キャリア
NTTドコモ、パイオニア、JTB、三井住友カード、パナソニックが直面するマーケティング人材の育成・組織開発のリアル
2025/06/30
デジタル化やAIの進化により、ビジネスの現場は急速に変化している。こうした環境下では、顧客を深く理解し、最適な価値を提供することが企業の競争力につながるため、マーケティングの重要性はますます高まっている。しかしその一方で、優秀なマーケターの採用や育成に悩む企業も少なくない。特に消費者の価値観の変化やテクノロジーの普及を背景に、マーケターに求められるスキルは複雑かつ高度になっている。
そこで企業におけるマーケティング人材の育成の現状と課題について議論するアジェンダノート主催の「マーケティング人材育成・組織開発 研究会」が2025年3月に開催された。本研究会では「今、どんなマーケティング人材が必要なのか」「どのように育てていけばよいのか」「組織やチームとしてどう成長していけるのか」といったテーマを軸に、ブランド企業5社による取り組みや課題、成功事例の共有を通じた活発な議論が行われた。前編では、モデレーターを務める菅氏が「マーケティング人材育成と組織開発」に関して、多様な育成アプローチを整理するために注目している「守破離」のフレームワークを紹介した。後編では、NTTドコモ、パイオニア、JTB、三井住友カード、パナソニックの5社の取り組みと課題、成功事例など現場のリアルな視点を交えた議論が行われた。
そこで企業におけるマーケティング人材の育成の現状と課題について議論するアジェンダノート主催の「マーケティング人材育成・組織開発 研究会」が2025年3月に開催された。本研究会では「今、どんなマーケティング人材が必要なのか」「どのように育てていけばよいのか」「組織やチームとしてどう成長していけるのか」といったテーマを軸に、ブランド企業5社による取り組みや課題、成功事例の共有を通じた活発な議論が行われた。前編では、モデレーターを務める菅氏が「マーケティング人材育成と組織開発」に関して、多様な育成アプローチを整理するために注目している「守破離」のフレームワークを紹介した。後編では、NTTドコモ、パイオニア、JTB、三井住友カード、パナソニックの5社の取り組みと課題、成功事例など現場のリアルな視点を交えた議論が行われた。
<参加者>
・NTTドコモ コンシューマサービスカンパニー マーケティングイノベーション部 プロデュース推進 担当部長 浜田淳氏
・パイオニア CMO 最高マーケティング責任者 井上慎也氏
・JTB ブランド・マーケティング・広報チーム マーケティング担当マネージャー 大泉智敬氏
・三井住友カード マーケティング本部 IT戦略本部 プロダクトオーナー 伊藤亜祐美氏
・パナソニック デザイン本部 コミュニケーションデザインセンター メディアプランニング部 データドリブン担当主幹の増田健二氏
<モデレーター>
・ベストインクラスプロデューサーズ 代表取締役社長 菅恭一氏

NTTドコモが直面した「変わらない組織」の壁と挑戦
研究会の後半では、菅氏が配布した「問題・課題ダイアグラム」をベースに、各社の人材育成についてディスカッションが行われた。

ベストインクラスプロデューサーズ
代表取締役社長
菅 恭一 氏
2004年、朝日広告社にてデジタルマーケティング組織を起案。10年間マネジメントを行った後、2015年4月、デジタル時代のマーケティングプロデューサー集団、株式会社ベストインクラスプロデューサーズの創業に参画。「マーケティングの力で、人生を楽しめる人を増やす」というビジョンを掲げ、VMV策定、人間理解、価値設計、市場定義、顧客体験設計、RFP、チームビルディングなど各プロセスで方法論を開発し、クライアントサイドに立った伴走型支援を行っている。マーケティング分野のカンファレンスにも多数登壇。ad:tech Tokyo 1st place moderator、マーケティングアジェンダ沖縄プレゼンテーションアワード3年連続優勝、宣伝会議教育講座講師など。著書『マーケティングフレームワークの功罪』(日経BP)
代表取締役社長
菅 恭一 氏
2004年、朝日広告社にてデジタルマーケティング組織を起案。10年間マネジメントを行った後、2015年4月、デジタル時代のマーケティングプロデューサー集団、株式会社ベストインクラスプロデューサーズの創業に参画。「マーケティングの力で、人生を楽しめる人を増やす」というビジョンを掲げ、VMV策定、人間理解、価値設計、市場定義、顧客体験設計、RFP、チームビルディングなど各プロセスで方法論を開発し、クライアントサイドに立った伴走型支援を行っている。マーケティング分野のカンファレンスにも多数登壇。ad:tech Tokyo 1st place moderator、マーケティングアジェンダ沖縄プレゼンテーションアワード3年連続優勝、宣伝会議教育講座講師など。著書『マーケティングフレームワークの功罪』(日経BP)
問題・課題ダイヤグラムは、自社における「ありたい姿」と「現実の姿」を書き出し、そこにあるギャップを問題として捉えるもので、自社の課題を客観的に把握し、今後の改善につなげる視点を持つのに役立つという。

