ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #番外編02
「日本のマーケターも捨てたもんじゃない」 成長に必要なのは、知識の獲得
プロフェッショナルとして重要な3つの要素
田岡 ほかに、これからの時代に活躍するマーケターにとって、重要なスキルや条件は何がありますか。
音部 プロフェッショナルとして重要だと思うことは、3つあります。ひとつ目は、一発屋ではなく安定して結果が出せること、あるいは自分自身が結果を出せる領域がどこかを認識できていることです。
田岡 得意分野を分かっている、ということですか。
音部 そうですね。だから、苦手な領域があってもいいと思うんですよ。
2つ目は、市場創造ができること。これは、“いい○○”の定義を提案し、消費者や市場に受け入れられるということです。
3つ目は、自分自身・組織・後進の育成です。若いうちは自分自身の成長が組織貢献になりますし、立場が変われば、組織あるいは後進の育成にも取り組んでいかなければいけない。
これらに加えて、今後は、マーケティング諸活動の全体設計ができることがマーケターの資質として求められます。全体設計には、「人間理解」が絶対に重要です。なぜなら活動する側も競合もカスタマーも流通も、そして何より消費者もみんな人間だからです。
そのほか理解しておくべきなのは、4P全域や自社のプロダクト、競合のプロダクト、これから台頭しそうな技術やそれに絡む法律、財務や会計の側面、固定費や変動費などのコスト構造。特に固定費は、ブランドマネジャーにしっかりと把握しておいてもらいたいポイントです。
工場などの固定費が大きなブランドは、売上総量を伸ばすことで利益率をぐっと上げられるケースがあります。利益率が上がる閾値はどこなのか、把握できていると頼もしいと思います。一方で、原材料などの変動費もボリュームディスカウントがポイントになるので、一見マーケティング領域には見えないけれど、仕組みを知っておくことも欠かせないですね。
田岡 それらを理解することで、目指す売上のサイズが決まってきますもんね。
音部 そうです。あとは、物流と製造工程です。これは趣味の範囲かもしれませんが、コスト構造に大きく影響していたり、異物混入の危険があったりします。
むかし、あるブランドの製造ラインで、特定の粘度の原材料がうまく攪拌器に入らないことがあったんです。そのとき、原材料が入ったかどうかを検知するセンサーをラインのどこに付けるか、を指示したことがありました。
田岡 それは、すごい。
音部 工場勤務にあこがれてたことがあって(笑)。なぜそんなことができたかというと、何てことはないロジカルシンキング。ラインの分岐を図式化してもらい、センサーを置くべき場所は判断できました。 その設置場所は、工場の人が「あんな狭い場所に付けられない」と思っていた部分でしたが、私は実際のパイプではなく図で見たからこそ判断を下せたんです。無理っぽい場所であっても、そこが最適だと判断できたので設置方法を考案する、という次の課題に挑戦できました。センサーの位置の指定をマーケターができないことはないし、現場の常識がないからこそ実現できたことがあったりもすると思います。
田岡 面白いですね。製造のリードタイムが違えば、プロモーションも変わりますしね。
音部 そうそう。ほかにも、同じラインで複数の商品をつくっている場合、チェンジオーバー(生産切り替え)の時間や製造の順番も、実はマーケティングの部署が絡むことがあったりするんです。
田岡 バリューチェーン全体を見るということですね。
音部 はい。人事や組織も。資生堂で一生懸命に取り組んだことのひとつは、「キャリアパス(新入社員からCMOまでの成長の段階を示した道程)、スキルグリッド(各段階で必要とされるスキルや経験の全容を示した表)、コンピテンシーリスト(要求される行動特性の一覧)」の構築です。これがつくれると、良いマーケターの定義ができるので、目指すべき指針になります。
田岡 音部さんがキャリアのロールモデルをつくったのですね。
音部 そうです。全社一律のリーダーシップ指標だけがあっても、いいマーケターの定義がない会社は多いと思います。しかし、それではいいマーケターにはなりにくいんです。「何をもっていいマーケターとするのか」という定義をリーダーは持っておく必要があります。