マーケティングの未来を読み解く10の対話 #03
トップマーケターが語る、AI時代に「あえて行く」店舗をつくり上げる新たなエコシステム【連載:マーケティングの未来を読み解く10の対話】
2026/09/30
「安さ」を徹底して求めるシビアな消費者の目、テクノロジーがもたらす圧倒的な利便性、そして高齢化をはじめとする生活様式の変化。いま、消費を取り巻く前提が大きく変わりつつある。
こうした不可逆的な変化の中で、リテールに問われているのは、「モノを買う場」としての機能的価値を磨きながら、新たな来店機会を創出し、顧客があえて足を運ぶ「目的地としての店舗」へと進化できるかどうかだ。
データやAIから導き出される顧客インサイトを駆動力としながら、リアルな場ならではの「身体性」や、人を引きつける「熱量」をどう掛け合わせるのか。
AIやデジタル化が進む時代に、リアル店舗はいかに存在価値を高めていくのか。そして、小売・メーカー・卸は、従来の立場を越えてどのような共創関係を築くべきなのか。
ナノベーション設立10周年を記念した特別企画「マーケティングの未来を読み解く10の対話」第2回のテーマは「リテールマーケティング」だ。リテールアジェンダでカウンシルメンバーを務めるPreferred Networksの富永朋信氏と、Mizkan Holdingsの中村直人氏による対話から、次世代の店舗ビジネスを読み解くヒントを探る。
こうした不可逆的な変化の中で、リテールに問われているのは、「モノを買う場」としての機能的価値を磨きながら、新たな来店機会を創出し、顧客があえて足を運ぶ「目的地としての店舗」へと進化できるかどうかだ。
データやAIから導き出される顧客インサイトを駆動力としながら、リアルな場ならではの「身体性」や、人を引きつける「熱量」をどう掛け合わせるのか。
AIやデジタル化が進む時代に、リアル店舗はいかに存在価値を高めていくのか。そして、小売・メーカー・卸は、従来の立場を越えてどのような共創関係を築くべきなのか。
ナノベーション設立10周年を記念した特別企画「マーケティングの未来を読み解く10の対話」第2回のテーマは「リテールマーケティング」だ。リテールアジェンダでカウンシルメンバーを務めるPreferred Networksの富永朋信氏と、Mizkan Holdingsの中村直人氏による対話から、次世代の店舗ビジネスを読み解くヒントを探る。
リアル店舗の価値は「より強くなる」
ーーAIやデジタル化が急速に進む中、顧客があえて足を運ぶ「リアル店舗」の存在意義は、今後どのように変化していくとお考えでしょうか?
富永 私は、リアル店舗が持つ本質的な価値そのものは「変化しない」と思っています。お客様が生きる現実世界の延長線上に実物としての商品があり、それを自分の目で見て、触れて、体感できる。複数の商品を比較する際にも、それぞれが持つ「シズル」まで含めて比べることができる。これはリアル店舗だからこそ提供できる価値であり、AIがどれだけ進化しようと、その本質は変わらないでしょう。
変わるとすれば、AIの使われ方です。AIの強みは、膨大なデータを高速で処理し、人間には難しい複雑な計算や予測ができることにあります。その能力を、顧客体験の表面的な部分に無理に適用するのではなく、むしろ店舗の裏側にある「オペレーション」に活かすべきだと思います。
たとえば、商品の併売傾向や隣接する商品の売れ行きを分析し、品揃えや配置、補充などのストアオペレーションを最適化する。それによって、お客様が商品同士のつながりを直感的に理解できる売り場をつくり、同時に品切れの少ない状態をつくる。リテーラーがAIによる計算と現場のオペレーションを高度に融合できれば、結果的にお客様の店舗体験は劇的に向上します。リアル店舗が持つ価値のコアは変わらない。その価値を提供する水準が、テクノロジーによって底上げされていくということです。

株式会社Preferred Networks
エグゼクティブアドバイザー
富永 朋信氏
