マーケティングアジェンダ

「オムニチャネルの真実」デジタルシフトウェーブ(元・セブン&アイ CIO)鈴木康弘・日本マクドナルド足立光 対談【前編】

 国内外のブランド企業からトップマーケターが参加する合宿形式のカンファレンス「マーケティングアジェンダ」が、去る5月にロイヤルホテル沖縄残波岬で開催された。2日目のキーノートセッションには、元 セブン&アイ・ホールディングス取締役執行役員CIOで、デジタルシフトウェーブ代表取締役社長の鈴木康弘氏が登壇。日本マクドナルド 上席執行役員 マーケティング本部長 足立光氏が聞き手となり、セブン&アイのオムニチャネル推進のキーマンだった鈴木氏と「オムニチャネル戦略で目指したこと、そしてその成果は?」「巨大化する小売・流通を前に、メーカーがとるべき戦略とは?」などをテーマに議論が展開された。
 

セブン-イレブンはなぜ強い?当事者として実感した3つの強み

足立 会場には、鈴木さんのことをよくご存じない方もいらっしゃるようなので、まずは自己紹介からお願いしたいと思います。

足立 光 氏
日本マクドナルド
上席執行役員 マーケティング本部長

一橋大学商学部卒業。P&Gジャパン マーケティング部に入社し、日本人初の韓国赴任を経験。 ブーズ・アレン・ハミルトン、及びローランドベルガーを経て、ドイツのヘンケルグループに属するシュワルツコフヘンケルに転身。2005年には同社社長に就任。 赤字続きだった業績を急速に回復した実績が評価され、2007年よりヘンケルジャパン 取締役 シュワルツコフプロフェッショナル事業本部長を兼務し、2011年からはヘンケルのコスメティック事業の北東・東南アジア全体を統括。ワールド 執行役員 国際本部長を経て、2015年より現職。


鈴木 はい。1987年に大学を卒業後、富士通に入社し、システムエンジニアとしてシステム開発や顧客サポートに従事しました。31歳のときにソフトバンクへ転職。そこで、ヤフー、トーハン、セブン-イレブン・ジャパンとの合弁で書籍のEC事業者 イー・ショッピング・ブックス(現 セブン&アイ・ネットメディア)を立ち上げ、代表に就きました。

 2006年に同社がセブン&アイ・ホールディングスグループ傘下に入ったことに伴い、私も同グループに転籍。2014年12月にCIO(最高情報責任者)に就き、ネットとリアル店舗の融合を図る「オムニチャネル戦略」の推進を担いました。2016年12月に独立し、現在はITコンサルティング企業 デジタルシフトウェーブの代表を務めています。

鈴木 康弘 氏
デジタルシフトウェーブ
代表取締役社長

1987年富士通に入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。1996年ソフトバンクに移り、営業、新規事業企画に従事し、ネット書籍販売会社イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立代表取締役に就任。2006年資本移動によりセブン&アイHLDGS.グループ傘下に入り。2014年にセブン&アイHLDGS.執行役員CIO就任、グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。2015年同社取締役執行役員CIOに就任、グループシステムの改革に 着手し、デジタルシフトの骨格を作り上げる。2016年12月に同社を退社。2017年3月にデジタルシフトウェーブを設立、同社代表取締役社長に就任。多くのデジタルシフトを目指す企業の支援を実施している

足立 はい、ひとつ抜けていましたが、お父さまがセブン&アイの元会長・鈴木敏文さんでいらっしゃいます。それで「プリンス」と呼ばれているわけです。

 さて、鈴木さんが旗振役を担ったオムニチャネル戦略について伺う前に、まずは誰もが認める巨大企業・セブン-イレブンの、強さの秘密をお聞かせいただけますか。

鈴木 セブン-イレブンは、日本初のフランチャイズビジネスとして1974年にスタートして以来、40年近く右肩上がりの成長を続けています。持続的な成長の背景にあるのは、時代の変化に合わせて行われてきたさまざまな挑戦。24時間営業、物流の効率化、宅配便の受付や写真の現像といったカウンターサービスの拡充、セブン銀行ATM、プライベートブランド「セブンプレミアム」、お食事お届けサービス「セブンミール(現 オムニ7)」、そしてマックカフェとも競合関係にある「セブンカフェ」などが代表的な例です。

