベックス・クリエイター・エージェンシー代表・加藤信介氏に聞く

前回の記事:
音楽業界のノウハウでアーティストをエンパワーしたい。エイベックス・クリエイター・エージェンシー代表・加藤信介氏の挑戦
 リクルートでクリエイティブ・ディレクターとして広告を制作し、武蔵野美術大学では社会人の創造的思考育成プログラムの講師も務める萩原幸也氏が、創造的思考を駆使してビジネスシーンで活躍するプロフェッショナルと対談し、アイデアの源泉やマーケティングにつながる考え方を解き明かしていく「創造的思考の源泉とマーケティング」連載。

 第6回は、エイベックス・クリエイター・エージェンシー代表取締役として、アート事業「MEET YOUR ART」を率いる加藤信介氏が登場。前編では加藤氏がアート事業を立ち上げた経緯などを聞いた。後編では「MEET YOUR ART」という、エイベックスグループにおいては異色の新規事業を5年以上継続してきた苦闘や自身の哲学、アートが企業や社会にもたらす価値、そしてマーケターへのメッセージを語り合った。
 

事業継続の哲学「未来を先に宣言し、実態を追いつかせる」


萩原 メディア事業が順調に成長していることや、フェスが高い評価を得ていることなど、話を聞いていると、順調に進んでいる感じがしますが、外から見ると閉鎖的にも見えるアート領域に新規で入っていくのは大変なイメージもあります。ここに至るまでに苦労したことはありますか?

加藤 アートの世界は閉鎖的だと言われることもありますが、私たちは音楽ビジネスの中で、アーティスト(ミュージシャン)や事務所と向き合い、価値を生み出していくために必要な所作が身体に染み付いています。だからこそ、他業界からアートに参入するよりは自然に入っていけた気がしています。アート領域のアーティストより、ミュージシャンの方がコミュニケーションが難しいケースもたくさんありますし。

どちらかというと大変なのは、新規事業として立ち上げた「MEET YOUR ART」を、目指すべき姿を実現できる事業として持続可能なものにしていくことでした。理想を掲げながら、事業として成立させ継続していかなければならない。そこに至るまでの社内外の調整や合意形成、仲間づくり。そのプロセスのほうが、私たちにとってはずっとハードです。
 
加藤 信介氏
エイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社 代表取締役
MEET YOUR ART 代表

2004年エイベックス株式会社入社。
音楽事業に長く携わり2016年より社長室、2017年以降は執行役員としてコーポレート領域を担当。その後、新規事業開発および戦略投資領域を管掌。
2020年12月、アート事業「MEET YOUR ART」を立ち上げ、現在はエイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社代表取締役、およびMEET YOUR ART 代表として事業を推進している。

萩原 その持続性はどうやって作っていったんですか?

加藤 新規事業を立ち上げるときは、0→1のフェーズは会社に支援制度があったりエンパワーしてくれますが、1になった瞬間に既存事業の相対性の中に入り、負けてしまうことが多いんです。その中でも私が「MEET YOUR ART」を続けられた理由は四つあると思っています。

一つ目は、立ち上げ当時、私自身が新規事業領域の責任者だったことです。ある程度自分の裁量で意思決定ができたので、スピード感を持って事業立ち上げと事業上の判断を行うことができました。

二つ目は、エイベックスの企業文化です。外から見ると音楽会社のイメージが強いですが、本質的には「人の才能を最大化すること」や「人をエンパワーすること」に長年取り組んできた会社です。だからこそ、アート業界に参入することへの疑問は他の会社に比べると少なかったと思います。

三つ目は、私たちがとにかく時間をかけてコミットし続けていることです。新規事業は仕組みだけでは続きません。最後は「どうしてもやりたい」と思う人間がどれだけ時間と熱量を注げるかだと思っています。

そして四つ目は、その結果、数字だけでは測れない定性的な成果が出せたことです。「これは続ける価値がある」と感じられるような成果を少しずつ積み重ねながら、仲間や応援してくれる人を増やしていきました。

結果として、その積み重ねが事業の持続性につながっているのだと思います。

萩原 定性的な成果というのはどういうものですか?

加藤 例えば2022年に初めてフェスティバルを開催した時に、「エイベックスがやっているあのアート事業、すごくない?」と社外の方から声をかけていただく機会が一気に増えたんです。自分たちで価値を語るだけではなくて、第三者から評価していただくことの力は大きいと感じました。

加えて、メディアもフェスティバルも、多くのアーティストや関係者から「今では必要不可欠な存在だ」とか、「もはやインフラのような役割を果たしている」と言っていただけるようになりました。

2025年に受賞したメセナアワードの「メセナ大賞」(主催:公益社団法人 企業メセナ協議会)や、「ART & BUSINESS AWARD 2025」(主催:経済産業省・Forbes JAPAN)のような評価も同じです。そうした第三者からの評価が積み重なることで、この活動の意義や必要性がより広く共有されるようになり、社内外での理解や共感も深まっていったと感じています。

萩原 “加藤さん流”の、事業を継続していく上での哲学はありますか?

