市場創造の現場から──音部大輔が紐解く「逆転劇」の舞台裏
味の素はなぜ市場創造を実現し続けることができるのか【岡本達也氏×音部大輔氏】
2026/09/07
市場創造こそ、マーケティングの本質。本連載は、マーケターの音部大輔氏が市場創造を実現した企業・ブランドを訪ね、その成功のカギとなったポイントを紐解く企画です。
市場創造とは、顧客の意思決定基準を変え、選ばれる理由を新たに生み出すこと。つまり「顧客にとっていい商品・サービスの定義」「顧客が重視する属性の順位」を変えることといえます。この市場創造によって起こるのが、市場・カテゴリ内におけるシェア順位の入れ替え。あらゆる市場が成熟し、多くのカテゴリで競争が激化する中、みごとに“逆転劇”を成し遂げた企業・ブランドに注目し、その背景にあった戦略策定、意思決定、組織づくり、そして現場で起きていたリアルな奮闘を掘り下げ、市場創造に挑戦するためのヒントを読者に届けます。
今回インタビューしたのは、味の素 執行役常務食品事業本部副本部長 マーケティングデザインセンター長(取材当時)の岡本達也氏。「ほんだし」「Cook Do」「クノール カップスープ」など、数々の市場創造の現場を牽引してきた岡本氏の生の体験談から、味の素が市場創造を継続的に実現することができる秘訣を探った。
市場創造とは、顧客の意思決定基準を変え、選ばれる理由を新たに生み出すこと。つまり「顧客にとっていい商品・サービスの定義」「顧客が重視する属性の順位」を変えることといえます。この市場創造によって起こるのが、市場・カテゴリ内におけるシェア順位の入れ替え。あらゆる市場が成熟し、多くのカテゴリで競争が激化する中、みごとに“逆転劇”を成し遂げた企業・ブランドに注目し、その背景にあった戦略策定、意思決定、組織づくり、そして現場で起きていたリアルな奮闘を掘り下げ、市場創造に挑戦するためのヒントを読者に届けます。
今回インタビューしたのは、味の素 執行役常務食品事業本部副本部長 マーケティングデザインセンター長(取材当時)の岡本達也氏。「ほんだし」「Cook Do」「クノール カップスープ」など、数々の市場創造の現場を牽引してきた岡本氏の生の体験談から、味の素が市場創造を継続的に実現することができる秘訣を探った。
「ほんだし」と「Cook Do」が変えた日本の家庭料理
音部 味の素には、市場創造の事例が数多くありますよね。
岡本 そうですね。古くは、うま味調味料「味の素」そのものが市場創造の事例と言えます。ただ、これは既存市場をひっくり返したというより、それまで存在しなかった市場を生み出したケースです。市場創造というより、イノベーションに近いものだったと考えています。
その次の代表例が、1970年発売の和風だしの素「ほんだし」です。当時、日本の朝食では味噌汁がほぼ100%食卓に並んでいました。祖母の世代は、鰹節削り器で鰹節を削り、だしを取り、具材を煮て、最後に味噌を溶くという工程が当たり前だったんです。
そこへ登場した「ほんだし」は、顆粒だしをひと振りするだけで同じ役割を果たせるようにしました。つまり、従来の鰹節市場を代替し、「顆粒だし」という新しい市場を創り出した商品だったと思います。
もうひとつ象徴的なのが、1978年発売の中華調味料シリーズ「Cook Do」です。
音部 そんなに古い商品なんですか。当時としては画期的だったでしょうね。
岡本 当時、日本の家庭で最もよく作られていた手料理は肉野菜炒めでした。味付けは塩、こしょう、そして「味の素」。粉末調味料を振りかけるだけという調理が一般的だったんです。
そこへ「Cook Do」は、「回鍋肉」や「青椒肉絲」といった本格中華を家庭で楽しむという、新しい食卓を提案しました。当時は「回鍋肉」や「青椒肉絲」を読める人すらほとんどいませんでした。それでも、本格中華という新しい価値を打ち出したのです。
さらに、それまで粉末調味料を振りかけていた人たちに対して、「パウチを開け、中身を絞り出して使う」という新しい調理行動も提案しました。今では当たり前ですが、当時としては非常に大胆な発想でした。
過去のPLを確認したところ、「Cook Do」が黒字化するまでには、約10年かかっています。