 こうした挑戦を、「変わらぬ経営哲学」と「組織力」が下支えしています。

 「変わらぬ経営哲学」とは、変化への対応と基本の徹底。人々の暮らしの変化を捉え、それに即したサービスを追求すること。そして「品揃え」「鮮度管理」「クリンリネス(清潔)」「フレンドリーサービス(接客)」という基本4原則を、マニュアルに則って常に徹底すること。この哲学があるから、ブレることなく挑戦を続けられているのです。

 「組織力」については、トップダウンとボトムアップの両方が実行されている点が特徴的です。トップダウンを象徴するのは「FC会議(フィールドカウンセラー会議)」。かつては毎週、現在は隔週で実施されている、全国のフィールドカウンセラー2500人が一堂に会する会議です。印象的なのは、ピリピリとした緊張感の中、トップの言葉を熱心にメモするFCたちの姿。各店舗のオーナーはトップの言葉に強い関心を持っており、FCが担当店舗を訪れると必ず「(鈴木敏文)会長、何て言っていましたか?」と尋ねられますから、会議に臨む態度は真剣そのものでした。

 一方、ボトムアップを象徴するのは「業革会議(業務改革会議)」。地区ごとの共有会から上がってきた現場発のアイデアを、業革会議で諮り、具現化していくプロセスが確立されているのです。そうして実現したもののひとつに「恵方巻」があります。岡山県のとある店舗のオーナーのアイデアがもとになって、全国で展開されました。いまではセブン-イレブンに限らず、季節の行事として定着しつつありますね。
 

セブン-イレブンを支える、マーチャンダイジング力

鈴木 もうひとつ強みを挙げるとすると、「商品開発力」があります。セブン-イレブンでは、メーカーや物流企業をはじめとする取引先各社と連携し、情報やノウハウを結集して商品を開発する「チーム・マーチャンダイジング(チームMD)」を行っています。市場のニーズを把握し、どんな商品が売れるかを考え、それを実現するために最適なチームを組成して商品づくりに取り組む。「自分がお客さまなら、どんな商品がほしいか」を常に考えることが求められています。

 「なるべく、メーカーからの営業は受けるな」とも言われていますから、今日ここに集まっていらっしゃるメーカー企業の皆さんの中にも、「セブンには行きづらいな」と思っていらっしゃる方がいるかもしれませんね。

足立 どちらかというと、みんな「嫌い」だと思います(笑)。

鈴木 たしかに、そうですよねえ(笑)。



足立 このイベントの名称は「マーケティングアジェンダ」ですが、セブン-イレブンには、マーケティング部門がないのですよね。

鈴木 本部の商品部にいるマーチャンダイザーが、マーケターの役割を果たしているのです。全国のフィールドカウンセラーの中から素養のある人が選ばれ、マーチャンダイザーを務めています。

足立 セブン-イレブンは誰もが知る「強い」ブランドですが、あまりブランディング目的の広告を行っている印象がありません。

鈴木 そうですね。1978~94年には「あいててよかった。」というキャッチフレーズを掲げたテレビCMを放映していましたが、それ以来、ブランディングらしいブランディングは行っていません。

足立 事前に、片山さん(ダイキン 総務部広告宣伝グループ長 部長の片山義丈氏)からブランド広告に関して質問がありました。「ブランド広告は、果たして必要なのか?」と。一般的に、短期的な売上向上を狙った商品広告・販促に投資が偏る傾向にあるわけですが、いかがでしょうか。

鈴木 小売業は、「街に店舗がある」ということ自体がブランディングの役割を果たしていると思います。

足立 セブン-イレブンとマクドナルド、両ブランドは「消費者との日常的な接点を持っている」点で共通しています。その接点がブランドを体現しているので、わざわざ広告を打たずとも、ブランドイメージを向上・強化する機会に日々恵まれていると言えます。実際、マクドナルドもブランド広告をほとんど打っていませんが、ブランド価値を評価する各種スコアの数値は、直近2年で大幅に好転してきています。

鈴木 とは言いながら、近年はあまりに多くの情報が世の中にあふれており、接触しているメディアも人によってさまざま。情報が届きにくくなった今の時代こそ、ブランディングが重要になってきているのではとも感じています。

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