探訪!大学マーケティングゼミの現在地 #02

【獨協大・有𠮷秀樹ゼミ】企業ルーツから深掘るインタビューで多角的に解像度を上げる

前回の記事:
【早稲田大・守口剛ゼミ】 明確な目標と怒涛のフィードバックが最高のアウトプットを生み出す
 企業におけるマーケティングの重要性が増す中、優秀な人材の供給源として熱視線が注がれる大学のマーケティングゼミ。しかし学生の進路や考え方も多様化する中、今の学生はマーケゼミに何を期待し、学んでいるのか。また、学生ならではの感性や手法から、現役マーケターが参考にできるポイントはあるのか。

 キャンパスを舞台に活発なマーケティング研究を展開するゼミナールを探訪するAgenda noteの本連載。今回は徹底的な分析とインタビューで企業の解像度を上げ、多角的にマーケティング戦略を立案する獨協大学(埼玉県草加市)経済学部経営学科の有𠮷秀樹教授のゼミにお邪魔した。
 

経営者層のファミリーヒストリーに迫る


 獨協大学でマーケティング戦略、ブランド戦略の教鞭を執る有𠮷秀樹教授は一風、変わった経歴の持ち主だ。元々は法学部を卒業し、富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に就職。企業への融資業務を担当した際、膨大な決算書類を読み込む中で、同じ業種や似た環境にある企業でも、財務諸表に現れる結果が大きく異なることに興味を持った。

「経営トップ層の意思決定の違いが数字の差に表れるのではないか」。経営を動かす人間の心理や判断のメカニズムを学術的に解き明かそうと、20代後半で初めてマーケティングを学び、研究の道に入った。
 
有𠮷 秀樹 氏
獨協大学 経済学部経営学科 教授

 1997年 早稲田大学法学部卒業。株式会社富士銀行(現:みずほ銀行)にて融資・外国為替業務に携わる。その後、研究者の道に転身。2004年 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程修了。博士(学術)。2006年 獨協大学経済学部に奉職し、2016年より現職。
長年にわたり墨田区を中心に中小企業の経営支援コンサルティングを実施、ベンチャー企業の設立やスタートアップ時の経営にも積極的に参画するなど、アカデミックとビジネスのシナジーを目指して活動している。近年では、経営で培った知見を地域活性化に応用する手法にもその関心を広げている。
著書に『マーケティングの新視角~顧客起点の戦略フレームワーク構築に向けて』 創成社 2014年、『自分の「軸」を作る セルフ・ブランディング~経験に学ぶ戦略的キャリアの形成』(編著) 中央経済社、2013年、『コーポレート・ブランド価値計測モデルの提唱』白桃書房 2008年、『企業価値向上のマーケティング戦略』中央経済社 2007年、『現代マーケティングの革新と課題』(分担執筆)東海大学出版会 2005年がある。

 そんな有𠮷教授のマーケゼミは、実にユニーク。基本的には特定の企業のマーケティング戦略立案にチームで4カ月かけて取り組み、最後はプレゼン発表するプロジェクト型のケーススタディーになるのだが、中でも特徴的なのが企業へのインタビュー。対象企業の経営者層や幹部経験者のほか、場合によっては競合企業や異業種企業に直接取材し、対象企業を多角的に深掘りするのだ。

 そのインタビューも、通り一遍の経営戦略を聞くのではない。経営者の生い立ちや、創業家の複雑なファミリーヒストリー、清濁入り乱れた深部までとことん聞く。むき出しの言葉を引き出すため、コロナ禍ですら、可能な限り対面取材にこだわったという。

 主体となるのは2年生で、今年度は4人。4月にゼミに入った彼らにとって、インタビューに向けた質問作成がプロジェクト前半の要となる。編集部が取材した日は「プリンスホテル」を対象企業に据え、その母体である西武グループの創業家である「堤家」の人間関係にフォーカス。その秘書だった人物へのインタビューを間近に控え、どんな質問をするべきか、ディスカッションを行っていた。
  
西武グループ創業家についての質問案を映し出し、主体となる2年生のほか、上級生やOBも交えてディスカッション(右は有𠮷教授)

「創業者の堤康次郎は息子たちをどのように評価していたか」「プリンスホテルを築いた五男の猶二氏はどんな人だったか」「廃嫡された人もいたようだが、どこまでが『堤家』だったのか?」

 歴史系書籍や資料をめくりながら、プリンスホテルや西武鉄道、西武百貨店などの源流となる巨大グループを一代で築き上げた創業者・堤康次郎や、その事業を分担して受け継いだ子孫たちとの関係性について、2年生が考えてきた「質問案」と想定する「仮説」について、上級生や有𠮷教授がフィードバックし、議論を重ねる。

 有𠮷教授によると、こういった歴史的なアプローチが企業の「性格」を浮かび上がらせることに役立つ。特に歴史ある企業の場合、理念や事業の方向性、あるいは人事や立地などには、経営者の思想や人間関係が背景に潜んでいることが少なくないからだ。

 綿密にリサーチした上で、キーマンへのインタビューで生身の声を吸い上げることで、対象企業をより多角的に深掘りできる。さらに消費者分析の結果も組み合わせることで、プロジェクト終盤には成果となるマーケティング戦略が「自然と降りてくる」のだという。

「降りてくる、という表現が一番、当てはまると思います。大切なのは、主体的にとことん考え抜くことです。社会に出れば、限られた時間の中で、実効性や実現可能性の高い戦略が求められますが、私のゼミでは、戦略の実現可能性はあまり求めません。

 時間がたっぷりある学生だからこそ、みっちりと資料を調べ、何人もの対面インタビューを重ねることで、その企業・人の性格や、業界の中での位置付けを正確に理解することを重視しています」

 戦略を披露するプレゼンでは、基本的にゼミのOB・OGや取材対象者を招く。ここでは、それまで膨大な時間をかけて調べ上げた成果をそのまま伝えるのではなく、短時間にポイントをシンプルに説明することが求められる。そのため、スライド資料を工夫するほか、劇を取り入れて分かりやすく表現することも。「本番前は演劇部のようになっています(笑)」。

 戦略の実現可能性はそこまで求めない。とは言え、研究対象となった企業にとっては、自社についてそこまで考え抜いてくれた学生の意見は、貴重な示唆を与えてくれるに違いない。過去には実際に対象企業にプレゼンし、「その後の施策を見ると、参考にしてくれたのかな、と思うこともありました」(有𠮷教授)。

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録