岡本達也氏
味の素 アドバイザー
※取材当時は、執行役常務 食品事業本部副本部長 マーケティングデザインセンター長
1987年味の素株式会社入社。味の素ダノン株式会社出向、1991年に復職したのち、1996年から家庭用商品(「ほんだし®」、「Cook Do®」、「ピュアセレクト®マヨネーズ」、「クノール®カップスープ®」他)の開発・販売戦略などのマーケティング業務に従事。2014年味の素冷凍食品株式会社に出向。執行役員マーケティング本部家庭用事業部長着任後「ザ★®」シリーズを手掛ける。2019年味の素株式会社執行役員就任。2022年執行役常務食品事業本部副本部長就任。2023年4月にマーケティングデザインセンターを設立しマーケティングデザインセンター長兼任。
味の素 アドバイザー
※取材当時は、執行役常務 食品事業本部副本部長 マーケティングデザインセンター長
1987年味の素株式会社入社。味の素ダノン株式会社出向、1991年に復職したのち、1996年から家庭用商品(「ほんだし®」、「Cook Do®」、「ピュアセレクト®マヨネーズ」、「クノール®カップスープ®」他)の開発・販売戦略などのマーケティング業務に従事。2014年味の素冷凍食品株式会社に出向。執行役員マーケティング本部家庭用事業部長着任後「ザ★®」シリーズを手掛ける。2019年味の素株式会社執行役員就任。2022年執行役常務食品事業本部副本部長就任。2023年4月にマーケティングデザインセンターを設立しマーケティングデザインセンター長兼任。
音部 なんと、10年も赤字とは…よく我慢しましたね。
岡本 はい、味の素は本当に辛抱強かったと思います。その10年間をかけて、「パウチを絞って料理を作る」という新しい行動を少しずつ生活者に定着させていったんです。
音部さんはよくご存じだと思いますが、一度生活者の行動が定着すると、それを別の行動へ変えるスイッチングコストは非常に高くなります。
「パウチを絞れば、失敗せずにおいしい料理ができる」という成功体験を積み重ねると、生活者にはあえて他の商品へ乗り換える理由がなくなります。特に夕食は失敗したくないという心理が強いですからね。
市場創造とは、新しい商品を売ることではなく、新しい行動を生活者に定着させることだと考えています。その意味で、「Cook Do」は市場創造を象徴する事例だったと思います。
音部 黒字化した頃には、どれくらいの規模まで成長していたのでしょうか。
岡本 売上は公表していませんが、おそらく50億円を超えたあたりでテイクオフしたと記憶しています。当時は広告投資もかなり行っていました。世帯購入率でいうと、およそ10%程度だったと思います。
音部 世帯購入率10%というのは、市場が立ち上がるひとつの目安になりそうですね。
「クノール カップスープ」がつくった新しい朝食市場 岡本 その後も、市場創造の事例はいくつかあります。
代表的なのが「クノール カップスープ」です。もともとクノールブランドのスープは、1961年に味の素とクノールの合弁会社であるクノール食品から発売されました。当時の商品は、牛乳で溶いて鍋で温めるタイプで、洋風スープとして夕食の食卓に並ぶものでした。
その後、1973年に誕生したのが「クノール カップスープ」です。実は、「マグカップでスープを飲む」という習慣は日本発で、お湯を注ぐだけで飲めるカップスープも日本で生まれた商品なんです。
音部 カップスープという概念自体、日本で生まれたものなんですね。
岡本 そうなんです。そうなんです。もともとスープは夕食で食べる料理でした。それを「朝、パンと一緒に飲むもの」として位置づけ直したのが「クノール カップスープ」でした。新しい商品を生み出しただけでなく、新しい食シーンそのものを創り出したわけです。
もちろん、発売してすぐに成功したわけではありません。転機となったのは、1980年代前半に小泉今日子さんを起用した広告キャンペーンです。
キャッチコピーは、「朝ごはん、ちゃんと飲んでる?」。本来、朝ごはんは「食べる」ものですよね。それをあえて「飲んでる?」と表現した。この一言が、「朝食のスープ」という新しいポジションを生活者の中に定着させたのです。
