ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #54

出光興産 CDO三枝幸夫氏が語る、デジタル変革と新サービスの着眼点

 

顧客起点を徹底し、本質的な困りごとを解決できるサービスを考案


田岡 「モノからサービスへ」というテーマはどの企業も唱えていますが、実際にうまくいっているケースは少ないかと思います。でもブリヂストンは、それをとても美しいステップで実現されていますよね。何かきっかけとなる出来事はあったのでしょうか。

三枝 背景には、良いものをつくったからどんどん売れる時代から変わっていることがありました。それで新しい価値をつけていかないとまずいと、先ほどもお話しした通り、お客さまは何に困っているのかを明らかにすることから始めたわけです。

お客さまに困りごとを聞きに行くのですが、最初のころは誰に聞いても「持ちが良くてもっと安いタイヤが欲しい」と言われるばかり。それはそれで分かるのですが、もっと本質的な困りごとを知りたいということで、お客さまのオペレーションに付きっきりで調査をし、何をすれば喜んでもらえるのかを考えました。この調査に一番手間がかかりましたね。



田岡 でも、一番重要なステップだったわけですね。

三枝 はい。それを通して分かったことは、たとえば運送会社であれば荷物を、バス会社であれば人を、正確に効率良く届けることが成果になるので、それに貢献すべきだということ。では、ブリヂストンには何ができるのか。議論を重ねていくなかで、お客さまにとっての本業は荷物や人を運ぶことなのだから、「車のメンテナンスやタイヤのことは、本来考えたくない。できれば、忘れさせてほしいことであるはずだ」という考えに行き着きました。

それならば、「ブリヂストンがタイヤまわりは、全てやるからお客さまは気にしなくて大丈夫です」と言えるようにすればいい。しかも、トータルの運用コストが下がることを実現できれば、と考えたのが原点です。

田岡 サブスクモデルであれば、マーケティングや流通にかかるコストがないので、その分をお客さんに還元できるようになるということですかね。

三枝 そうです。さらに言うと、技術で格差づけできる場も生まれました。ブリヂストンでは、トラック・バス用タイヤのすり減ったトレッドを再生して再利用するリトレッドの事業を推進しています。コストも安く環境負荷も少なくできるメリットがあります。再生品、新品のどちらであってもブリヂストンが品質保証しますから、安心して再生タイヤを使うようになると、とにかく3回も4回も再生できるような超頑丈なタイヤの骨格をつくろうと技術者たちが開発に威力を出すようになる。1回使うだけのタイヤだとどんどん技術格差が出しにくくなって、安い海外製に移る流れもあったのですが、それを食い止める手立てにもなりました。

ただ、このサブスクリプションモデルという方向性を打ち出したのは2015年ごろで、実現には時間がかかりました。



田岡 新しくサービス事業を始めるということで、組織づくりはどのようにされたのですか。

三枝 外部から新しい人材を取り入れるのではなく、社内のいろいろな人材を集めました。たとえば、外部からデータサイエンティストを採用しようと思うと、新入社員でも年収3000万などと言われていますし、とても大きな人件費がかかります。しかし開発部隊に目を向けると、ゴムの分子構造を研究している研究者の中には応用物理学科の出身者がいます。つまり、データサイエンティストとバックグラウンドがほぼ同じ人がいるということなんです。

田岡 研究所でも、実験よりもシミュレーションを通した研究の方が多い時代ですしね。やっていることはデータサイエンティストと同じようなものですよね。

三枝 とても近いスキルです。あとは試行錯誤ですね。だからおもしろかったです。

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