最初に発表したNTTドコモ コンシューマサービスカンパニー マーケティングイノベーション部 プロデュース推進 担当部長の浜田淳氏は、現在の組織のあり方について「当事者意識の低さ」と「0から1を生み出す力の不足」という2点を課題として挙げた。浜田氏は「社員の多くが与えられた仕事を着実に遂行する能力は高いものの、新たな価値を生み出す創造的な行動には消極的であり、何か新しい挑戦を始めようとすると前例を探す姿勢が根強く残っています。こうしたマインドが、組織全体のエンゲージメントを低下させており、実際に社内調査でもその傾向が表れていることが課題です」と語った。
さらに浜田氏は、課題を大きく2つの側面に整理して説明した。ひとつ目は、ナレッジ共有やメンター制度といった「場」は整備されているにもかかわらず、それが効果的に機能していない点だ。制度はあっても、社員側に活用の意識がなかなか根付かず自発的な学びや対話が生まれにくい状況だという。
2つ目は、目標設定と評価制度の構造的な問題だ。目標達成型の評価制度ではハードルを上げすぎると達成が難しくなることから、安全圏を狙ったコンサバティブな目標設定を行う担当者もいるという。その結果、「言ったもの勝ち」「言わなかったもの負け」といった空気が広がり、挑戦するよりも安定を選ぶ傾向もある。ドコモとしても意欲的なチャレンジを促すためにチャレンジ目標を定めるといった制度面での対応をしているが、浜田氏はチャレンジする姿勢やプロセスを正当に評価する管理者としてのマネージメント能力が重要であると強調した。

NTTドコモ
スマートライフカンパニー マーケティングイノベーション部 プロデュース推進担当部長
浜田 淳 氏
1997年 NTTドコモ四国支社に入社。ドコモショップや量販店のルートセールス業務を担当。ディーツーコミュニケーションズ(現:株式会社D2C)には2001年~2004年、2011年~2015年まで出向し、メール広告や広告審査業務等を担当。2024年4月より現担当。
スマートライフカンパニー マーケティングイノベーション部 プロデュース推進担当部長
浜田 淳 氏
1997年 NTTドコモ四国支社に入社。ドコモショップや量販店のルートセールス業務を担当。ディーツーコミュニケーションズ(現:株式会社D2C)には2001年~2004年、2011年~2015年まで出向し、メール広告や広告審査業務等を担当。2024年4月より現担当。
こうした浜田氏の問題提起に対し、モデレーターの菅氏は「マーケティングの話というよりも、その手前の事業創造やマインドセットの問題に踏み込んだ、非常に本質的な内容」とコメント。リスクを取れる組織づくりや、行動を評価にどう組み込むかといった論点は、歴史のある企業に共通する課題だと指摘した。
参加者からも共感の声が上がった。パイオニア CMO 最高マーケティング責任者の井上慎也氏は、自身がKDDIでデジタルマーケティング部長を務めていた当時の経験を振り返り、社員が「ただ運用しているだけ」「ただ言われた通りにやっているだけ」という受け身の状態に陥っていたことを明かした。その状況を打破するために、ミッション・ビジョンの見直しを行い、社員が自らの業務が「顧客や会社にどう貢献しているか」を実感できるようにした結果、モチベーションが大きく向上したという。
浜田氏は最後に、「チェンジはチャンス」という言葉を掲げ、マーケティング人材育成という枠を超えて、組織全体の変革への強い意思を表していた。
パイオニアが目指す、自走するマーケティング組織のつくり方
「マーケティング組織をどう育てるか」という問いに対して、実践に裏打ちされたアプローチを紹介したのが、パイオニアの井上氏だ。同氏は、組織として目指す姿として「持続的に成果を出すこと」を位置づけ、その実現に向けた取り組みの全体像を語った。
まず井上氏が語ったのは、「自律・自走する組織」の必要性だ。外部のパートナーに依存せず、自社の強みや顧客理解にもとづいて戦略を内製化し、スピードと効率を高めていくことが中心的な方針であると説明した。とりわけ、マーケティングのコアとなる「WHO(誰に)」「WHAT(何を)」「HOW(どう伝え、選んでもらうか)」という戦略構築は、外部に委ねず社内のメンバー自身が担うべきだという考えを強調した。

