マーケティングの未来を読み解く10の対話 #01

サステナビリティを「足かせ」ではなく「競争優位」にするには? ダノン・UCC・ヘラルボニーが語る事業成長との両立のリアル【新連載:マーケティングの未来を読み解く10の対話】

 企業やマーケティングを取り巻く環境が激変し、数年先の未来予測さえ困難な現在。それでも新しい価値創造を目指すマーケターは、過去を踏まえて現在を捉え、待ったなしで迫る種々の課題に向き合っていかなければならない。その絶え間ない試行錯誤の先にこそ、実りある未来への展望が開かれるのではないか。

「マーケティングアジェンダ」など時代の先端を捉えたカンファレンスで知と人の交流を促してきたナノベーションは、2026年に設立10年を迎えた。アジェンダノートも次のステージへ進むべく、特別企画「マーケティングの未来を読み解く10の対話」を始動。最前線のキーパーソンたちとともに、マーケターが向き合うべき課題と未来を紐解いていく。

 第1回のテーマは「サステナビリティ」。気候変動や人権問題など、事業成長の「足かせ」になりかねないと後回しにされがちな課題への対応と、マーケティングが目指す事業成長と価値創造は果たして両立するのか? この難題に対して先進的な取り組みを進めるダノンジャパン、UCCジャパン、ヘラルボニーの3社が集結し、パーパスを実践するノウハウや目標設定、「頑張るほど損」から抜け出すための方策など縦横無尽に語り尽くした座談会の模様を前後編にわたってお届けする。
 

パーパスと一体化したサステナビリティ


―― 本日はダノンジャパンの佐々木恭子さん、UCCジャパンの里見陵さん、ヘラルボニーの國分さとみさんにお集まりいただき、マーケティングの目的である「事業成長」と「サステナビリティ」は両立するのか、より端的に言えば「サステナビリティを売上や企業の成長につなげるにはどうしたらいいか」をテーマに議論していただきます。

まず、各企業の存在理由である「パーパス」を起点に、その背景とサステナビリティとの関係性をお話しください。まずダノンの佐々木さん、お願いします。



佐々木 ダノンは「世界中のより多くの人々に、食を通じて健康をお届けする」をミッションに、「One Planet. One Health」をビジョンに掲げ、この2つをパーパスと捉えています。私たちが「食を通じて健康を届ける」というミッションを実現するためには、前提として、地球環境が健康でなければならない、つまりサステナビリティが不可欠である、という考え方が根底にあります。

このままだと概念的なので、具体的に何をやるの?ということで、現在の社会や環境の状況を踏まえたサステナビリティロードマップ「ダノン インパクト ジャーニー」を掲げています。「健康」「環境」「従業員と地域社会」を3つの柱とする、2030年までに達成すべき計27個の数値目標です。このようにダノンではパーパスとサステナビリティを一体的なものと捉え、パーパス実現に向けてグローバル全体で取り組んでいます。
 
ダノンジャパン コーポレートアフェアーズ本部 シニア パブリックアフェアーズ&サスティナビリティ マネジャー
佐々木 恭子 氏

農学部で環境保全型農業を学んだ後、修士課程で環境学を専攻。修了後、環境関連のベンチャー企業にて大手企業向けにコンサルティング、省庁・自治体向けに環境関連調査などを担当。2007年よりブリヂストンで環境、CSR、サステナビリティに関する企画や社内外コミュニケーション業務に携わった後、2020年より豪モナシュ大学に留学。パーパスと企業のサステナビリティに関する研究で2023年に博士号(社会科学)を取得。2024年にダノンジャパンに入社し、渉外・サステナビリティを担当。2025年より法政大学大学院地域創造インスティテュート兼任講師(CSR論)。

―― ダノンは1972年に「企業成長と社会発展は両輪である(デュアル・プロジェクト)」と提唱して以来、サステナビリティを経営の核としています(※)。佐々木さんご自身も学生時代から環境学を学び、サステナビリティの専門家として企業で活躍しながら大学で教鞭もとられています。今日は事業視点に加え、専門家としての知見も踏まえながらお話をいただきます。

