マーケティングの未来を読み解く10の対話 #03

トップマーケターが語る、AI時代に「あえて行く」店舗をつくり上げる新たなエコシステム【連載:マーケティングの未来を読み解く10の対話】

 

組織・人材、そして立場の壁を越える「共創」


ーー価格競争から脱却し、新たな需要を創造していくために、メーカーや小売、卸といったプレイヤー間の関係は、どのように進化していくべきでしょうか?

富永 大前提として、それぞれが「何を売っているのか」の定義が違うことを認識する必要があります。

メーカーは、商品を通じて顧客の「ジョブ(解決したい課題、達成したいこと)」に応えています。一方、リテーラーが応えるのは「ショッピングミッション(その店に買い物に行く目的)」です。さらに、メーカーが基本的に「一つのブランド」を売っているのに対し、リテーラーは「選択肢の束」を売っています。

メーカーは往々にして自社ブランド中心の発想に陥りがちですが、リテーラーが提供する選択肢の束の中で、「いかに自社ブランドを本命として選んでもらえるのか」と考える必要があります。

そのためには、リテーラーのマーチャンダイジング(MD)担当者の立場になって、「この店舗の客層なら、この商品をこう売れば、もっと価値を提供できるのではないか」と同じ目線で議論し、一緒に売り場をつくっていく。そうした柔軟な対応ができるメーカーこそが、これから強くなっていくと思います。

中村 私も、小売とメーカーが一緒にマーケティングを行う「コワーキング」を、もっと増やすべきだと感じています。日本の流通業界では、どうしても価格を軸とした競争に引っ張られがちですが、付加価値を新たな需要に変えていくためには、両者が手を取り合う必要があります。

現在、ID-POSなどを通じて、両者が共通のデータをもとに顧客を見る環境は整いつつあります。一方、小売側にはマーケティングに関する知見やリソースが十分でないケースがあり、逆にメーカー側には店舗オペレーションなどのリアルな知見が足りない。だからこそ、お互いの知見を補完し合うための「人の交換留学」のような大胆な取り組みが必要だと思っています。

富永 交換留学というアイデアには大賛成です。ただ、実際に行うとなると難しい側面もあります。小売は、MDが方針を決め、本部が施策に落とし込み、店舗に指示を出し、現場からフィードバックを得るという、非常に密に連携した独自のエコシステムで動いています。

その中で、「どこをどう動かせば、組織の何が変わるのか」を肌感覚で理解していないと、効果的なコミュニケーションは取れません。メーカーから人材を送り込むだけでは、既存の仕組みの中で十分に力を発揮できない可能性があります。

場合によっては、資本関係の変化などを契機として、経営トップの強い意思のもと、組織のカルチャーや意思決定の仕組みそのものを変えていくような動きも必要になってくるでしょう。

中村 少し視点を変えると、私はこれから「卸店様」の役割が改めて注目されるのではないかと思っています。 メーカーもAIやDXが進むと営業活動のあり方や必要な人員構成は変わっていくでしょう。しかし、3年や5年で店頭の陳列や補充といった業務が完全に無人化されるとは考えにくいと思っています。

日本全国でフィジカルアベイラビリティ(商品を物理的に手に取り、購入できる状態)を担保するには、物流だけでなく、各店舗へ商品を届け、店頭化する機能が欠かせません。メーカー側の人的リソースが変化していく中で、圧倒的な機動力を持つ卸店様の存在価値は見直されるはずです。

将来的には、複数の中小メーカーが共同で卸店様の機能を活用し、物流や店頭化、さらにはマーケティング機能の一部を委託するような、ファブレス型の事業構造が増えていくのではないかと個人的には見ています。

富永 確かに、小売側も本部人員を減らす傾向がある中で、さまざまな業務をワンストップで任せられる卸は非常にありがたい存在です。

ただ、定番商品の棚割りまで方針を示さずに丸投げしてしまうと、どの店舗も同じような売り場になり、リテーラーとしての差別性が失われるというジレンマもあります。

自社としての売り場の思想を持ちながら、卸の機動力や専門性をどう活用するかが問われますね。
 

次世代のリテールをつくる「新たなデータポイント」を発見せよ


ーーこれからの10年、リテールビジネスをさらに発展させていくために、マーケターが注目すべきトピックや、「リテールアジェンダ」という場への期待をお聞かせください。

富永 リテールアジェンダへの期待で言えば、小売とメーカーの間にある「二項対立」を解消する場になってほしいですね。

本来、マーチャンダイジングと店舗、メーカーと小売は、価値を一緒につくる重要なパートナーのはずです。それなのに、「店舗がダメだから」「メーカーの提案がズレているから」と互いに責任を押し付けていては、大きなロスが生まれます。立場を越えて、ステークホルダーが腹を割って話せる場が不可欠です。

