ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #47

表向きは「そうですね」裏では「やらなくていい」に直面。 オルビス小林琢磨社長は、どう組織改革を断行したのか

表向きは「そうですね」、裏では「やらなくていい」に直面




田岡 先ほど「社内に業績が徐々に悪化していることへの危機感がなかった」とお話されていましたが、そもそも危機感がなければ、改革のスピードを上げたり、リスクのある新しい戦略に挑戦したりできないですよね。どのように社員の認識を変えていったんですか。

小林 
ありきたりなのですが、外部の感覚を取り入れるのが一番効くと思っています。社内研修はよく使われる手ですが、マネージャーの姿勢を変えようと思ったときに、ブランドの本質的なスピリットやポジションは外さず、それをマネージャースタイルという行動指針として山口周さんとつくったり、挑戦者のスピリットという意味ではSHOWROOMの前田裕二さんをお迎えして私とパネルディスカッションをするなど、HRと経営戦略の面からいろいろな施策を仕掛けました。

田岡 
なるほど。一方で、研修は一過性で終わる可能性もありますよね。新しい人材を採用したりしたんですか。

小林 
あまり詳しくは言えないのですが、マネジメント層を市場価値での評価にしていくこと、あとは私が採用に当てる時間を増やしました。学生向けの会社説明会では私が90分間必ず質疑応答まで含めて対応します。本当に欲しい学生であれば、僕が1対1で会っています。1時間使っても断られた、ということもありますが(笑)。それくらい採用には力を入れています。

田岡 
小林社長は「ディセンシアでは、オーナー社長のような感覚だった」とおっしゃっていましたが、その時と今では社長としてのスタイルは変わりましたか。

小林 
やはり起業家的な方法をとっていたディセンシアと、半ばプロ経営者になることが求められるオルビスは違うと感じています。だから、就任した2018年は相当しんどかったです。

それまでオルビスに在籍したことがなく、会社の成長に1ミリも貢献していなかった40歳の私がいきなり社長になり、役員も部門長も全員私より年上。中には表向きは「そうですね」と言っておいて、裏では部下に「やらなくていい」と指示する人もいて「なるほどなるほど、これはマンガで読んだことあるやつだ」と思いました(笑)。あとはマネジメント層でも既存のやり方の改善をしてきた人がほとんどなので、実際は新しい試みについて、どうしたらよいか分からなかった、というのが本当のところなのかもしれません。



田岡 
それはもう最終的には、結果で示すしかないですよね。実力があるから上に立っているわけで、逃げずにその差を見せつけるという。

小林 
まあ見せつけるのではなく、本質的に成長する可能性を高めるための考え方やマインドセットに導いてあげるということですね。あとは、社員の意識を「中ではなく外」に向けていくことが本当に大事です。特に国内では商品単価2000円でワンブランドで500億円に達しているため、市場観点で見れば、さらに拡大させるためにはグローバルを目指すしかないんですよね。

田岡 
すでに何か動かれているのですか。

小林 
現在は中国のアリババが運営する「Tモール」を中心に自社系ECのみのチャネル展開です。中国では美容に対する意識が急激に高まっているため、今年からは1-2級都市のショッピングモールで日本の化粧品を置いている専門店にも取引を増やしていく予定です。

あとはトラベルリテール、つまり免税店も大切ですよね。免税店は「高額商品の爆買い」のイメージがありますが、最近は中国経済も先行きが不透明になっていますし、中国人旅行者も成熟して本質を見抜くようになっています。そのうえ中国でいう3-4級都市に住む人も旅行し始めているため、高価格帯だけでなく我われのような中価格帯も売れるようになっているんです。実際、来月に初めて韓国の中国人旅行者向けの免税店で棚を取るなど、トラベルリテールをかなり強化していこうと考えているところです。国内だけでなく、積極的に海外にも仕掛けていきます。

田岡氏 対談を終えて

 分析や施策実行のためのデジタルツールが充実したことにより、データ活用を前提とした複雑な施策運用が増えています。しかし、事業や施策が複雑化すると、お客さまへのブランドからのメッセージやブランドを体現化する商品は何かが不明瞭になり、施策の相互作用も見えなくなります。小林社長が行っている改革は、事業ドメインを再定義した上で、それを具現化する商品も明確にし、複雑になり過ぎた事業をシンプルにして顧客から見たブランドもわかり易くするというものだと思います。

 社内改革をする場合、何を変えてはいけないのか、何を変えても大丈夫なのか、を明確にすることが重要です。それが見えていると、外から見たら大胆で大きなリスクがあるように見える、インパクトのある施策も打てます。小林さんが行った、事業ドメインや組織に関する改革も小林さんの中では変えても大丈夫と見切れていらしゃったのでしょう。


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