ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #21

杉本哲哉氏がリクルートで学んだビジネス哲学と、グライダーアソシエイツで目指す世界観

経営者は会社のフェーズによって変わるべき

田岡 なるほど。お話をうかがっていると、杉本さんは、マクロミルのときもグライダーアソシエイツでも、未来から逆算して手を打たれている印象です。杉本さんが意識している方法論は何かあるのですか。

杉本 うーん、何でしょうね。しいて言えば、僕はあまりビジネス書を読まないんですよ。以前、ミュージシャンのエンヤさんが、新作のアルバムの製作を決めたら長期間、湖畔の別荘で暮らし、耳にノイズが入ってこないようにしているという話を聞いて、僕も同じだなと思いました。あえて情報のノイズを入れないようにしています。

田岡 では普段、自分が消費者として感じていることから未来予測しているということですか。実は、僕もほとんど本を読みません(笑)。

杉本 情報を外から積極的に入れないことが良いのか悪いのか分かりませんが、似ていますね(笑)。元リクルートの人が集まるMR会(元リクルート会)にも一度しか顔を出したことがないんですよ。



田岡 僕も元リクルートですが、リクルート出身者とは、あまり会っていないですね。とはいえリクルートで学んだこともありますよね?

杉本 もちろん、社会人としての基礎やビジネスの多くのことをリクルートで学びました。例えば、社員をほめること、社員に経営情報をオープンにすること。リクルートと同じように毎年、活躍した社員をMVPとして表彰していますし、マクロミルでは社員が40人しかいないときから社内報を発行していました。今では何千部も印刷して、家族やOBOGにも配っていますよ。

田岡 これまで長く社長を務められてきて、社長という仕事について感じていることはありますか。

杉本 なかなか、一言では言えないですね。ただ、日本にはプロの経営者が少ないと感じています。稲盛和夫さんや原田泳幸さんなど、業界が変わっても経営者として一流だと言える人もいますが、全体としての層は厚くないように思います。日本のGDPは世界3位ですが、国民一人あたりに換算すると20位以下なんですよ。

田岡 じりじりと下がってきていますよね。

杉本 そうなんです。実は、日本は全然豊かではない。自分も経営者であるため、どこまで発言に説得力があるのかわかりませんが、代々会社を世襲するオーナー企業など一部の経営者ばかりに富が集中して、働く人たちはそんなにいい思いをしているわけではないというように階層が分かれてしまっているんです。

 ベンチャーの創業者は、経営者であり、大株主であり、プレーヤーでもある。それを一人でいっぺんに担うのは大変なので、もっと役割を分けて任せられるような世界にしたいと思っています。アイデアを考えられる人と、会社の経営をうまくできる人とは違いますし、スタートアップとグローアップのフェーズでも必要とされる人は違います。

 企業はフェーズに応じて、役員だけでなくトップも変わらなければいけないでしょう。今後の日本のことを考えると、私はどんどんそうするべきだと考えています。
 

田岡氏 対談を終えて

 ご自身が指名した経営陣に代わって自分が再登板するというのは、なかなかできる意思決定ではなく、杉本さんの経営者としての胆力を感じます。

 過当競争を止めるために競合を買収する、欧州にはネットリサーチが普及していないのでクライアント基盤の強い会社を買いネットリサーチをクロスセルする、大胆な意思決定と経営陣のプロ化が必要なのでファンドと組んで非上場化する、パネルのためにつくったメディアの可能性を感じて別会社化しそちらの経営に専念するなど、本質的で大胆でインパクトのある打ち手に対する意思決定力が杉本さんの強みであり、マクロミル社長再登板もその表れだと思いました。

 「本を読まない」とおっしゃっていらっしゃいましたが、過剰で雑多な情報に振り回されずに本質的な思考ができることと関係があるのかもしれません。実は、私は杉本さんと新卒リクルート同期入社なのですが、創業社長の胆力を見せ付けられ、残念ながらとても敵わない、と思いました。精進します。


 
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