1992年大学卒業後、コダック社に入社。以来、日本コカ・コーラ、西友、ドミノ・ピザジャパンなどマーケティング関連職務を9社で経験。うち、西友、ドミノピザでなど5社ではCMO、マーケティング部門責任者を拝命。2019年7月より現職。同時に、マーケティングの核=人間理解という考え方に基づき、社内にとどまらず、複数の企業に対してブランド、コミュニケーションから人事・組織戦略等多岐に渡るアドバイザリー業務を行う。 内閣府・厚生労働省など政府系機関の広報アドバイザー多数拝命。マーケター・オブ・ザ・イヤー審査員をはじめ、マーケティング系団体・カンファレンスの理事、議長などを多数拝命。OFFICEしもふり代表。著書に『幸せをつかむ戦略』(日経BP社)など。
エグゼクティブアドバイザー
富永 朋信氏
1992年大学卒業後、コダック社に入社。以来、日本コカ・コーラ、西友、ドミノ・ピザジャパンなどマーケティング関連職務を9社で経験。うち、西友、ドミノピザでなど5社ではCMO、マーケティング部門責任者を拝命。2019年7月より現職。同時に、マーケティングの核=人間理解という考え方に基づき、社内にとどまらず、複数の企業に対してブランド、コミュニケーションから人事・組織戦略等多岐に渡るアドバイザリー業務を行う。 内閣府・厚生労働省など政府系機関の広報アドバイザー多数拝命。マーケター・オブ・ザ・イヤー審査員をはじめ、マーケティング系団体・カンファレンスの理事、議長などを多数拝命。OFFICEしもふり代表。著書に『幸せをつかむ戦略』(日経BP社)など。
中村 私も基本的には富永さんと同じ意見ですが、別の言い方をすれば、リアル店舗の価値は今後「より増していく」と思っています。
私は現在、食品メーカーに所属していますが、日本の食生活は、ECやデジタル上の「計画購買」だけですべてを賄えるものではありません。生鮮食品を食べる文化が根付いていますし、地域ごとに独自の食文化や嗜好も発達しています。
自分で目利きして新鮮な野菜や魚を選ぶ体験や、お店が戦略的に売り出しているものを見て、予定していなかった商品に思わず手が伸びる「非計画購買(衝動買い)」の楽しさは、デジタルだけでは再現しきれません。
つまり、小売が提供するエンターテインメント性のある売り方や、リアルな売り場ならではの価値は、今後ますます重要になるでしょう。
ただし、AIやデジタル化が進めば進むほど、お客様の「リアル店舗を選別する目」はよりシビアになるはずです。リアルだから価値があるのではなく、「わざわざいく価値があるか」が、これまで以上に厳しく問われるようになると思います。
マーチャンダイジングと「報酬予測誤差」ーー期待を超える店舗体験
ーー顧客に選ばれ続けるためには、店舗体験やマーケティング戦略において何が求められるのでしょうか。具体的なアプローチや考え方をお聞かせください。
富永 マーケターはよく、PRで初動認知をつくり、広告で理解を促進し、最後に店舗で背中を押して買ってもらう、というファネル型のフレームワークで考えがちです。
でも、自戒を込めて言いますが、それだけで現実の購買行動を説明するのは無理があります。店舗で初めて商品を見て「あ、これめっちゃいい!」と思って衝動買いすることがあるように、店舗は認知形成から購買まで一気に生み出すことができる最強のメディアなんです。
ファネルの発想にとらわれすぎているマーケターこそ、もう一度「店舗を中心に考える」という原点に回帰すべきです。
店舗とは、メーカーが工場から出荷した「製品」を、お客様にとって意味のある「商品」へと昇華させる場所です。それを実現するのがマーチャンダイジングです。そこには製品に加えて、製品を魅力的に見せる什器があり、パッケージだけでは伝えきれない情報を補完するPOPがある。私はこの「製品+什器+POP」の組み合わせを「マーチャンダイジングモジュール」と呼びます。たとえば巨大なパレットに商品を山積みにして、大きなPOPをつければ、「この店は今、この商品を推している」ということがお客様に直感的に伝わりますよね。
店頭でお客様が商品やPOPなど一つひとつのタッチポイントに割いてくれる時間は、わずか2秒程度だと思っています。それを超えて理解することを求めた瞬間、情報はノイズになりかねません。
最近はリテールメディアが注目されていますが、ただ店内にモニターを置いて広告を流すだけなら、むしろノイズを増やしてしまう可能性があります。