加藤 あまり模範的な答えではないかもしれませんが、私はまず目指す未来を先に語ることが大事だと思っています。

もちろん、その時点ではまだ理想に実態が追いついていないこともあります。でも、「こういう世界をつくりたい」「こういう事業になる」と言うことで、周囲の空気が醸成され、仲間が集まり、その未来に向かって物事が動き始める。

その一方で、語った以上は必ず実態を追いつかせなければいけない。そのプレッシャーは正直かなりヒリヒリします。でも、ビジョンを掲げ続けながら、その姿に現実を追いつかせていく。その繰り返しが事業を前に進める原動力になると思っています。

そして何より、最後は事業推進者本人がどこまで腹を括れているかだと思います。私自身、この事業には自分のキャリアを懸けるつもりで向き合っています。仕組みや戦略ももちろん大事ですが、最終的には「どうしても実現したい」と思う人間の熱量が事業を動かすのだと思います。
 

アーティストや学芸員、キュレーターの力を社会に開く


萩原 私も武蔵野美術大学でビジネスパーソンに創造的思考を教えています。最近は「アート思考」が注目されるなど、アートから何かヒントを得たいというビジネスパーソンが増えているのを感じます。ただ、実際にアートをビジネスに生かせている企業やビジネスパーソンは多くないのが実情かと。加藤さんから見るとどう思いますか?
 
萩原 幸也氏
リクルート マーケティング室 クリエイティブディレクター/部長

山梨県生まれ、武蔵野美術大学を卒業後、リクルート入社。リクルートグループのサービス、コーポレートのブランディング及び、マーケティングを担当。Xのフォロワー10万人。
公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 クリエイティブ委員
武蔵野美術大学 評議員
武蔵野美術大学 ソーシャルクリエイティブ研究所 客員研究員
武蔵野美術大学校友会 会長
県庁公認 山梨大使

加藤 顧客がブランドや商品・サービスを選ぶときに重視する価値が、機能的価値から情緒的価値に移行する流れがあるのは確かです。だから、アートがビジネスに貢献できることは確かにあるはずです。企業は、自分たちの提供するブランドや商品・サービスの価値を再発見する必要に迫られています。

でも、企業の中にいる人たちはどうしても自分たちの強みがビジョンやステートメントでがっちり言語化されているので、その先入観で捉えてしまい、新しい価値を見出すことが得意でないケースが多い。これまでの延長線上で考えてしまいがちです。

商業的・目的的なことにとらわれずに興味を掘り下げているアーティストと協働することで、これまでにない視点を持てたり、新しい事業やイノベーションの種が見つかったりする可能性があると思っています。

萩原 アートを広く社会へ届ける役割を担っているキュレーターや学芸員の方々の価値についてはどう見ていますか?

加藤 最近、美術館の学芸員さんと仕事をすることがありますが、本当に優秀なんです。それが世の中にあまり知られていないのがもったいないと感じています。学芸員やキュレーターが持っている切り取る力、編集力はすごいです。

学芸員やキュレーターが持つ価値が社会や経済にどんどん染み出していくと、私たちの日常の体験がアップグレードされていく可能性があると思っています。
 

ビジネスはアートとどうつながるべきか


萩原 アートの敷居を下げることと、アートの本質を守ることのバランスについてはどう考えますか。

加藤 アートの敷居を下げることと、アートそのものを分かりやすく変えることは全く別の話だと思っています。

アートの敷居を下げようとするあまり、アーティストの表現やアウトプットそのものを変えてしまうべきではないと考えています。アーティストが何を表現するか、どう表現するかは尊重されるべきですし、そこに手を加えてしまうと本質的な価値まで損なわれてしまう可能性があります。

一方で、その作品や表現との出会い方は工夫できると思っています。例えば、メディアやフェスティバルを通じて興味を持つきっかけをつくったり、アートに触れる入口を増やしたりすることはできる。

僕たちがやりたいのは、アートを分かりやすく変えることではなく、アートとの接点を滑らかにすることです。より多くの人が自然にアートと出会い、興味を持てる環境をつくることが、敷居を下げるということだと思っています。

萩原 中身はハードコア、みたいな。

加藤 そうです。「MEET YOUR ART FESTIVAL」も、アートを軸にしたミックスカルチャーのフェスティバルとして楽しいものに仕上げながら、そこに参加してくれたアーティストへのリスペクトを何より強く持ち、新しいお客さんとの接点をつくる。この構造を、皆さんが評価してくれている気がしています。

萩原 ビジネスやマーケティングの中で「コラボレーション」という言葉が増えていますが、企業がアートやアーティストと関わる上で大事な姿勢とは何でしょうか。

加藤 アーティストやキュレーター、学芸員など、アート人材が持っている価値を社会や経済に開いていく上では、アーティストと企業がただつながるだけではなかなか上手くいきません。そこに介在して、適切な接続の仕方をコントロールする、私たちエイベックス・クリエイター・エージェンシーを含め、ハブになるプレイヤーが増えることが絶対に必要だと思っています。接し方を間違えると、お互いがハッピーにならないので。

萩原 アートとビジネスをつなぐ立場から見て、AIがますます浸透する社会の中で、マーケターやビジネスパーソンはどうあるべきだと思いますか?

加藤 「情緒的なもの」や「体験」がより価値を持つ時代になると思っています。リアルなもの、フィジカルなものは、AIに置き換えられるものではありません。私たちはそう信じてアートに向き合っていますし、マーケターを含むビジネスパーソンの皆さんにも、リアルなもの、フィジカルなものにより関心を持ち、重視していただきたいと思います。

「MEET YOUR ART」としては、アートを中心にしながら、文化を地域や社会・経済と接続していくハブになりたい。分かりやすい楽しさや刺激だけを追求しないものが、今後より価値を持つし、持ってほしいと思っています。資本主義の流れの中で価値が十分に認識されてこなかったそういうものを、もう少し世の中の真ん中に持っていきたい。そのためにアート事業を続けています。

萩原 強く共感しますね。民間企業がここまでアート領域に本気で取り組むのは画期的なことですし、「MEET YOUR ART」はそのムーブメントを確実に担っていると思います。今日は本当にありがとうございました。

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