探訪!大学マーケティングゼミの現在地 #02
【獨協大・有𠮷秀樹ゼミ】企業ルーツから深掘るインタビューで多角的に解像度を上げる
データに現れない企業の深部を探る
有𠮷ゼミでは2年生の戦略立案プロジェクトのほか、3年生が行う個人研究、4年生の卒論研究でもインタビューを積極的に活用しており、毎年延べ15~20人ほどにインタビューを行う。対象は企業の経営者層や元幹部のほか、政治家や官僚、自治体関係者や医師会など、業種も職種も多岐にわたる。
インタビュー内容は外部に出さないことを前提としており、だからこそマスコミや公式ホームページには出ないような話をしてくれる人が多い。話し始めると止まらず、4時間半ものロングインタビューになったこともあった。
それらのインタビュー記録は、ゼミ生にとって貴重な「資産」となっている。上級生は下級生を指導する際、過去のインタビューなどから得た知見をもとにアドバイスすることができ、それによって企業研究がより一層深まるのだ。
「経営者層から対面でいただく言葉には厚みがあり、学生にとっては研究材料という以上に心に響きます。企業に就職すると、なかなか他企業の深い話をじっくり聞ける機会はありません。学生だからこそ可能な、貴重な経験なのです」(有𠮷教授)
「プリンスホテル」のプロジェクトでは結果的に、ホテルオークラ 代表取締役社長の梅原真次氏や、星野リゾート 代表取締役社長の星野佳路氏といったホテル業界の重要人物に6回ものインタビューを行った。
OB・OGとの繋がりが強いのも有𠮷ゼミの特徴だ。「社会に出て一層、ゼミ活動の有意義さを実感した」と語る卒ゼミ生でデロイト トーマツ税理士法人に勤める関根優子氏は、業務で多忙な現在も、休日などにゼミのインタビューに同行することがある。「普段は到底会えないような方の深い話が聞けるのは勉強になるし、業務でも職位の高い人に対して物おじせずきちんと話すのに役立っていると思います」
獨協大学で長年にわたりマーケティングを教えていた故・大久保貞義教授のゼミ同窓会とも連携する。取材日に顔を出していた同ゼミOBでグローバルコンサルティング 取締役副社長COOの村上翔氏も、企業人の立場から鋭い質問やフィードバックを現役生に浴びせていた。
数値的なデータよりも、資料やインタビューから企業を分析しようとするゼミの活動は一見、データドリブンが重視される現代のマーケティングや企業戦略の潮流からすると、ユートピア的に見えなくもない。しかし、村上氏は「近年のコンサルティング業界では、人間の不確実性を勘案しないデータ偏重の戦略に疑問の声が投げかけられています。数字には現れない企業や人の深部を理解しようとする彼らのような姿勢は、これからの時代、重要になってくるのではないでしょうか」と指摘する。
有𠮷ゼミはその熱量の高さから大学内で「キツいゼミ」と評される一方で、「就職に強いゼミ」としても知られる。卒業生の就職・内定先にはKDDIやそごう・西武など大企業のほか、報道機関も名を連ねる。インタビューやプレゼンを通して培われた思考力やコミュニケーション力、表現力のほか、時間・場所を問わず集まって何時間も議論し続ける胆力が、結果的に企業が欲しい能力にも結びついているようだ。
ゼミ長で4年生の佐藤良祐さんは、経営者である祖父の背中を追って経営・マーケティングの勉強を志したほか、「高校まで続けていたスポーツに代わるような日常の核となる活動に取り組みたいという思いもあって」有𠮷ゼミに入ゼミ。2年生の頃にはみずほフィナンシャルグループを研究対象として、日本興業銀行元常務取締役などにインタビューを行った。卒論に取り組む現在は、これまでのゼミ活動でたびたび見え隠れしてきた財閥や巨大企業グループに焦点を当て、日本経済に多大な影響を及ぼしてきた彼らの存在を浮かび上がらせようとしている。「有𠮷ゼミで培った、多角的にとことん考え抜く思考力を武器に、将来は祖父のように経営にも携わるようになりたいです」。
有𠮷教授はゼミ以外でも「社会を生き抜くセルフブランディング」という講座を開講し、多様なキャリアを持つ社会人を招いている。学生たちにさまざまな人生哲学に触れてもらい、目指すべき社会人像を模索してもらうのが目的だ。「大学時代は社会人の準備期間。その土台作りを手伝いたいと思っています」(有𠮷教授)。
数値やデータに現れない人や企業の深部を探ることで、多角的に企業解像度を上げていく有𠮷ゼミの戦略立案の手法。簡単に真似できそうにはないが、不確実性が増すこれからの時代、参考になるアプローチかもしれない。
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