ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #31

「北欧、暮らしの道具店」 青木耕平氏が会社の成長スピードは遅くても構わない、と語る理由

ロジカルに再現できないから、模倣を恐れない


田岡 「成長スピードは遅くても、成長していることが重要だ」とおっしゃられましたが、一般的には早く成長し圧倒的な規模やブランドを築くことで、他社の模倣から逃げるという戦略もあると思います。「遅くても構わない」ということは、模倣は気にしていないのでしょうか。

青木 まったく気にしていません。これは私の最近の思考テーマでもあるのですが、「北欧、暮らしの道具店」の価値はロジカルに説明できないはずなので、そもそも模倣されにくいと思っているんです。

それは、どういうことかと言うと、私たちの価値は「ホリスティック(全体性)」でしか理解できないんです。そして、そうしたホリスティックなことをロジカルなアプローチで理解しようと思えば、どうしても要素分解して、それを組み上げ直すしかありません。それでは何かが抜け落ちてしまい、再現できない可能性が非常に高いです。

ホリスティックなものをホリスティックなまま理解するには、「アナロジー(類推)」で理解する必要があります。例えば、「経営とは何か」を要素分解してロジカルに伝えようとすると、かなりの時間がかかりますが、アナロジーを使って「経営は、子育てみたいなものだ」と言うと、ホリスティックなものも含めて瞬時に多くのことが伝わります。



田岡 ホリスティックというのは、ビジネスの生態系をそのまま理解するということですか。

青木 そうです。私は、ホリスティックなものをホリスティックなままに受け取るためのアナロジーを見つける能力を、文系の学問において訓練するべきだと考えています。

しかし最近は、ロジカルなアプローチの成果が出るということで、文系よりも理系が優位であるという雰囲気になっています。ただし、要素分解とそれらの組み上げによるロジカルなアプローチで世界が構成されたときに、ホリスティックにしか捉えられない価値を捉えて、それを伝達できるという能力が必要になり、もう一度「文系学問」の重要性が再評価される日が来ると思っているんです。

田岡 では、青木さんは、どのようにホリスティックなものを社内で伝えているのですか。

青木 ホリスティックなものを伝播する方法は、A/Bテストを繰り返すしかないと思っています。アートスクールで先生が写真の良し悪しを教えるとき、「2枚の写真を出して、AとBのどちらがいいと思うか」を判断させて、間違っていたとしても「違う」と言うだけで、理由は説明しません。それを繰り返していくと、どちらがいいかが段々、判断できるようになります。

田岡 言語化しなくてもわかるようになる。つまり、AIが猫の写真を判別するのと同じですね。



青木 その通りです。結局のところ、ホリスティックな理解とは、パターン認識なんです。ひとことで言えば、アナロジー化とその練習です。

それを繰り返せば、フィジカルに物事が理解できるようになります。さらに、フィジカルに伝えられるようになると、相手側もフィジカルな記憶や体感からビジネスを理解しようとするので「腑に落ちる」という状態がつくれるんです。

田岡 「フィジカル」というのは、相手も自分の経験と符合させて理解できるということでしょうか。

青木 はい。一方で、ロジカルな説明は理性にだけ働きかけるので、自分の中の体感と結びつくまでに時間がかかるんです。

とはいえ、我々の取り組みの一部が模倣されることはよくあります。ただ、それらは、あくまでも目に見えるものをキャッチアップしているだけです。

そうした模倣されがちな取り組みは、私たちにとっては成果を出すためのものではなく、自分たちなりの新しいパッケージを生み出すための実験であり、思考を重ねる中での途中経過だったりします。模倣している人たちは、私たちが科学的にうまくいくと分かっているから取り組んでいると思っていますが、表面上だけ真似しても仕方がないのです。

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