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ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #08

2代目社長 新方針へ反発、出店取り止め。ドラッグストアチェーンのサツドラは、社内改革をどう進めたのか

前回の記事:
人は強制的にやらされていることは、習慣化しない【吉野家 田中安人】聞き手:ニトリ田岡敬

 ニトリホールディングス 上席執行役員 田岡敬氏が、第一線で活躍するビジネスパーソンから、その人がキャリアを切り開いてきた背景やイノベーションを生み出してきた思考法を探っていく本連載。

 第4回は、ドラッグストアチェーンの2代目社長として、グループを大きく成長させているサツドラホールディングス 代表取締役社長の富山浩樹氏が登場。

 2007年の入社後に改革を進め、2015年に社長に就任。店舗数や売上(2018年5月期 784億円・国内202店)を伸ばすだけでなく、地域ポイントカード「EZOCA(エゾカ)」やAI(人工知能)の事業子会社化、WeChat Pay導入支援事業など、新事業を次々に実行し、業界内外から注目を集めている。富山氏のこれまでのキャリアと、新事業を考案してきた思考の裏側を探った。

卸での経験から、他社とのギャップに危機感

田岡 サッポロドラッグストアー(※2016年にサツドラへ名称を変更)は、現会長である富山さんのお父さんが創業し、社長を務めておられました。富山さんご自身は、サツドラ入社以前に日用品卸の企業におられましたが、いずれ事業を継ごうというお考えはあったのですか。

富山 いえ、そもそも父とそのような話をしたことすら、ありませんでした。ただ、孫が生まれたからなのか、私が30歳のときに急にそんな話になったんです(笑)。

富山 浩樹 氏
サツドラホールディングス
代表取締役社長

1976年札幌生まれ。札幌の大学を卒業後、日用品卸商社に入社。福島や東京での勤務を経て2007年サッポロドラッグストアーに入社。2015年5月に社長就任。2016年春からは新「サツドラ」ブランドの推進をスタートし、インバウンドにも力を入れる。また2016年8月にはサツドラホールディングスを設立し代表取締役社長に就任。

田岡 入社された当初は、どのような役割を担っておられたのですか。

富山 2007年に入社して最初の1年は店舗で店員として働き、その後、半年ほど店長を経験しました。サツドラ入社以前は、卸の営業として全国展開する大手小売チェーンを担当していため、現場で働いたことで、サツドラの良いところはもちろん、やはりオペレーション上の課題が見えたことが大きかったですね。

田岡 サツドラの良いところと悪いところは、具体的にどう感じましたか。

富山 北海道の人が持つ気質のようなものもあるかもしれないのですが、ほとんどの社員は素直です。「こうしよう」と言ったことに対してすぐに対応しようとするし、仲も良いので、「みんなで一緒に」という風土がありました。

 ただその分、自ら考えて行動するという主体性は、弱いと感じました。また、POPをみんなで手書きするなど、仕組み化されていない部分も多かったのです。ほとんどが個店対応で、仕入れの権限は本部にあるにも関わらず、本部の指示は突発的なもの以外ほとんどなかったため、季節商品も含め各店舗のさじ加減で発注しているような状態でした。

 そのくせ、後になって本部から同じ商品が送り込まれ、その商品の在庫が2倍になるということも。自動発注もなく、ほとんどが勘と度胸に頼っていましたね。
 

専門部署を立ち上げ、業務改革に着手

田岡 その状態を、どのように変えていこうとされたのですか。

田岡 敬 氏
ニトリホールディングス
上席執行役員

リクルート、Pokemon USA, Inc. SVP、マッキンゼー、ナチュラルローソン 執行役員、IMJ 常務執行役員、JIMOS(化粧品通販会社)代表取締役社長を経て、現職。ニトリのデジタル戦略を担当している。

富山 店長のときの経験から、まずは商品の仕入れから変えていくべきだと考えて、商品部に入りました。そこでバイヤーをしていたのですが、そもそも本部が整っていないため、アナログな業務がどうしても多くなってしまうことに気づきました。

 そこで少しでもオペレーションの標準化ができる仕組みをつくりたいと考えて、業務改革推進室という適当な名前を付けて、何でもできる部署を立ち上げてもらいました。

 最初に、取り組んだのは倉庫整理です。というのも、古参の社員も多い中で中枢の営業部門に手を入れれば、それだけハレーションも大きい。当時は一人ぼっちでやっていたようなものだったので作戦を立てて、効果が大きくてハレーションも起きづらいところを押さえようと考えたんです。



田岡 なるほど。一般に花形の部署ではないので、確かに注目は集まりづらいですね。

富山 そうなんです。倉庫の業務改善のために、5S3定(整理・整頓・清掃・清潔・躾、定位・定品・定量)のルールをつくりました。当時は、同じく札幌を発祥とするニトリで物流を担当していた方に入社してもらったりもしましたよ。

田岡 倉庫整理は、具体的にどのように進めていかれたのですか。

富山 まずは捨てることから始めました。過剰在庫もそうなのですが、販促物の山も問題でした。ただそれを捨てようとすると、例えば化粧品担当のパートさんなどが「私がとっておいたものを勝手に捨てられた」と泣くんです。ハレーションが少なそうなところを選んだものの、実際には結構ありましたね。

田岡 ハレーションは、どのように収めたのですか。

富山 部署でほぼ全店舗を回り、当時うちにはあまりなかった倉庫整理マニュアルや3定の仕組みなどを説明していきましたね。

 トップダウンの会社だったこともあり、当時の社長と常務だった営業本部長以外の発信で会社が変わるということ自体が、社員にとっては衝撃的だったようです。そうした中でも、少しずつ賛同してくれる人が増えて、仕組み化を進めていくことができました。
 

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