ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #03
全社員がマーケター、ネスレ日本のイノベーションを生み出す仕組み【ネスレ日本CMO 石橋昌文(聞き手:ニトリ田岡敬)】
社内のアワードがイノベーションを後押し
田岡 イノベーションやリノベーションを起こすために、取り組んでいることはありますか。石橋 マーケティングは、マーケティング部門だけの仕事ではないという考えから、2011年から社内で「イノベーションアワード」を開催しています。これは、全社員が自分の顧客を定義して、その問題点を探し、解決策を考えて、実際に業務上で実行したことを提出する企画です。初年度の応募数は79件でしたが、年々増え、昨年は4800件を超えました。社員数が約2500人ですので、1人につき2件ほど応募している計算です。
田岡 すごい数ですね。
石橋 成功したアイデアは実際に、横展開しています。例えば、「バリスタ・タクシー」。これは、「ネスカフェ 香味焙煎」の特別なカップ&ソーサーをつくるために、担当者が佐賀県・有田町を訪れたときに、現地の方から街の観光業を活性化させたいという相談をもらったことから生まれました。
佐賀空港からタクシーで現地に着くまでの30分を持て余してしまうことに悩んでいると聞いて、タクシー車内に「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」のマシンを置いて、無料で淹れたてのコーヒーが飲めるようにしたのです。いざ実施してみると、なかなか好評だったことから、その後はバスなど、他の公共交通機関にも広げています。
田岡 面白い企画ですね。
石橋 そのほかには、「ネスカフェ スタンド」も拡大している企画です。これは阪急電鉄から、駅の売店の利用者が減り、売店を閉めたいけれども無人にはしたくないという話を聞いたことをきっかけに、「ネスカフェ」のコーナーを設置したものです。
実は、「ネスカフェ」は家庭内で飲まれているコーヒーとしてはトップシェアを誇る一方で、喫茶店やレストランなどの家庭外では約3%のシェアしかないという課題を持っていました。スタンドを設置することで、電車を待っている間にコーヒーを楽しんでもらい、普段接触していない層への機会の創出につながりました。現在は、阪急電鉄以外にも取り組みを拡げ、25店舗ほど展開しています。
田岡 一般的に、こうしたアワードから本当の事業が生まれることは少ないですが、なぜネスレ日本では事業化できているのでしょうか。
石橋 単なる賞金だけではなく、成功した事業は全社で横展開していくため、自分の手がけた仕事が全社に知られ、広がっていくことにモチベーションを感じていると思います。さらにポイントは、机上の空論ではなく、実際に業務上で実行した内容であることです。
いろんな企業のアイデアコンテストがうまくいかない理由は、自分の仕事ではなく他部署のことを考えているからです。自分だったら、こうするのにとアイデアを出しても、他部署の人からすると、何度も考えて実行したけれど、うまくいかなかった企画だったりします。本来、自分がやるべきことをせずに、他部署の企画を出すのは生産的ではありません。そういった意味では、自分と自分の顧客を分析した中で問題点を探すというアプローチは正しいと思います。