パイオニア
CMO 最高マーケティング責任者
井上 慎也 氏
1978年生まれ。大阪大学大学院を卒業後、2004年にP&G Japan入社。ヘアケアカテゴリーを中心としたオンラインマーケティングを担当。2008年から外資製薬企業のイーライリリーにてeBusiness変革業務に従事。2010年よりアドビ システムズ 株式会社にて、クリエイティブ・ソリューション事業のデジタルマーケティング全般の統括・促進と企業ブランディング活動を担当。2018年3月よりKDDI株式会社にてデジタルマーケティングと全社コミュニケーションの改革に従事。2021年4月より現職のパイオニア株式会社で新製品の立ち上げ、全社のマーケティングプロセスと組織の構築に取り組む。
CMO 最高マーケティング責任者
井上 慎也 氏
1978年生まれ。大阪大学大学院を卒業後、2004年にP&G Japan入社。ヘアケアカテゴリーを中心としたオンラインマーケティングを担当。2008年から外資製薬企業のイーライリリーにてeBusiness変革業務に従事。2010年よりアドビ システムズ 株式会社にて、クリエイティブ・ソリューション事業のデジタルマーケティング全般の統括・促進と企業ブランディング活動を担当。2018年3月よりKDDI株式会社にてデジタルマーケティングと全社コミュニケーションの改革に従事。2021年4月より現職のパイオニア株式会社で新製品の立ち上げ、全社のマーケティングプロセスと組織の構築に取り組む。
井上氏がパイオニアに入社した当初、市販(B2C)部門において組織は縦割構造に陥っており商品開発から販売までのプロセスに戦略的思考が欠けていたという。新製品は毎年のように投入されるものの、「誰に」「何を」「なぜ売るのか」という根本的な問いへの答えが曖昧なまま、販売会社にバトンを渡す流れが常態化していた。その結果、顧客ニーズとのズレが生じ、売上が伸び悩むという課題に直面していた。
こうした状況を打破するため、井上氏は3つの改革に着手した。ひとつ目として「顧客理解」と「戦略設計」を土台に据えた、競合や市場のリサーチを実施。社内メンバーにも自ら調査や仮説構築に携わってもらい、ワークショップ形式で思考を深める場を設けた。
2つ目は、プロジェクトベースでの人材配置と育成だ。明確な戦略のもとで求められるスキルに応じて、営業部門やカスタマーサポートから人材を引き抜いたり、データ分析や調査に関しては外部から専門人材を採用したりして柔軟なチーム編成を行った。さらに、OJTによるケース指導やレビューを通じて、実践的な学びを蓄積させる点も特徴とした。
3つ目が組織構造そのものの見直しだ。従来のように社内で部署をローテーションする制度を廃止し、マーケティングの専門性を軸にした社内ローテーションを導入した。併せてプロセス設計も刷新し、「誰に」「何を」「どう売るか」から逆算した商品開発や施策立案ができる体制づくりに着手した。知識やナレッジの形式知化も進めており、従来属人的だった業務や暗黙知を、チームの誰もが学べるようなドキュメントや仕組みに落とし込んでいる。
このような一連の取り組みについて、モデレーターの菅氏は「マーケティングの基礎OSを社内で再構築している成功事例だと思います」と高く評価し、とりわけ「戦略設計のプロセスを丁寧に内製化している点が印象的でした」と述べた。
議論の中で、JTB ブランド・マーケティング・広報チーム マーケティング担当マネージャーの大泉智敬氏から「マーケティングの重要性を全社員にどう伝えているのですか」という質問が挙がった。これに対して井上氏は、マーケティングの考え方を単なる職能としてではなく、「他者視点で考えるスキル」として捉え直し、開発や人事など他部門にもわかりやすく伝える努力をしていると説明した。「Who(誰に)」「What(何を)」「How(どのように)」の枠組みを日常会話の中でも意識してもらうような啓発活動も行っており、誰もがマーケティング思考を持てるようにするための地道な発信を続けているという。
一連の取り組みに対して、三井住友カード マーケティング本部 IT戦略部 グループ長の伊藤亜祐美氏からは「教育は誰が担っているのですか」という質問が投げかけられ、これに対し井上氏は「教育はすべて自分が手づくりで行っています」と回答した。過去の知見をもとにしたフレームを作成し、都度ケースに応じて資料をアップデートしながら育成を進めているという。組織がまだ小規模で派閥もなく、変化の必要性を強く感じている風土だからこそ、全体へのメッセージが行き渡りやすい状況があるとも付け加えた。
菅氏は「守破離の『守』を担う師匠として、井上氏が組織の核になっていると思います」とし、流派が乱立していないからこそ共通言語と行動基準を浸透させやすい環境が整っていると評価した。
