国境は地図の上にない、心の中にある #01

生理用品売り場で悩む父と娘。元ユニ・チャームグローバルマーケティング本部長の「マーケティングの根幹」となった原体験とは

 

プロとして売り場に立つことの大切さ


 入社後、私は営業に配属になり、大阪で2年半、山形で2年半、岩手で3年ほど仕事をしました。大阪では量販店の担当としてスーパーマーケットを回り、山形と岩手では県の担当としスーパーマーケットと薬局、雑貨屋のすべてを担当しました。

 現在では考えられませんが、本当に休みがありませんでした(笑)。生理用ナプキンやおむつを販売しているお店に直接営業に行くのですが、月曜日から木曜日はお店を回って注文を取り、金曜日は週末のイベントのために売り場づくりを手伝い、土日はその売り場に立って直接お客さんに販売をしていました。当時はそれが普通だと思っていましたね。

 店頭で直接お客さんと接して商品を販売したのは、とても大きな経験でした。女性の立場からすると、女性向けの商品である生理用ナプキンを男性が売るということに抵抗があるのは当たり前ですが、それを打ち破って販売していました。



 2つほど興味深い話をしましょう。ひとつ目は、スーパーの店頭にあるナプキン売り場の前で陳列をしていたときのことです。少し年配の女性のお客さんが来て、「兄ちゃん、悪いけどあっちに行ってくれる?」と言われたので、男性が売り場にいると買いにくいのだろうと一度は下がりました。ただ、その女性はどの商品にしようか悩んでいる様子だったので、私は思い切って「ユニ・チャームに勤めているのですが、何か困ったことはありませんか?」と尋ねてみました。

 当時、私は23、24歳くらいの若造だったこともあり、ものすごく嫌そうな顔をされました。でも、その女性は嫌々ながら「経血の量が多いから、夜に漏れることがある」と話してくれました。それなら「この商品とこの商品を組み合わせるといいですよ」と生理用ショーツをすすめると、「なるほど、よく分かった」と言って、その女性は喜んで買ってくれました。その経験から「男性の販売員でも生理用品を買ってくれるんだ!」とわかりました。

 もうひとつ、これも店頭でナプキン売り場に立っていたときのエピソードです。お父さんと娘さんらしき2人組がやってきて、お父さんが私に「この子は間もなく初潮を迎えるため、生理用品を買わないといけないのですが、何がいいですか?」と尋ねてきました。詳しく話を聞くと、お母さんは亡くなったため、娘さんがお父さんに相談したものの、よくわからないから、とりあえず店頭に来たそうです。

 まず私は娘さんに「良かったね、おめでとう」という話をしました。そこから「生理はとても素晴らしくて大事なことだから、よかったら私の話を聞いてほしい」と伝えて、ナプキンの交換の仕方や選び方、使い分け方や日常生活の過ごし方などを説明しました。そうしたら、お父さんと娘さんはとても喜んで、たくさん買って帰っていきました。

 男性の産婦人科医がいますが、なぜ妊婦が診察を恥ずかしく感じにくいかといえば、その人を「プロだ」と認識しているからです。生理用品の販売でも、自分自身がプロとして店頭に立てば、医者と同じように本当に困っていることを相談してくれるのだと気付きました。このような経験を何度か重ねたことが、私の大きな転換期となりました。

 冒頭で話した父親の商売と同じように、私は「お客さんに喜んでもらえることが楽しい」と思ったんです。そう思うと、もっとお客さんに喜んでもらうためにはどうしたらいいかを考えるようになり、お客さんのことをさらに知りたくなります。お給料のためだけではなく、自分自身がワクワクしたいから、そう思うようになるんです。

 そうして取り組んでいると当然、売上もあがります。すると今度は店の人が喜んで、「ありがとう。君に頼んでよかったよ」と言ってくれます。お客さんにも、店にも、喜ばれることがすごく嬉しかったですね。

 そこから、私は商売としてお客さまに喜んでもらうことが売上につながり、営業先の店舗の人にも喜んでもらえる。結果的に、企業としての成長にもつながることを実体験として学びました。

※後半に続く
他の連載記事:
国境は地図の上にない、心の中にある の記事一覧
  • 前のページ
  • 1
  • 2

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録