この商品のシェアソースは、牛乳やコーヒー、紅茶でした。
さらに、ご飯食からパン食へと食生活が変化する中で、「パンに合う汁物」という役割も担いました。ご飯には味噌汁がありますが、パンにはそれに相当する存在がありません。その空白に入り込んだのが、カップスープだったのです。
音部 確かに、パンには味噌汁のような存在がありませんでしたね。コーヒーや紅茶は食後の飲み物ですが、スープは食事そのものの一部として成立しています。
岡本 その通りです。カップスープはドリンクではありません。あくまで料理です。
だからこそ、朝食という新しい食卓のポジションを獲得できたのだと思います。
音部 クノール カップスープは、今も伸びているのでしょうか。どんな方が飲んでいるのですか。
岡本 ありがたいことに、今でも成長を続けています。今年度は過去最高売上になるかもしれません。
主な飲用層は、小学生から大学生くらいまでのお子さんです。その子どもたちと一緒に、お父さん・お母さんも飲む。そんな朝食シーンが定着しています。
音部 長年愛されてきたブランドでありながら、今なお市場が広がり続けているのは、本当に驚異的ですね。クノールブランドは、海外でも同じように展開しているのでしょうか。

音部大輔氏
クー・マーケティング・カンパニー
代表取締役
17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング担当副社長やCMOとしてビジネスの回復・伸長やマーケティング組織強化を主導。2018年、Coup Marketing Company 設立。家電、化粧品、食品、輸送機器、広告会社など、国内外の多様なクライアントにマーケティング組織強化やブランド戦略などを支援。近年は、マーケティング、ブランド戦略に加えて、AIや採用を軸にした登壇、企業支援も多数手がけている。
博士(経営学 神戸大学)。日本マーケティング本大賞2022の大賞受賞『The Art of Marketingマーケティングの技法』や、『君は戦略を立てることができるか 視点と考え方を実感する4時間』(日本マーケティング本大賞2025の準大賞受賞)など著書多数。
クー・マーケティング・カンパニー
代表取締役
17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング担当副社長やCMOとしてビジネスの回復・伸長やマーケティング組織強化を主導。2018年、Coup Marketing Company 設立。家電、化粧品、食品、輸送機器、広告会社など、国内外の多様なクライアントにマーケティング組織強化やブランド戦略などを支援。近年は、マーケティング、ブランド戦略に加えて、AIや採用を軸にした登壇、企業支援も多数手がけている。
博士(経営学 神戸大学)。日本マーケティング本大賞2022の大賞受賞『The Art of Marketingマーケティングの技法』や、『君は戦略を立てることができるか 視点と考え方を実感する4時間』(日本マーケティング本大賞2025の準大賞受賞)など著書多数。
岡本 海外ではクノールブランドを使えない国もあります。たとえばフィリピンでは、「Soup & Go」という独自ブランドで展開しています。
実は2000年代初頭、日本で成功したカップスープをグローバルへ展開しようというプロジェクトもありました。「VONO®」というブランドで、中国やブラジル、タイなどに展開したのですが、残念ながら思うような成果は得られませんでした。
日本では、ご飯食からパン食へと食生活が変化するという時代背景がありました。その変化の中で、「朝にスープを飲む」という習慣が生まれたわけです。
一方、海外にはその文脈がありません。「朝、お湯を注いで粉末スープを飲む」という新しい習慣を、一から根づかせることは、想像以上に難しかったのです。
市場創造には、商品そのものが持つ価値だけでなく、時代背景や生活習慣も大きく関わっています。そのことを改めて実感しました。




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