マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #12

ポイントを渡すとファンはなぜ「冷める」のか? ブランド・コミュニティにおける金銭的報酬の逆説

前回の記事:
「愛着」を深めることは常に正しい戦略なのか?「リキッド化」する消費者のロイヤルティを問い直す
 マーケティングやビジネスの最新情報を得るには、実証された知見が多く詰まっている学術研究にも目を向けることが重要になる。早稲田大学ビジネススクールの客員教授である及川直彦氏による本連載では、マーケティングや営業、新規事業開発に携わるビジネスパーソンが直面する課題に対し、学術的な視点から解決策を提供していく。

 今回のテーマは「ブランド・コミュニティへの金銭的報酬」。投稿やレビュー、他メンバーへのサポートといった貢献にポイントやキャッシュバックを付与する施策は、コミュニティ活性化の定番手法として広く行われている。しかし、良かれと思って導入するこの金銭的報酬が、実はコミュニティを支える内発的な絆そのものを壊しかねないという知見が、社会学・心理学・行動経済学、そしてこれらを援用したマーケティング研究の各分野に蓄積されている。前編ではその理論的な背景を、後編では実務への示唆を及川氏独自の視点から整理する。
 

「ポイントを付けたい」――ゼミで意見が分かれた日


 先日、早稲田大学ビジネススクールのゼミで、ある学生がこんな話をしてくれました。「自分が携わる事業で実験的に立ち上げたブランド・コミュニティで、投稿やレビュー、質問への回答といった貢献に応じてポイントを付与し、貯まったポイントを商品購入やキャッシュバックに使えるようにする施策を導入したいと考えています」

「参加して盛り上げてくれている人には、ちゃんとお返しをしたい」というのが発想の出発点だったようで、本人は「貢献に応じて対価を払えば、メンバーはもっと積極的に動いてくれるはずだ」と話し、そのまま進めたい様子でした。

 ところが、話を聞いた他のメンバーからは、次々と異論が上がりました。

「熱心なファンほど、こういう施策に冷めてしまうのではないか」「貢献を金銭に置き換えた瞬間、コミュニティの空気が変わってしまうのではないか」――。提案した本人は「貢献してくれる人に報いるのは当然ではないか」と反論しましたが、その場では結論は出ませんでした。

 こうしたやり取りは、実は重要な論点につながっています。ブランド・コミュニティにおける金銭的報酬の効果については、社会学・心理学・行動経済学にまたがる形で、長年にわたり実証研究が蓄積されています。今回はこの学際的な知見を整理しながら、「なぜ、良かれと思った施策がコミュニティを壊しうるのか」を考えます。
 

ブランド・コミュニティの絆は、どこから生まれるのか


 出発点としてブランド・コミュニティにおける人間の行動を、社会学の古典に立ち返って考えてみます。

 社会学者マックス・ウェーバーは主著『経済と社会』の中で、人間の社会的行為を四つに分類しました(Weber, 1921/1978)。目的・手段を計算し尽くす「目的合理的行為」、結果にかかわらず信念そのものに基づく「価値合理的行為」、その場の感情に基づく「感情的行為」、そして慣習に従う「伝統的行為」です。

 ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で示した重要な洞察は、一見、最も「目的合理的」に見える近代資本主義の勃興でさえ、純粋な経済合理性から生まれたわけではないというものです(Weber, 1920/2005)。ピューリタンたちを突き動かしたのは「救済」という「価値合理的」な動機であり、目先の利益や快楽を求める伝統主義・感情的享楽はむしろ排除の対象でした。

 この視点をブランド・コミュニティに応用すると、メンバーの行動を「ポイントや割引による目的合理的な計算」だけで説明することの危うさが見えてきます。コミュニティへの参加は、ブランドへの共感や帰属意識、仲間内の伝統といった、経済合理性とは異なる論理によって駆動されている可能性が高いのです。
  

 この直感を理論として精緻化したのが、社会学者ピーター・ブラウの社会的交換理論です(Blau, 1964)。ブラウは人間の相互作用を「経済的交換」と「社会的交換」に区別しました。経済的交換は、対価が事前に明示された契約的な取引です。これに対して社会的交換は、返礼の内容や時期があらかじめ特定されず、信頼と義務感に基づいて自発的に行われる相互作用であり、純粋な経済的計算と純粋な愛情表現の中間に位置づけられます。コミュニティ・メンバーが情報を共有し、困っている仲間を助ける行動は、対価を期待した経済的交換ではなく、この社会的交換の論理によって成立していると考えられます。

 ブランド・コミュニティ研究の出発点となったのが、消費者行動研究者アルバート・ミュニッツとトーマス・オギンによる先駆的研究です(Muniz & O'Guinn, 2001)。Apple・Saab・Ford Broncoという実在する三つのブランドのコミュニティを調査し、その核心を抽出しました。「自分たちは同じ種類の人間だ」という感覚を他のメンバーと共有し、ブランドを持たない人々との間に心理的な境界線を引く「同族意識(consciousness of kind)」、ブランドの歴史を語り継いだり新メンバーに文化を伝えたりするといった繰り返される実践である「儀式と伝統(rituals and traditions)」、そして困っているメンバーを助けるといったコミュニティへの義務感である「道徳的責任感(moral responsibility)」の三つです。

 いずれも「消費」を超えた、メンバー同士の社会的な結びつきです。同論文は、コミュニティ内の情報共有が「商業的な利己心のなさ」に支えられているとも指摘しており、商業的な介入がこの基盤を揺るがしうることを示唆しています。

 この「社会的交換 対 経済的交換」という区別を実験的に検証したのが、心理学者マーガレット・クラークとジャドソン・ミルズです(Clark & Mills, 1979)。二人は、相手のニーズに応じて利益を与える「共同体的関係」と、受けた利益への返礼として利益を与える「交換関係」を区別し、実験を行いました。その結果、共同体的関係が望まれる状況では、援助を行った直後に相手から返礼を受けることが、かえって対人的魅力を低下させることが示されました。逆に交換関係が想定される状況では、同じ返礼が魅力を高めました。共同体的関係においては、「等価交換」の論理が持ち込まれること自体が関係を損なうのです。

 さらに、消費者研究者スーザン・フルニエは、ブランドと消費者の関係を対人関係の枠組みで捉え直し、時間をかけた聞き取り調査を通じて、消費者とブランドの間に「親友」「旧友」「恋人」など最大15種類の関係形態が存在することを見出しました(Fournier, 1998)。

 強いブランド関係は、消費者が「ブランドが自分の人生の文脈に能動的に参加している」と感じることで維持されます。企業が金銭的報酬を前面に出すことは、この関係の文脈を「情緒的パートナーシップ」から「経済的取引」へと転換させ、消費者が長年かけて築いてきた感情的なつながりを一方的に書き換えるリスクをはらんでいます。

 つまり、ブランド・コミュニティの土台は、対価を求めない自発的な関わりにあります。金銭的報酬を設計する際は、この土台をどう壊さずにいられるかが出発点になります。

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