(※)参考記事:サステナビリティ専門家がダノンジャパンで推進する「事業存続」と「売上」の両立

ではUCCの里見さん、お願いします。

里見 まずUCCグループについて少しご紹介しますと、20数ヵ国で事業展開するコーヒー専業の非上場企業です。コーヒー農園の直営、研究開発、製造・販売、卸、コーヒーマシン事業、カフェ事業などを行い、海外比率が40数%と高くなっています。

私たちのパーパスは「より良い世界のために、コーヒーの力を解き放つ。」です。バリューは5つあり、「コーヒーの価値探求」「地域社会への貢献」「挑戦と前進」「協働の共創」「倫理観と責任」。このパーパス&バリューを経営方針と位置付け、経営の根幹に置いて事業に取り組んでいます。

ダノンに似ていますが、コーヒーも農作物なので、地球の恵みで事業が成り立っています。近年は地球温暖化による影響が顕著になっており、そのため、バリューの中では「地域社会への貢献」「倫理観と責任」が、サステナビリティへの取り組みとして経営方針に組み込まれています。

と言っても、じつはこのような経営方針ができたのは2020年のことです。それまでは正直、明示的にサステナビリティを重視していたとは言えず、担当部署ができたのもここ数年のことです。私は経営企画の責任者としてこれらのパーパス&バリューを取りまとめ、現在はサステナビリティ経営を統括する立場におります。

 
UCCジャパン 執行役員 サステナビリティ経営推進本部長
里見 陵 氏

1981年生まれ。大学卒業後アーサー・D・リトル、A.T.カーニーにて主に製造業の経営コンサルティングに従事。クライアントの外資系消費財メーカーにおける経営企画、国内営業責任者、アジア統括ブランドマネージャーを経て、BtoCサービススタートアップにて営業、マーケティング、事業開発の責任者を経験。2017年6月UCCホールディングス(現:UCC Capital 2024年に商号変更)に入社。同社執行役員CSOやUCC上島珈琲取締役副社長等を経て、2024年1月より現職。水素焙煎コーヒープロジェクトリーダー。

―― 里見さんは以前、アジェンダノートのインタビューでパーパス&バリュー策定の舞台裏を語ってくださいました(※)。今回はサステナビリティにフォーカスし、社内の変革や浸透についてもお話を伺います。また、戦略やマーケティングを軸にキャリアを積んでこられた方なので、その観点からもお話しいただきたいです。
※参考記事:UCC上島コーヒーの副社長に抜擢された背景とは/パーパスやバリューを刷新したUCCグループ、経営戦略と海外ビジネスの裏側に迫る

ではヘラルボニーの國分さん、お願いします。

國分 ヘラルボニーは「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、2018年に創業した岩手県発のクリエイティブカンパニーです。創業者である松田崇弥・文登の双子には重度の知的障害を伴う自閉症のある兄がおり、障害に対する世の中の見方を変えることを目指して活動しています。

おもに重度の知的障害のある作家のアートを原画やプロダクトとして販売するBtoCのほか、企業のブランディングやマーケティングに活用いただくBtoBの事業を両立しており、私はBtoB事業を統括しています。岩手県盛岡市に本社を置き、東京・パリに支店があります。

ダノンやUCCとは会社の歴史も規模もかなり違いますし、サステナビリティの専門部署や目標があるわけではないのですが、私どもは「人権」に最も真剣に向き合っている企業だと自負しています。
 
ヘラルボニー 執行役員 兼 アカウント事業本部統括
國分 さとみ 氏

2009年、広告代理店に新卒入社。2013年より漫画アプリ「GANMA!」の立ち上げで漫画編集者として活動。その後、キャラクター・アニメのIPライセンスビジネスへキャリアを広げ、日本発コンテンツをグローバルへ展開。2024年1月、ヘラルボニー入社。アカウント事業部シニアマネージャーとして、法人向けにアートライセンスを活用したビジネスプロデュースや新規事業開発などを幅広く手がける。2025年8月より執行役員就任。

―― 障害のある作家のアートに正当な対価が支払われ、適正な報酬が作家に還元される。事業そのものがサステナブルな取り組みで、非常にユニークですよね。アジェンダノートでは以前、代表取締役/Co―CEOの松田崇弥さんにインタビューさせていただきました(※)。
※参考記事:「異彩」のブランド・ヘラルボニー 躍進の秘訣と成長戦略、くまモンの先に目指すキティちゃん

 

