マーケターズ・ロード 鈴木康弘 #02
転職を思いとどまらせた父・鈴木敏文の言葉、そして孫正義との出会い【デジタルシフトウェーブ 鈴木康弘】
2018/08/23
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希望して営業に配属、トラブル収拾に取り組む
当時のソフトバンクは、売上高 1千数百億円(編集部注:1996年度は1968億円)で、PCソフトの流通と出版事業が2本柱となっていました。孫さんから何をやりたいかと尋ねられた僕は、営業を希望しました。約10年の経験を積み、SEとしての仕事にはそれなりに自信がついていましたから、次はまた違うことをやりたいと考えたのです。そうしてコンピュータソフト販売営業課に、課長代理として配属されました。
なかでも、トラブルだらけのプロジェクトに入らせてほしいとお願いしました。現状を把握し、タスクを分け、課題を抽出し、整理する……SEにとって、トラブル収拾は得意分野です。普通の営業社員があまり得意としないことを、これまでの経験をフルに活かしてやってのけたことで評価され、翌1997年には課長に昇進しました。
ソフトバンクに入社した僕は、次のような目標を立てました。
1年目 ソフトバンクのルールをきちんと覚えること。
2年目 ソフトバンクのルールの中で成果を挙げること。
3年目 自分が正しいと思う提案をしていくことです。
これを達成するために、僕が入社後、少し経ってから始めたこと。それは、日中の営業活動を終えた後、夜に情報システム部を訪ねて、ソフトバンクのシステムの仕様書を見せてもらうことでした。
仕様書を見れば、ビジネスの仕組みがすべてわかるからです。SE、そして営業を経験してきて、次は経営企画に携わってみたいと思い始めていたのが、その頃でした。起業したいという考えこそまだありませんでしたが、経営を勉強したい気持ちは強まっていて、そのためにソフトバンクのすべてを知りたいと思ったのです。
実際、仕様書を読んでいると、現状の課題や改善すべきポイントが見えてきました。例えば、それまで顧客からの受注はすべて電話で対応していたのですが、これはオンライン化したほうがスムーズなのではないかと考え、そのためのシステムを提案・設計しました。
入社2年目に設計したこのシステムが、のちの「ソフトバンクオンライン」です。こんなふうに、SEとしての経験・スキルを活かした試みを行いながら、営業としても着実に成果を積み重ねていきました。
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