ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #番外編01

マーケターの必須スキル 「事象を抽象化して、概念化する力」は、どうすれば身に付く?

前回の記事:
「日本のマーケターも捨てたもんじゃない」 成長に必要なのは、知識の獲得
 エトヴォス 取締役COO田岡敬氏が第一線で活躍するビジネスパーソンから、その人がキャリアを切り開いてきた背景やイノベーションを生み出してきた思考法を探っていく連載企画。今回は、クー・マーケティング・カンパニー 代表の音部大輔氏が登場します。

早稲田大学 商学学術院教授の守口剛教授の新著『プロフェッショナルマーケター』収録の音部氏のインタビューを担当したのが田岡氏。書籍に掲載し切れなかった内容を含めてアジェンダノート特別編集ロングバージョンとして3回に渡ってお届けします。P&Gはじめ国内外でマーケティングを指揮してきた音部氏が教える、マーケターに必要なスキル(第1回、第2回)、影響を受けたマーケターの話(第3回)は必読です。
 
書籍『プロフェッショナルマーケター』。今回の対談はじめ、多数のプロフェッショナルマーケターが登場。音部大輔氏、足立光氏、大江弘祥氏、奥谷孝司氏、清水俊明氏のインタビューは田岡氏が担当。
 

「パーセプションフロー」を開発した思考法


田岡 まずお聞きしたいのが音部さんは、マーケターとしてのご自身の特徴をどのように捉えているのかについてです。いかがでしょうか。

音部 
何でしょうね。強いて挙げれば、P&Gの頃から一貫してポジティブな評価をもらっていたのは、抽象化と概念化でしょうか。

田岡 
それは、物事を抽象化してフレームワークに落とし込むことが得意ということですよね。では、音部さんが発案者として有名な「パーセプションフロー・モデル(注:人の認知変化の流れを構造化し、マーケティング活動の全体像を可視化できるフレームワーク)」は、いつ頃考えたのですか。

音部 
P&Gで衣料用洗剤「アリエール」のブランドマネージャーをしていた頃ですから、27歳でしょうか。もう四半世紀近く前になりますね。
音部 大輔氏
クー・マーケティング・カンパニー / 代表
P&Gジャパン、マーケティング本部に17年間在籍し、ブランドマネジャー、マーケティングディレクターとしてアリエール、ファブリーズ、アテント、パンパースなどのブランドを担当し、市場創造やシェアの回復を実現。のちにUS本社チームでイノベーションの知識開発をマーケティングとして主導。帰国後、ダノンジャパン、ユニリーバ・ジャパン、日産自動車、資生堂など多様な文化背景、製品分野で、複数ブランド群を成長させるブランドマネジメント、組織構築、人材育成を指揮。2018年より現職。博士(経営学 神戸大学)。

田岡 その若さで現代にも通じるフレームワークを生み出せたのは、すごいですね。何かきっかけがあったのでしょうか。

音部 
あれは「アリエール」が除菌の訴求を始めたときの話です。今でこそ除菌は普通にベネフィットを感じられる機能ですが、当時はそうではなく、グループインタビューをしても除菌機能が欲しいと答えた人は、30人中ひとりという状況でした。あとの人は、目には見えない菌と自分との関連性を感じないし、病気になるわけじゃないんだから不要だ、と言うわけです。

その一方で、100万個の菌が付いたTシャツと1万個の菌が付いたTシャツ、どちらも人畜無害だけれど、どちらを着たいかと問われれば、やはり少ない方を選ぶんですよね。除菌は必要だと思われてはいなくても、聞き方次第ではベネフィットを感じさせることが分かりました。除菌にニーズを感じてもらい、「いい洗剤の定義」を変える必要がありました。既存のニーズ構造に乗っかって、「アリエールなら白く洗い上げます」というシンプルなメッセージならテレビ広告を考えるだけでもよかったかもしれません。新しいニーズを感じてもらい、洗剤の良し悪しについて大きく認識を変えてもらうためには、複数の接点を包括的に設計し、管理する必要がありました。そこで必要になったのがパーセプション・フローです。

私の著書の中でも、「“いい〇〇”の定義を変えるのが市場創造で、それがマーケティングの役割だ」と書いていますが、まさにその実行に必要だったんです。 その結果、オーケストラが複数の楽器を統合するように、複数の接点を統合するツールができました。当初の予想以上に強力だったので、以降ずっと使っています。テレビやウェブなどのコミュニケーションの設計に限らず、店頭や施策、パッケージや製品そのものを含む包括的なブランド体験を消費者の認識ベースで設計できる点が便利なのだと思います。

田岡 抽象化が得意なことについては、どう捉えていますか。
田岡敬氏
エトヴォス 取締役 COO
リクルート、ポケモン 法務部長(Pokemon USA, Inc. SVP)、マッキンゼー、ナチュラルローソン 執行役員、IMJ 常務執行役員、JIMOS(化粧品通販会社)代表取締役社長を経て、ニトリホールディングス 上席執行役員。2019年1月21日より、エトヴォス 取締役 COO。

音部 たぶん、私は物事を多面的に見るタイプなのだと思います。“抽象”の反対は“具体”と言われますが、“抽象化”という活動の話にすると、対の概念には“捨象”という言葉があるんです。

田岡 
どういう意味でしょうか。

音部 抽象の「抽」は、抽出に由来しています。対象物から何かを出すという行為は、同時に何かを捨てている。つまり、抽象化とは、いろいろな要素が複合的に集まって形成されている物事から特定の側面を切り出すこと、あるいはそれ以外のものを捨てることを言うんです。

私がしていることは、物事の最も本質的な部分を抽出し、それを汎用性のある形へ体系化することだと理解すると、その初めの一歩は、いろいろな角度から物事を見て、それらの共通項を見出すことだと思います。

田岡 
まずは具体から軸となる要素を抽出して、それをまた具体に当てはめてみる、というように具体と抽象を行き来するのですか。

音部 はい、それは帰納法だと思うんです。それを複数回、繰り返すと公理や定理といったものが見えてきて、それにロジックを加えて演繹的に説明できます。まずは具体物から、どれだけの要素が見えるかが重要だと思います。

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