ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #11
シリコンバレーのベンチャーキャピタリスト宮田拓弥が、投資先を決めるために実践している情報収集術と思考法【聞き手:ニトリ田岡敬】
新卒で米国に渡り、ソフトエンジニアに
田岡 宮田さんは大学卒業後、日本の会社に行かず、米国の企業にソフトウェアエンジニアとして入社されています。そもそも、きっかけは、何だったのでしょうか。宮田 僕はもともとコンピューターに興味があって半導体の研究者を目指していたのですが、大学時代に今後はソフトウェアが盛り上がるということを予想し、エンジニアになることを決めました。
ただ、僕が大学院を卒業した1997年は、日本で新卒採用をしているソフトウェア会社が少なく、自然と米国に行くという選択肢になったのです。当時は英語もまったく話せなかったので、今思えば大胆な決断でしたね。就職活動では日本のメーカーや商社なども受けましたが、やりたいことをやるには米国企業しかないという結論に達したんです。
田岡 そうして入社されたのは、どのような企業だったのですか。
宮田 後にヒューレット・パッカードに買収されたElectronic Data Systemsで、日本でいうSIerのようなシステム開発会社です。そこに2年間勤め、先輩が立ち上げた会社に参画して、米国のベンチャー企業が日本市場に参入するための戦略をつくっていました。当時はネットバブルで、多くの会社が日本参入を目指していたんです。
その仕事を通じて、米国にたくさんの知り合いができました。そして、その際に知り合った人とNeven Visionという会社を立ち上げました。それが29歳のときです。
田岡 Neven Visionは、どのような会社だったのですか?
宮田 顔認識技術の会社です。そこでは日本法人の社長を務めていましたが、2005年にGoogleに買収されたため、もう一度日本で会社を立ち上げます。
その後、その会社がmixiに買収されたことをきっかけにmixiの経営に携わるようになり、米国法人の社長時代に、ベンチャー企業への投資を経験してベンチャーキャピタル(以下、VC)の面白さを知ったんです。米国でベンチャーに投資している日本人は全然いなかったため、これはチャンスだと思い、スクラムベンチャーズを設立しました。