どう変わる?なぜ変わる?マーケティングの地殻変動を読み解く
現代資本主義の「金融化」で変わるマーケティングの役割
2026/08/31
デジタル化やAIの進展、消費者ニーズの多様化──。マーケティングを取り巻く環境の変化について、これらのテーマで語られるシーンは少なくありません。しかし、その変化の本質は、もっと深いところにあります。
本連載では、中央大学 名誉教授・田中洋氏が、長年にわたるマーケティング・ブランド研究と実務への知見をもとに、企業経営におけるマーケティングの位置づけや、マーケターの役割の変化を多角的に解説します。
第1回のテーマは、現代資は本主義を読み解くキーワード「金融化」。この大きな潮流が、企業経営やマーケティングにどのような影響を及ぼしているのかを考察します。
本連載では、中央大学 名誉教授・田中洋氏が、長年にわたるマーケティング・ブランド研究と実務への知見をもとに、企業経営におけるマーケティングの位置づけや、マーケターの役割の変化を多角的に解説します。
第1回のテーマは、現代資は本主義を読み解くキーワード「金融化」。この大きな潮流が、企業経営やマーケティングにどのような影響を及ぼしているのかを考察します。
デジタル化やAIの進展は、本質的な課題ではない
今日、マーケティングが直面している最も大きな変化や課題とは何か?と聞かれたら、何と答えるのが良いでしょうか。
デジタル化、AIの進展、消費者・顧客ニーズの変化、あるいはVUCAに象徴される社会経済環境の不確実性の高まり。もちろん、これらはいずれも間違いではありません。しかし、こうした理解では、現代資本主義の構造的な変化を十分に捉えたとは言えません。
マーケティングでは、これまで顧客ニーズを起点とする考え方が重視されてきました。それ自体は良いのですが、顧客ニーズは決して安定的なものではありません。多くのマーケターが実感しているように、顧客ニーズは絶えず変化し、移ろいやすいものです。またそのニーズをいかに発見し、解決に結びつけるかについても、確立された方法論が見い出されているわけではありません。
たとえば、iPhoneはどのような顧客ニーズに応え、どのような解決を提示したのでしょうか。この問いに対して、マーケティングでは「インサイト」や「イノベーション」といった概念・用語でとりあえずの説明を試みてきました。
私は、こうした従来のマーケターの営為に異議を唱えるつもりはありません。しかし問題の中心は、企業経営においてマーケターが果たす役割が、現在どのように変化しているかを考えることにあります。
1960年代頃までのマーケティングは、PLC(製品ライフサイクル)、市場細分化など、企業経営に有用な考え方を多く提供してきました。しかし現在では、そのような経営全体を方向づける積極的な役割はやや薄れ、「マーケターは売上の増大や市場シェアの拡大にのみ集中していればよい」という見方が蔓延しているように思われるのです。
デジタル化は、マーケティング活動を可視化し、その成果を定量的に評価することを可能にしました。しかし、その一方で、経営におけるマーケティングが「売上や市場シェアを達成する機能」として理解される傾向を強めた側面もあります。
私の考えでは、これまでマーケターは企業経営全体における自らの役割を十分に位置づけないまま、経営トップのマーケティングに対する無理解を嘆いていることが多かったようにも思えるのです。
マーケティングを本質的に変容させる「金融化」の波
それではあらためて、現在のマーケティングに最も大きな影響を与えている要因とは何でしょうか。
私ならば、それは資本主義の「金融化」(financialization)と答えます。
金融化の定義は論者によって異なりますが、ここではEpstein(2005)の定義を参照してみましょう。金融化とは、「金融的思考、金融市場、金融機関金融投資などの役割が増大すること」(The increasing role of financial motives, financial markets, financial actors and financial institutions.)を指します。
つまり、社会の隅々まで金融の論理が浸透し、より高い利潤を求めて巨大に肥大したマネーが世界のあちこちに広がったことで、人々の意思決定や行動様式に大きな影響を与えているのです。
このような金融化は本当か?と疑う人もいることと予想されます。確かに、こうした金融的な価値観に必ずしも「毒されていない」人も存在しているかもしれません。しかし、程度の差こそあれ、私たちの経済的・社会的行動は、こうした金融化の影響から逃れられない現状があります。
では、現代経済において、なぜこのような金融化が出現したのでしょうか。その最大の要因は、世界的な投資マネーの急速な拡大にあります。BCG(ボストンコンサルティンググループ)が2026年6月に発表したデータによると、世界の投資マネー=運用資産残高は147兆ドルに達しています。日本円で約2京3,866兆9,200億円という、極めて巨大なお金です。

出典:ボストンコンサルティンググループのデータを基に著者作図
このデータが示すように、世界の投資マネーはこの20年間で約3.9倍に増大しました。一方、同じ期間(2005~2025)に世界GDPは約48兆ドルから約120~125兆ドルへと増加しており、約2.5~2.6倍にとどまっています。すなわち、投資マネーの増加ペースは、実体経済(GDP)の成長を約1.5倍上回っていることになります。
実体経済は年率3~4%程度で着実に成長してきました。しかし金融市場では、株式、債券、投資信託、ETF、プライベートエクイティなどの金融資産が、それを大きく上回るペースで蓄積されてきたのです。
なぜ、こうしたことが起こったのでしょうか。背景には複数の要因があります。各国の年金基金の拡大。各国が発行する赤字国債などの負債の増大。企業価値の源泉が有形資産から無形資産へと移行したこと。さらにデリバティブ(金融派生商品)の発展も、こうした傾向に拍車をかけました。
こうして形成された莫大な資金は、さまざまなファンドや資産運用会社を通じて株式市場に流れ込みました。その結果、投資資本を受け入れる企業は、従来以上に巨大化した金融資本の期待収益率を満たさなければならなくなりました。
企業経営に浸透する金融化思考にどう向き合うか
のちに詳しく述べますが、ROE・ROIC重視の経営、資本コスト経営、株主価値経営、将来キャッシュフロー重視、ブランド投資における財務的説明責任、さらにはコーポレートガバナンス、人的資本経営、環境経営、サステナビリティといった経営思想の多くも、この金融化の潮流の中から派生した思考と言えます。
たとえば環境問題は、一見すると企業経営のありようとは無関係に、普遍的に重要な問題のように見えます。しかし投資家の視点から見れば、環境問題は企業の長期的な収益性や企業価値を左右する重要な要因です。環境経営が重視される背景には、このような金融的な評価軸が存在しています。
こうした金融化的思考が、現在、企業経営のあちらこちらに現れています。そして、マーケティングもその例外ではありません。好むと好まざるとにかかわらず、私たちの思考や意思決定は金融化の影響を受けているのです。
次回以降は、この金融化という現象がマーケティングの理論や実践をどのように変えてきたのかについて、深く探っていきたいと思います。
- 引用文献
ボストンコンサルティンググループ 「世界運用資産残高は147兆ドルで過去最高、日本も13%増――BCG調査」(2026/6/29)(2026/7/17アクセス)
https://bcg-jp.com/article/15186/
Epstein, G. A. (Ed.). (2005). Financialization and the World Economy. Cheltenham, UK: Edward Elgar.
環境省 「環境と経営」(2026/7/17アクセス)
https://www.env.go.jp/policy/keiei_portal/about/
Krippner, G. R. (2005).The Financialization of the American Economy. Socio-Economic Review, 3(2), 173–208.
https://doi.org/10.1093/ser/mwi008




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