国境は地図の上にない、心の中にある #09

グローバル企業の寡占状態にあったインド・おむつ市場で、ユニ・チャームはどうシェアを伸ばしたのか?【元ユニ・チャーム 木村幸広】

前回の記事:
インド市場の開拓、その裏側を元ユニ・チャーム 木村氏が語る
  ユニ・チャームで30年以上に渡りマーケティングに携わり、タイ法人及びインド法人の代表などを歴任し、同社の海外の重要拠点の黒字化に成功した経験をもつ木村幸広氏。この連載では、世界で活躍するマーケターになるまでの軌跡を辿りながら、グローバルで成功する要件と、マーケティングに重要な消費者視点などを紐解いていく。第9回は、2008年から約10年間駐在したインドでのパンツ式おむつの普及や、ブランドの重要性を感じた経験について紹介する。
 

高いモノ作りの技術力評価を背景に、成長機会の大きい日本製品


 タイ駐在後、2008年からインドに行きました。当時、インドに参入していたFMCG(Fast Moving Consumer Goods:商品回転率が高い消費財)の日本企業はユニ・チャーム、ヤクルトさん、フマキラーさんなど5、6社でした。日本人の駐在員は5000人くらいしかおらず、インドの主要都市であるデリー、ムンバイ、バンガロール、チェンナイ、カルカタの5つのエリアを中心に点在していました。

 当時、インドで最も尊敬されていたFMCG企業はヒンドゥスタン・ユニリーバさんでした。その他も、ネスレさんやP&Gさんなど欧米の会社ばかりでしたね。インド中にヒンドゥスタン・ユニリーバさんの商品が200~300万店以上も展開されている状況で、日本企業がゼロからインドに進出するのは本当に大変でした。予算の立て方や現地でのネットワークのつくり方など、すでに参入している先輩企業から学びながら手探りで進めていきました。

 当時、インドで知られていた日本メーカーはスズキさん、トヨタさん、ホンダさん、日産さん、パナソニックさん、日立さん、ソニーさんといった自動車や電気メーカーが中心です。現地の人に「Made in Japanの商品はどうですか?」と聞くと「技術力はあるよね」と返答されるものの、実際には比較的低価格の韓国などのメーカーが多く使われている状況でした。

 その理由は、消費者に日本の技術に基づく製品の本当の良さや競合との違いを理解してもらえていなかったからだと思います。実際、それをいかに理解してもらうかが非常に難しかったです。
 

紙おむつの普及率がゼロに等しいインドに参入


 当時、インドのおむつ市場全体は、布おむつが99%以上で、紙おむつは1%未満しかありませんでした。市場構造はタイに進出したときとほぼ同じで、紙おむつ市場をグローバル企業の2社が8割以上のシェアを占めていました。特に世界No.1ブランドのテープ式おむつが展開されていたので、後発のユニ・チャームがテープ式で参入しても難しいだろうと考えました。

 パンツ型紙おむつは履くだけなので使用方法が分かりやすく、布おむつやテープ型紙おむつから切り替えてもらえる可能性が高いと考えました。タイではテープ型で挑みましたが、インドではパンツ型で勝負することにしました。
  
インドの店頭で店主と握手をする木村氏

 シェアゼロの状態からの参入でしたが、ユニ・チャームが一気にシェアを伸ばし、やがて他社もパンツ型のおむつを出し、紙おむつ市場の約85%がパンツ型に変わりました。テープ型に比べて、パンツ型は普段の下着と同じように履かせるだけという分かりやすさが功を奏し、ユニ・チャームはおむつ市場全体の約30%のシェアを獲得できました。ただこれは、まだ普及の初期にある紙おむつ市場の中で競合と戦うのではなく、布おむつを含むおむつ市場全体を視野に入れて市場を拡大することができたからだと思います。私は現地でスタッフに対して、『シェアが上がったからといって喜んでいる場合ではない。市場が普及途上にある国で仕事をしている我々はいわば100万ラウンドのボクシングをしているようなものだ。我々は100万ラウンドの第一ラウンドのゴングがなったあと1秒後に出したパンチがラッキーにも当たっただけだ』と話していました。

 実は、当時のインドは布おむつしか使ったことがない人が多く、さきほどお伝えした通り紙おむつの使用率は1%未満で、使用者一人あたりの使用枚数もわずかでした。まずは、紙おむつそのものの良さを理解してもらうことが一番のポイントでしたね。

 インドは人口も多く、当時も赤ちゃんの数が世界一(今年ついに全人口で世界一になりますね)というほどマーケットのポテンシャルは高いのに、圧倒的に紙おむつの普及率が低かったのです。その背景にはおむつに対して、「高くて買えない」「何がいいかわからない」「紙おむつは贅沢品」というイメージなどがありました。そのような状況で、新しいマーケットをつくろうとさまざまなことに取り組みました。

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