マーケティングアジェンダ

スマホでできる精子セルフチェック「Seem」に学ぶ、イノベーションの起こし方【前編】

なぜリクルートが?「Seem」開発の背景を語る

馬渕 さて、「Seem」について具体的に伺っていきたいと思います。

入澤 「Seem」は、スマートフォンで精子のセルフチェックができるサービスです。チェックに必要なものは、アプリと専用キットだけ。キットに入っている顕微鏡のレンズの上に精液を1滴垂らし、スマートフォンのインカメラの上に載せて動画を撮影します。すると、アプリが自動で動画を解析し、精子の濃度と運動率をその場で測定できるのです。

「そんなサービスを、なぜリクルートが?」と思われるでしょう。そこで、開発の背景をお話ししたいと思います。
「98.1」

これ、何の数字かわかるでしょうか?単位は「万」です。実は、2016年に日本で生まれた赤ちゃんの数です(厚生労働省 人口動態統計 年間推計)。出生数は、1970年代前半、第2次ベビーブームの時の約200万人をピークに減少を続け、2016年に初めて100万人を下回りました。少子化にはさまざまな背景がありますが、中でも、晩婚化・晩産化に伴う「不妊(※注2)」の増加に着目したのが「Seem」です。
※注2:
妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、一定期間(1年が一般的)妊娠しないこと。(日本産科婦人科学会)

「6組に1組」――これは、不妊の検査や治療を受けたことのある夫婦の割合です。もしかすると、予想より多いという印象を受けたかもしれません。「不妊の治療をしている、していた」ということを周囲に話す機会はあまりありませんから、人知れず悩み、苦しんでいる人がたくさんいるのです。

WHOの調査によると、不妊の原因の約半分は男性にあることが明らかになっています。それにも関わらず、不妊の検査・治療は、女性が主導することが多いのが現状です。「不妊は女性の問題」という誤解や、「自分は大丈夫」という根拠のない思い込みから、ほとんどの男性が初めは何ら行動を起こさないのが実情なのです。
 
「THE FAMILY WAY / Seem —スマホでできる、精子セルフチェック—」
 

男性の不妊治療が遅れることで、貴重な時間と費用がかかる

入澤 一般的な妊活のプロセスとして、まずは自宅で基礎体温を測ったり、排卵日を予測したりといった「自己流妊活」を1年ほど続けます。この段階では男性は何もしないことが多いです。それで妊娠できなければ、婦人科で基礎検査を受けてタイミングの指導を受けますが、これには半年ほどかかり、30万円ほどの費用も発生します。この段階でも男性はまだ何もししていないことが多く、それでも妊娠が叶わなければ、人工授精のステップ(段階)に進みます。この段階にきてようやく、精液・精子検査を受けるケースが多いのです。

男性の不妊治療への参加が遅れることで、費用はもちろん、貴重な時間も無駄になってしまいます。女性が自己流妊活を始めるタイミングで、男性も「Seem」を使ってセルフチェックを行い、問題があれば泌尿器科で検査を受け、所見が悪い場合は男性不妊専門の医師の診察を受ける。男性が早期に行動を起こし、適切な治療に速やかにアクセスできれば、状態を改善することが可能であることに加え、不妊治療のステージを下げ、費用面の負担も、女性の身体的・精神的負担も軽減することができます。

このように説明しても、男性が病院で検査を受けるのは、やはりハードルが高いのが現状です。しかし、スマートフォンを使って自宅で手軽にチェックができるとなれば、少しでもハードルを下げ、行動を喚起できるのではないか。そう考え、「Seem」の開発に至りました。
 

3割の人が「Seem」をきっかけに医療機関を受診

Seemの使い方

入澤 「Seem」の意義を象徴するようなエピソードがあります。実は、開発段階で、社内でユーザーテストを実施したところ、参加者のひとりに、精液中に精子が見当たらないことがわかったのです。診察を受けたところ、診断は「無精子症」。しかし、精子をつくる機能には問題がなく、精巣と外界をつなぐ管が切れていることが原因だとわかり、精巣から精子を直接取り出す治療をすぐに開始しました。その結果、「Seem」を使ってから半年後には妊娠がわかり、無事に子どもをもうけることができたのです。

また、「Seem」を使った男性を対象としたアンケート結果によれば、セルフチェックをきっかけに医療機関を受診した人が全体の3割にのぼることが明らかに。また、「Seemを使うこと自体が、男性が妊活に参加するきっかけになる」という肯定的な声もいただきました。

日本生殖医学会 理事長の苛原稔先生にも、「Seemが実現する新しい妊活文化に期待している」とのコメントを寄せていただきました。コンセプトから、ユーザーにもたらす行動変化に至るまで、サービス全体として各所から高く評価いただけたことを嬉しく思っています。

日本は少子化が進んでいますが、子どもを望む夫婦はなんと600万組もいるのです。そのすべての男性が「Seem」を使い、すぐに適切な行動を起こせば、おおよその試算で出生数を約1万人増やすことができる。日本の未来にとってプラスになる変化を、サービスを通じて起こすことができると考えています。

馬渕 専用キット、Amazonで買えるんですよね。昨日の打ち合せ後に、さっそく購入しました。そもそも、「Seem」開発に至った、最初のきっかけはなんだったのでしょうか。

入澤 冒頭にお話ししたとおり、前職で「ルナルナ」を担当していたので、妊活・不妊に関する女性側の課題感を強く認識していました。リクルートに入社して配属されたのは、新規事業を検討する部門。既存事業以外ならば何に挑戦してもいい環境でしたので、自分が持っていた課題感を起点に、まだ世の中にないサービスとして構想しました。

馬渕 こういうプロダクトって、ナイーブですよね。不妊そのものがナイーブな問題であるし、治療に臨んでいる人たちは皆真剣。その領域に踏み込んでいき、サービス化することには勇気がいりますし、ユーザーからの反応も気になるところではないでしょうか。

入澤 私自身は不妊治療の経験がないので、開発にあたっては、まず患者さんの勉強会に参加したり、専門医に会いに行ったりして、現場の課題感を自分にインプットしました。「Seem」は不妊治療を受けている方向けのサービスではなく、治療に進む前に使っていただきたいサービスです。しかしサービス化すれば、まさに治療中の方の目にも触れる可能性が高い。そういう方々にとってマイナスになるようなコミュニケーションをしないよう、開発段階から注意してきました。

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