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人生100年時代により変わるビジネス人生の設計 #01

人生100年時代によって変わる、ビジネス人生の設計【デジタルシフトウェーブ 鈴木康弘】

定年後に人生が35年つづく時代に

 近い未来、人間の寿命が100年を超えるようになると言われています。100歳以上の人口は調査が始まった1963年に153人で、98年に1万人、2012年に5万人、15年に6万人を突破し、もはや「人生100年時代」は当たり前の時代になったのだと、この数字を見ても実感します。

 従来の60歳定年、「赤いちゃんちゃんこ」を着て家族皆でお祝いしてもらい、その後は悠々自適の年金生活、なんていうのは昔の話です。年金受給は65歳以上になり、企業もそれに合わせて、60歳定年は変わらずとも、65歳まで再雇用延長(給与は大幅減)といった対応を取るようになりました。
 
 しかし、それで本当に「人生100年時代」に対応できるのでしょうか。65歳で定年を超えた後の人生が35年以上も続くようになるのです。しかも少子化で年金制度も不透明な中、個人は継続的に働かなければいけない時代が確実にやってきます。

 そうした中、企業と個人はどのような関係性をつくればいいのでしょうか。また、個人は社会とどう向き合い、どう稼いで生きていけばいいのでしょうか。そんな疑問に少しでもお答えできればと、筆を執らせていただきます。
 

企業と個人との関係は希薄で、景気に左右

 私がはじめて企業と個人の関係を考えるようになったのは、20代後半のことでした。私は、現在、1965年生まれの53歳です。1987年に大学を卒業し、社会にでました。就職したのは当時、急成長していた富士通。世の中はバブル景気、誰しも将来に不安を感じていなかった時代です。

 企業はお金が余り、設備投資を積極的に実施し、それに呼応するように企業はコンピュータを導入していきました。そんな波に乗り、富士通も仕事が加速度的に増え、私もどんどん仕事を任されました。残業も今では問題になってしまうレベルで、100時間超えは当たり前、ときには200時間を超える月もあったほどです。

 そして1988年から、いわゆるバブル入社組(概ね1988年度から1992年度頃に入社した世代)が登場します。大量採用ですから、入社後5年目に私は主任となり部下は20人を超えていました。給与も毎年、順調にベースアップを重ね、誰しも将来に対し何も不安が無い、目の前の仕事を頑張っていれば、バラ色の未来が待っていると思っていたと思います。
 
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 しかし、ご存知の通り、そんな時代は長く続きませんでした。

 1991年の、いわゆる「バブル崩壊」です。市場は冷え込み、我々の仕事も徐々に勢いを失っていきました。そして90年代後半には、日本のあらゆる企業で「リストラ」という聞きなれない言葉が聞かれるようになりました。

 当時、若かった私には直接は縁の無いことでしたが、40代以上の方々が、家のローン、子供の学費を抱え、それまでが良かっただけに大変なご苦労をされているのを目の当たりにしました。

 「会社を信じて頑張ってきたのに」
 「今の仕事を離れたら何もできない」

 といった、悲痛な声が聞こえてくるのです。私はこの時、企業と個人との関係は希薄であり、まわりの環境に左右され、取り分け景気に左右されるのだ、ということを学びました。

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