重要なのは、お客様がいかに直感的に商品を見つけ、選び、買える売り場をつくるかです。店舗レイアウト全体の中でリテールメディアをどこに、どのような役割で配置するのかから設計し直さなければ、本質的な変化にはつながらないと思います。
中村 少し補足させていただくと、「報酬予測誤差」という脳科学の概念があります。人間の脳は、過去の体験から「こういうアクションをすれば、こういう結果が得られるだろう」と自然に予測します。実際に得られた結果がその予測を上回ると、そこに強い驚きや学習が生まれる。店舗体験において重要なのは、お客様が事前に抱いていた期待を上回る価値を提供できるかどうかです。
AIも過去の膨大なデータから高精度な予測値を導き出しますが、それはあくまで推測可能な範囲にとどまります。過去のパターンだけからは導き出しにくい未知の体験や、予想外の感動をどう生み出すかという部分には、まだ人間の創造性が大きく関わっています。
リアルな店舗で、お客様の期待値を上回る体験や商品を提供できれば、強く記憶に残り、それがSNSや口コミで広がり、「わざわざ行きたいお店」として認識されていく。
いまや利便性は、多くの場面で当たり前に求められる価値になっています。タイムパフォーマンスを求める顧客に対し、「明日まで待てばECで届くけれど、今すぐこのお店に行きたい」と思わせるだけの「利便性に上乗せする価値」を生み出せるか。それが、これからの小売やメーカーに求められている最大の能力だと思います。

株式会社 Mizkan Holdings
執行役員 日本+アジア事業 Go-To-Market 戦略本部長 兼 コミュニケーション本部長
中村 直人氏
1992年にサントリー入社、2011年営業推進本部、2020年広域営業本部第2支社長、2023年データ戦略部部長兼務。2026年3月1日より現職。
執行役員 日本+アジア事業 Go-To-Market 戦略本部長 兼 コミュニケーション本部長
中村 直人氏
1992年にサントリー入社、2011年営業推進本部、2020年広域営業本部第2支社長、2023年データ戦略部部長兼務。2026年3月1日より現職。
富永 私は、店舗体験を構成する要素は、大きく3つに整理できると思っています。「商品・品ぞろえ」「ハードウェア」、そして「インタラクション」です。
品ぞろえについては、お客様の来店目的に対して期待通りの商品をそろえるのは大前提であり、さらに「あ、こんなものもあるんだ」という予想外の発見、先ほどの中村さんの言葉で言えば「報酬予測誤差」を生み出せるかが問われます。
ハードウェアは、売り場や店舗そのものの設計です。直感的に目的の商品へたどり着けるナビゲーションによって、お客様の認知的負荷を下げる。
そして最後がインタラクション、つまり接客など、人との関わりを通じたアタッチメント(愛着)の形成です。私はこれがとても重要だと思っています。
よくスターバックスを例に出すのですが、店舗に行くと、とにかく気持ちがいいんですよ。店員さんの感じが良くて、「昨日と同じように、氷を少なめ、ミルクを多めにしますか?」と覚えていてくれたりする。おいしいコーヒーを提供する店は他にもたくさんありますが、そんな心地よい接客をしてくれるお店なら、また行きたくなるじゃないですか。
中村 日本のサービス文化には、そうした繊細な価値を生み出せる強みがあると思います。「おもてなし」に象徴されるように、明文化されたサービスだけでなく、相手の状況を汲み取り、一歩先回りして対応することを大切にしてきた文化があります。そうした小さな気配りの中に、先ほどの「報酬予測誤差」を上積みできる要素がたくさん潜んでいると思います。
ただ、スーパーなどの小売店舗では、オペレーションの効率化が最優先されがちで、そうした付加価値を提供するための余裕を確保しにくい側面もあります。だからこそ、標準化すべき部分は標準化しつつ、残された「余白」で一人ひとりのお客様にどう対応できるかという現場のオペレーション力と、それを支えるカルチャーやシステムまで含めて、企業全体で設計することが重要になると思います。




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