日本の広告最新事例を世界の潮流から読み解く #69

なぜ猫のカットが何度も?イエローハットのテレビCM メッセージと直接関係ない要素の効果を考える

前回の記事:
ギャツビー「金のロールオン」テレビCM 商品特性をエンターテインメントへと昇華させて描く普遍的手法がみごと
 私は長年、多くの広告コミュニケーションの海外事例を紹介、その分析に努めているのですが、この連載では、いつもとはある意味では逆に、まず日本の話題作に目を向けて解説し、そのうえで、その意図や施策の在り方が、海外のどんな潮流と関連しているのかについて考えていこうと思います。今回は、その第69回です。
 

軽快な音楽に、猫のアップが何度も・・・イエローハットの謎CM


 その30秒のテレビCMは、白い猫のアップで始まります。直後、カーショップのタイヤコーナーにいる親子(高橋健さんと速瀬愛さん)が映し出され、店員からタイヤ交換の説明を受ける父のシーンには、「真剣」の文字が。するとまた唐突に、青空をバックにした白い猫のアップ。店員がボンネットを開けて点検しているシーンには、今度は「元気になる」の文字。女性店員と話す娘さんのシーンには「欲しい」の文字が現れます。そして、黄色い花が咲くカットに続いて、またまた白い猫。今度は少し眠そう。店頭で店員の話を聞く親子のシーンには、「湧き上がる、想い」の文字。最後に、白い猫は、黄色い帽子のマークを前足でクルクルと回してCMは終わります。

 終始流れているのは、軽快で良い感じの楽曲。歌詞は、♪いつだってクルマを愛している みんな素敵な出会いを願っている うれしい気分になれて イエローハットでよかった~♪というものです。
 
イエローハット 2025年テレビCM

 数々のフレーズから、ECサイトとは一線を画して、「車のある暮らし」に寄り添うカー用品店としての信頼感と親しみやすさを、エモーショナルに伝えようとしているのが分かります。

 それにしても、そこになぜ、白い猫のアップが何回も出てくるのでしょうか。調べてみると、イエローハットは、猫の交通事故防止や保護猫活動を支援する啓発キャンペーン「全国交通にゃん全運動」を、毎年の猫の日(2月22日)に実施しているということで、それに関連するであろうことは伺えます。

 しかし、このテレビCMでは「全国交通にゃん全運動」については一切触れられておらず、白い猫のカットは、単なる謎のカットとして存在しています。

 このテレビCMが、「ECサイトとは一線を画して、『車のある暮らし』に寄り添うカー用品店としての信頼感と親しみやすさを、エモーショナルに伝えよう」とするものであるとすると、白い猫のカットの挿入は、そこにひと役買っていると言えるでしょう。

 白い猫のカットなしで、カーショップでの親子と店員のやり取りだけだったとしたら、寄り添うとか信頼感とか親しみやすさみたいなものがエモーショナルに伝わってくる度合いは、グッと低くなると思われます。その意味で、この謎の白い猫のカットは、十分に機能していると考えることができるのです。


   
 

「ブランデッド・コンテンツ」と呼ばれた動画広告の往年の名作、SONY UK BRAVIA「Bouncy Balls」


 この「メッセージには直接関係のない謎のカット」について考えていたとき、筆者の脳裏に浮かんできたのは、映像詩のような動画広告の往年の名作と言われるSONY UKのカラーテレビ・BRAVIAの「Bouncy Balls」です。このテレビCM/Web動画は、カンヌライオンズ2006のフィルム部門ゴールド等を受賞しました。  

 この動画が伝えたいことは、「ブラビアが映し出す色は、他のカラーテレビにはないような美しさだ」ということです。そのメッセージは、150秒の最後の最後10秒ほどのところで、「Colour like no other(他のどこにもない色)」の文字と商品が映し出されるだけで、それまではひたすら、数十万個ものカラーボールがサンフランシスコの坂を下り落ちて行く様が、美しい一遍の映像詩のように映し出されます。  
 
 バックには、アコースティックギターのアルペジオで唄われる、これまた大変にエモーショナルな楽曲が終始流れています。当時、映像の圧倒的な美しさと、150秒のうちの140秒間に、商品や商品メッセージらしきものがまったく登場しないことに、多くの広告関係者は衝撃を受けました。
 
SONY UK BRAVIA「Bouncy Balls」

 もちろん、「Colour like no other(他のどこにもない色)」というコアのメッセージを、坂を下り落ちて行くカラーボールをひたすら美しく撮ることで表現しているのだと言えないことはないのですが、それにしても・・・と当時は思ったわけです。
 
 今回フォーカスしたいのは、その中でも、100秒過ぎに出てくるシーン。排水管からカエルが跳び出るシーンです。カラーテレビの「色の美しさ」を表現するのに、この、あまり美しいとは言えないシーンは必要なのでしょうか。

 もうひとつは、130秒あたりの、汚物で一杯のゴミ箱が倒れるシーンです。様々な食べ残しなども生々しく見えていて、明らかに汚いビジュアルです。これは、何のためにあるのだ?と、かなり訝ったものです。

 しかし、カエルのシーンも、ゴミ箱のシーンも、一回見ただけで、強く印象に残ります。あれらのシーンが入っていることによって、下り落ちて行くカラーボールの「色の美しさ」が、より際立っていると言えるかもしれません。

 少なくとも、ブランデッド・コンテンツとしての、映像詩としての魅力はかなり増しているように思えました。なお、ブランデッド・コンテンツとは、「ブランドによるブランドのためのコンテンツ」という意味で、従来のテレビCM等の枠に収まらないような広告表現に対して、当時盛んに使われていたキーワードです。



 広告コミュニケーションを考える時には、効率性を重視するのが当然です。しかし、一見、意味がないように見えたり、謎に思えたりする要素が、全体としてみれば、伝えたいメッセージをより効果的に届ける上で役に立っているケースは少なくないように思います。ご自身のブランドや商品・サービスの課題においても、そんな点を考慮に入れてみるのも、良いトライかもしれませんね。

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