いろいろなステークホルダーが密連携すれば、例えば「無限棚」とでもいうべきリテールメディアの進化系サービスが実現できるかもしれません。Google Glassのようなデバイスを活用し、物理的な棚には1万SKUしか置けなくても、Glass越しのデジタル空間では、10万SKUの選択肢を提示し、一人ひとりにパーソナライズした提案ができるようになるかもしれません。

店舗の立地についても、「駅近だから便利」といった大まかな捉え方だけではなく、お客様がなぜその店を訪れるのかという「来店理由」にまで因数分解して考えるべきです。

そうした未来の解像度を上げるためにも、立場の異なる人たちが双方向に議論できる場が重要だと思います。

中村 そうですね。リテールアジェンダを、小売側から「ぜひ参加したい」と言ってもらえる場にするためには、単なる情報提供を超えた価値が必要だと思います。

たとえば、メーカーと小売の参加者がチームを組み、実際のスーパーを事前に視察する。そこで見つけた課題をもとに改善策を考え、最終的にその企業の経営者に提案する。そんな実践的なワークショップができたら面白いですよね。 メーカーと小売のどちらか一方が教えるのではなく、お互いに学び合える世界観です。

これからの10年で最も重要なのは、月並みですが、やはり「お客様理解」の解像度を高めることです。

同じ会社の中でさえ、マーケティング部門と営業部門では見えている顧客像が違います。そこに小売が加われば、同じデータを見ていても解釈は驚くほど異なります。

データを取得・活用するコストも無視できない中で、そのデータが本当にROI(投資対効果)を産むのかを見極めながら、顧客理解の仕組みそのものを根本から再構築していく時期に来ています。

富永 中村さんの意見に完全に同意します。データに関する大きな誤解の一つは、「今手元にあるデータを分析すれば、答えが出る」と考えてしまうことです。

たとえば、多くの企業が利用しているPOSデータは、色も情報もあふれる現実の店舗を、「バスケット(買い物かご)」という特定の眼鏡で見た結果に過ぎません。

実際には、棚の陳列、品切れの有無、売り場の状態といった「原因」があって初めて、POSという「結果」が生まれます。今のリテールには、まだデータポイントとして捉えられていない重要な要素が、山のように眠っているんです。

ーー そうした「まだデータ化されていない重要な要素」を見つけるためには、具体的にどのようなアプローチが必要なのでしょうか?

富永 とにかく現場を観察することです。以前、Preferred Networksで需要予測エンジンの開発に携わった時の話ですが、エンジニアたちは、店舗の棚をカメラでリアルタイムに解析するシステムを開発したんです。

すると、「山芋は、午前10時の開店時に棚いっぱいに並んでいると非常によく売れるのに、陳列量が半分を切ると急激に売れ行きが鈍る」という傾向が可視化されました。

システム上は、売れ行きの傾きが変わった瞬間に品出しの指示を出せば、売り場の販売ポテンシャルを常に高い状態で維持することができます。

しかし、現実の店舗ではそう簡単ではありません。スタッフは日々のさまざまな業務に追われていますから、AIの指示通りにすぐ山芋を補充できるとは限らない。カメラを多数設置するコストもかかります。

そこで、プログラミングコンテストで世界トップクラスの成績を持つエンジニアが何をしたか。自ら、あるスーパーマーケットの店舗で1ヵ月間アルバイトをして、現場を徹底的に観察したんです。

そして彼が導き出したのが、「店舗で起きている問題のほとんどは、後方のバックルーム(倉庫)で『何がどこにあるか分からない』ことに起因している」という仮説でした。

彼はオフィスのワンフロアを借り切り、空のダンボール2000箱を持ち込んで「仮想バックルーム」を構築しました。そして、それまで十分にデータ化されていなかった「バックルームロケーション」、つまり在庫がバックヤードのどこに置かれているかという情報を新たなデータポイントとして定義し、バックヤードのオペレーションを改善する仕組みを作り上げたのです。

巨大で複雑な店舗を、「バックルーム」という新たな物差しで捉え直したことで、劇的な改善につながるレバレッジポイントを発見したわけです。

マーケターもエンジニアも、手元にあるデータだけを眺めていてはいけません。店舗に出向き、実際に現場の仕事を経験し、観察する必要があります。

まだ見落とされている「新たなデータポイント」を発見すること。それこそが、次の10年のリテールを大きく進化させる鍵になると確信しています。
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