目指す未来のため、自ら課した「制約」と選び取った「手段」


國分 記事にも載っている岩手県花巻市の「るんびにい美術館」を、私たちは「始まりの地」と呼ばせていただいているのですが、そこでは佐々木早苗さんら作家さんが創作活動をされています。この美術館はじつは、福祉施設なのです。

里見 そうなんですか。

國分 障害のある方が働こうとすると、一般企業に勤める「障害者雇用」の他に「福祉的就労」があり、雇用型の「A型作業所」と、雇用契約がなく工賃が発生しない「B型作業所」、ケアを目的とする「生活介護」に分かれます。「るんびにい美術館」はカフェやベーカリーがB型作業所、アトリエが生活介護の通所施設になっていて、活動する方々の年収は一般に30万円に届きません。生み出されるカッコいいアートの対価として、それが正当なんだろうか。そんな疑問から事業は始まっています。

事業化の際、るんびにい美術館のアートディレクターの板垣崇志さんと約束したことがあります。それは、「どんなに重い知的障害のある方でも、そのアートの使われ方について本人が納得しているかどうかを必ず確認する」というものです。「アプルーバル」と呼んでいるこの仕組みは、資本主義経済で戦っていく上では、ある面では「制約」になるかもしれません。ですが、どんなに会社が大きくなっても絶対に貫かなければならない一番大事な約束だと考えています。

里見 ヘラルボニーの事業は、マス市場を目指していかれるにはハードルが高そう、というのが率直な印象です。ビジネスとして成立するのが難しいからみんなやれていないことを、やっていらっしゃる。現実にどんな課題があるのか、じつはそれほど課題はないのか、気になります。

國分 私たちのビジネスは基本的に「売れれば売れるほど社会にとって良い」というモデルなので、少なくとも人権や経済の面では、事業成長とサステナビリティは対立しないと整理しています。里見さんがUCCで実践されたように、歴史ある会社で新たにサステナビリティを含む方針を策定して、事業戦略に落とし込むというアプローチとは、真逆かもしれません。
  
るんびにい美術館の制作風景(画像提供:ヘラルボニー)

ただ、これから売上を伸ばしていく中で、アプルーバルのような人権尊重を徹底的に貫きながら、規模経済との緊張にどう向き合っていくかは、今後、間違いなく立ちはだかる課題と考えています。

里見 実際、どれほどの市場があるのでしょうか。BtoB事業は、相手方企業のブランディングに貢献するビジネスですか。

國分 はい。たとえばJALの機内で提供されるアメニティポーチなどに、当社のIP(契約作家のアート作品データ)を使っていただいています。いわゆるライセンスビジネス市場は国内で2兆円規模と言われており、海外だとそれ以上にあります。おそらく皆さんが想像していらっしゃるより、「福祉」とは違う市場を捉え直すことにチャレンジしています。

その点で課題と言いますか、こだわっているのは、私たちは障害のある方を「支援」しているのではなく、その生み出す価値に「依存」している、という事実です。特にBtoBでは、「支援したい」「寄付したい」という趣旨で関心を寄せてくださる方々がいます。もちろん、各企業のサステナビリティの目標達成の一助として選定いただくのは大変ありがたいですが、「支援」というつもりでいらっしゃる方には、残念ながらお断りするか、マインドチェンジしていただく必要があると考えています。

佐々木 上場を目指しているというのが、非常に興味深いです。特にソーシャル・ビジネスで起業した場合、上場に対する考え方は真っ二つに分かれます。資本主義のサイクルに巻き込まれ、やりたいことをできなくなるから絶対に上場しないという考え方。一方、やればやるほど事業も社会も良くなるビジネスだから、上場してより大きな資金を使うべきだという考え方。どちらが正解というわけではなく、会社ごとの考え方ですが、ヘラルボニーの場合は上場という「手段」を通じて、社会・経済にインパクトを出すという気概なのでしょうか。

國分 おっしゃる通りです。私たちが最終的に目指すのは「障害」という言葉をこの世から無くすこと。理想はキティちゃんのように、かわいいな、カッコいいなと思って使っていたら、それが実は障害のある方のアートだったという状態です。上場はそれ自体が目標ではなく、我々が介在したことで変わった世界の姿から逆算したときに現れる、有効な手段という位置付けです。

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