マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #13

その報酬は薬か毒か? ブランド・コミュニティで金銭的インセンティブが効く条件

 

報酬は内発的動機の「代替」ではなく「承認」として設計する


 長橋氏が投げかけた「金銭的報酬は薬か毒か」という問いに立ち返るなら、答えは「用法次第」ということになりそうです。

これまでの議論を統合すると、金銭的報酬の効果は、少なくとも次の三つの条件によって左右されると考えられます。

 第一に報酬の導入タイミング――コミュニティ内の内発的規範が形成される前か後か。
 第二に対象会員の関与度――すでに社会的交換の論理で参加しているアクティブ会員か、まだ関与の浅いパッシブ会員か。
 第三に報酬の設計――行動を操作するために与えるか、貢献への承認として与えるか。

 前編冒頭の、「コミュニティへの貢献者に対してポイントを付与する施策」に対してゼミ生の意見が分かれた話に戻ります。

 この施策は「投稿という行動そのものへの直接的な対価」として設計されたものでした。それはデシのソマパズル実験でいう「課題に取り組んだことへの対価」(Deci, 1971※1)そのものであり、もっとも内発的動機を損ないやすい形です。とりわけ、すでに熱心に貢献しているコアメンバー――ミュニッツとオギンのいう「同族意識」を強く持つ層――にとっては、デシらによる大規模メタ分析(Deci et al., 1999※2)が示した通り、逆効果になる可能性が高いと考えられます。

(※1・2:いずれも前編2ページ目参照)

 長橋氏が教えてくれたガーネフェルドらの実験研究(Garnefeld et al., 2012)の知見を踏まえると、この施策が机上の空論に終わらず、実際に効果を持ちうるとすれば、それはコミュニティへの関与がまだ浅いパッシブ会員を対象に、短期的な活性化策として限定的に用いる場合に限られるでしょう。

 だからといって、金銭的報酬をすべて排除すべきだというわけではありません。実務的な含意として重要なのは、報酬を「購入量に応じた割引」のような行動への直接的対価としてではなく、「長期的な貢献や参加への感謝・承認」として設計することです。

 すなわち、報酬は内発的動機を「代替」するのではなく、「補完・承認」するものであるべきです。そして、報酬を用いる対象を選ぶのであれば、まだ内発的な絆が薄いパッシブ層への短期的な活性化にとどめ、コアメンバーに対しては規範的な訴えかけや、承認・感謝の表明を軸にすべきでしょう。

 コミュニティ・マーケティングの実践において、この原則を見誤ることは、短期的な参加者数の増加と引き換えに、長期的にはコミュニティ崩壊という取り返しのつかない結果をもたらしかねません。ポイントを配る前に、「投稿やレビュー、質問への回答をしてくれているメンバーは、どんな感情や意図をもってそうしてくれているのか」「他のメンバーはそれをどのように受け取っているのか」、そして「このコミュニティを本当に支えているのは何か」を、いま一度問い直す価値があるのではないでしょうか。

参考文献
Bem, D. J. (1972). Self-perception theory. In L. Berkowitz (Ed.), Advances in experimental social psychology (Vol. 6, pp. 1–62). Academic Press.(自己知覚理論の原典)
Deci, E. L. (1971). Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation. Journal of Personality and Social Psychology, 18(1), 105–115.(ソマパズル実験)
Deci, E. L., Koestner, R., & Ryan, R. M. (1999). A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation. Psychological Bulletin, 125(6), 627–668.(128研究のメタ分析)
Fehr, E., & Gächter, S. (2000). Cooperation and punishment in public goods experiments. American Economic Review, 90(4), 980–994.(感情に基づく罰の実験研究)
Garnefeld, I., Iseke, A., & Krebs, A. (2012). Explicit incentives in online communities: Boon or bane? International Journal of Electronic Commerce, 17(1), 11–38.(アクティブ/パッシブ会員への異なる効果)
Kozinets, R. V. (1999). E-tribalized marketing?: The strategic implications of virtual communities of consumption. European Management Journal, 17(3), 252–264.(ネットノグラフィーによるメンバー類型)
Kozinets, R. V. (2002). The field behind the screen: Using netnography for marketing research in online communities. Journal of Marketing Research, 39(1), 61–72.(商業的介入とコミュニティの真正性)
Muniz, A. M., Jr., & O'Guinn, T. C. (2001). Brand community. Journal of Consumer Research, 27(4), 412–432.(ブランド・コミュニティ研究の基礎文献)
Thompson, S. A., & Sinha, R. K. (2008). Brand communities and new product adoption: The influence and limits of oppositional loyalty. Journal of Marketing, 72(6), 65–80.(対抗的忠誠心とその限界条件)
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